82 姉妹の実力
猛スピードで飛行していた私たち目掛け、勢いよく突っ込んでくる魔法使い四人。
黒いジャケットスーツに黒シャツを着込み、更にはサングラスまでかけた黒尽くめの出で立ちの男女二人ずつ。
その殺伐とした姿はどこか、あちらの世界の裏社会の人のようで、とても柄が悪く見えた。
黒スーツの四人が横並びに飛んで突撃してくる。
その迫り方だけ見ても敵対する意思が明確に感じられた。
私を穏やかに迎えにきたなんて雰囲気ではとてもなく、撃墜しにきましたと言わんばかりの勢いだからだ。
「私ら相手に四人とか、舐めてんじゃないのー!?」
いつもテンション低めでブスッとしているネネさんが、嬉々と声を上げた。
瞳には好戦的な輝きが灯り、勢いよく正面に向かって両手が突き出される。
ネネさんの前に、巨大な水の塊が作り出された。
彼女の体の凡そ二倍ほどもあるであろう、特大の水のボールだ。
太陽の光を燦々と浴びて輝くその透明な球を、ネネさんは飛行スピードよりも更に早く、正面に向けて撃ち放った。
黒スーツの四人組目掛けて放たれた巨大な水の球は、その球状をバタバタと波打たせながら物凄い勢いで突き進む。
しかしあまりにも大きく、そして単調な攻撃だったためか、横並びに飛んでいた彼らは散開することでそれを簡単に避けてしまった。
「ネネ! あなたは大雑把すぎよ!」
「いやぁ、さすがにそこまで適当じゃないよ姉様」
大きく空振りした攻撃をシオンさんが嗜めると、ネネさんはニィッと得意げに笑った。
正面の敵にいとも簡単に避けられた水の玉だけれど、彼らがかわし通り抜けた瞬間、その場で突然爆発を起こした。
避けやすい攻撃だと最低限の動作でかわした魔法使いたちに、炸裂した水飛沫が弾丸のように叩きつけられる。
それによって吹き飛ばされた彼らのど真ん中を、私はそのまま通過した。
けれど敵もそれだけではやられていなかったらしく、すぐさま体勢を立て直し、四人で四方から覆い被さるように迫ってきた。
「しつこいわね」
はぁと小さく溜息をつき、シオンさんが私の後ろに回り込んだ。
後ろ向きで私たちに追従して飛びながら、迫り来る黒スーツたちを見渡す。
「悪いけれど、アリス様は渡さないわ」
そうシオンさんが呟いた瞬間、キィーンと耳を劈くような鋭い音が響き渡った。
何事かと思って後ろに目を向けてみれば、目にも止まらぬ速さで空間が波打ち、衝撃が空を満たしていた。
空気をそのまま震わせシャッフルしたような空間の振動。
恐らく、超強力な音波による衝撃波のようなものがシオンさんから発せられていた。
指向性を持った大きな音の波が、敵の四人目掛けて文字通り音速で駆け抜け、その身を捕らえる。
不可視かつ高速の攻撃に敵はなす術もなく、もはや物理衝撃と化した音波に飲み込まれていた。
「姉様さっすが! カッコイー!」
空中で硬直しダメージに喘ぐ魔法使いたちを見て、ネネさんが珍しくテンション高めに言った。
眠そうな仏頂面を綻ばせている様子はとっても無邪気で、年上なのに同い年の女の子のようだった。
そんなネネさんを受けて、シオンさんは「まったくもぅ」と溜息をつきながら私の傍に戻ってくる。
「あなたはやればできるのだから、最後まで抜かりなくちゃんとやりなさい。そんなことでは、大切なところでミスするわよ」
「あーもーお説教は聞きたくありませーん」
生真面目な顔でお小言を口にしたシオンさんに、ネネさんは耳を塞いでプイと顔を背けた。
敵四人がかりに対して二人ともこんなに余裕だなんて、トップと言い切る実力は伊達じゃないってことだ。
「ま、待て……!」
二人の圧勝ぶりに感心していると、背後から怒号が飛んできた。
黒スーツの四人組はまだ戦えるようで、疲労の色を見せながら私たちに追い縋ってきていた。
「姫君は我らがお連れする! 手を引いてもらうか!」
「あら、どうしてその必要が? 私たちがお守りしているのだからそれで問題ないでしょう?」
「ロード・ケインのご命令だ! お前たちは信用ならん!」
「それはこっちの台詞なんだけれど……」
一人の男性の魔法使いの言い分に溜息をつき、シオンさんは再び私たちの後ろに回り込んだ。
「私たちは同じ魔法使い、魔女狩り同士。仲間なのだから無駄な争いはやめましょう。アリス様は私たちが責任を持って王都へお連れする。あなたたちの出る幕はないわ」
「仲間などと、どの口が。お前たちのような異端に、姫君の身柄は預けられない。国家の為、我らが預かる!」
今度は女性の声が荒々しく飛んできた。
同じ魔女狩りなのに、あまりの敵対心だ。
他の魔法使いの思惑とは異なるものを持つロード・ホーリーの一派は、周りから嫌われているのかな。
私を匿っていることそのものよりも、もっと根本的な嫌悪を感じた。
「そう。私たちにも私たちの大義があるから、そこまで言うなら本格的に撃退するしかないわね。一応仲間のつもりだったから、さっきは手加減をしたんだけれど」
「ぬかせ!」
残念と肩を落としたシオンさん目掛けて、敵の四人が一斉に魔法による攻撃を放った。
三者三様ならぬ四者四様の攻撃が、シオンさんを飲み込む様に迫り来る。
しかしシオンさんはそれに対して一切の動揺を見せず、ただ冷静な様子で顔を向けていた。
「そんな凝り固まった頭では、神秘の探究なんて不可能よ。あなたたちの魔法なんて、私には届かない」
魔法攻撃がシオンさんの目の前に迫った瞬間、パンと軽い音を立て、その全てが唐突に掻き消えた。
それは私が『真理の剣』で魔法を打ち消す時とは少し違う、魔法の解呪だった。
圧倒的実力差で相手の魔法を解いてしまったんだ。
魔女の魔法が魔法使いに通用しないのと同じだ。
魔法使いが拙い魔女の魔法を簡単に消してしまう様に、シオンさんは同じ魔法使いの魔法を消し去ってしまった。
驚愕に言葉を失っている黒スーツたちに向かって、シオンさんは静かな目を向ける。
そしてそれ以上何一つ口にしないまま、ギィインの空間にヒビが入る様な音が空を駆け抜け、彼らの身を貫いた────様に見えた。
物理攻撃と化した鋭い音の衝撃は、まるで槍による一撃の様に敵の体を振動で貫いた。
凝縮された音の衝撃を受けた魔法使いたちは、そのまま体を投げ出して力なく落下してしまった。
「おまけしてあげるから、もう追いかけてくんなよー!」
そんな彼らに、ネネさんは気の抜けた声を上げながらさーっと空を撫でた。
すると四人それぞれの真上から弾丸の様な豪雨が降り注いだ。
気を失っているのか脱力して落下していく魔法使いたちに、それは容赦のない追撃となった。
「さぁ、王都はもうすぐそこです。早く行きましょう」
敵が落下していく様を確認してから、シオンさんは何でもなかったというようにそう言った。




