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70 お互いが天敵

「それでデュークス。君はこれからどうするつもりなんだい?」


 二杯目のウィスキーを今度はゆっくりと味わいながら、ケインは軽やかに尋ねた。

 机の前に設けてある、来客用の皮張りのソファーにどかりと腰を下ろし、デュークスに目を向けずにグラスを眺める。

 室内を照らすランプの揺らめきが、琥珀色に澄んだ液体をテラテラと輝かせていた。


「どう、とは?」

「わかりきったことを聞き返すなよー。ワルプルギスに対してどう動くか。主に姫様をどうするのかって話だよ」


 漠然とした質問に探りを込めて尋ね返すデュークス。

 そんな彼に、ケインは緩やかな笑みのままに返した。


「今回の件はつまり、彼女たちが本格的に動き出したということだ。その目的はわからないが、本腰を入れて姫様を手に入れにかかるだろう。まぁ、当の本人とは一悶着あったようだけれどさ」

「もちろん、姫君が奴らの手に落ちれば厄介だ。しかし、姫君が力を取り戻した今、そう上手く事は運ばないだろう。急く必要はない」


 そう言うと、デュークスはまだうっすらと液体の残るグラスを机に置いた。

 溶けて一回り小さくなった氷を眺め、小さく溜息をつく。


「姫君の存在は煩わしいが、今下手にあちらへ赴きその命を狙えば、ワルプルギスと無用な小競り合いになるかもしれないだろう」

「でも今なら、彼女たちのせいにできるんじゃない? 君にとってはそっちの方が都合がいいだろう」

「それができればな。いずれにしても、その力を取り戻した姫君を易々と下す事はできまい。その点に関しては、記憶も力も失っているうちに始末できなかった時点で失敗だ」

「まぁ、ね。じゃあ、姫様抹殺は諦めるのかい?」


 ケインは人差し指で氷をコロコロと回しながら、横目でデュークスを窺った。

 それを受けたデュークスは、その口元に静かな笑みを浮かべる。


「まさかな。姫君、及びその身に宿る『始まりの力』はこの世界にあってはならないものだ。必ず消し去らなければならない。ただ、手順を変えるだけだ」


 ほくそ笑むと、デュークスは残り少ないウィスキーを一思いに飲み干した。

 やや苦味を伴うまろやかな酒気が喉から全身に広がるのを感じてから、グラスを置いて顔の前で手を組む。

 蒼白でやつれた顔には酔い故か赤みが差し、やや高揚しているように見えた。


「私の『ジャバウォック計画』は、『魔女ウィルス』及び魔女を掃討することが可能な計画だ。だが、『始まりの力』はその計画の弊害になり得る。私の姫君抹殺は、そのリスクをなくす為でもあった」

「なるほどね。君の磐石の計画も、()の力には危ぶまれるわけか。で、それなのにどう手順を変えるんだい?」

「ジャバウォックに対し『始まりの力』は弊害だが、またその逆も然りなのだよ。双方がお互いの天敵たりうる。しかし姫君はその力をコントロールしきれていない。ならば、優位性はこちらにあるというわけだ」


 デュークスはクツクツと小さく笑い声を上げる。

 ただ静かに耳を傾ける友人に対し、口が軽やかに回る。


「『ジャバウォック計画』の発動をもって、諸共姫君を亡き者とすればいい。もちろん、リスクがないことに越した事はなかったが、ここまできてしまったのだから致し方ない。だが、今の姫君には、それで事足りる」

「ジャバウォック、か。デュークスは結局、それを信じ進めるんだね」


 自身に満ち溢れ、揺るぎない信念のもとに計画を積み上げるデュークスに、ケインは静かにそう呟いた。


 混沌の魔物ジャバウォック。

 闇に葬られ、語られることのなくなった禁忌の伝承に登場する怪物。

 あらゆる混沌を体現し、理論を乱し崩壊を導く終末装置。

 それを再現するというのだから、計画の段取りは想像がつく。


 その危険性、悪虐性を内心で反芻しながら、しかしそれでもケインは異を唱えはしなかった。

 それをこの友人が考慮していないわけがない。

 聡明で優秀で理路整然としており、使命に熱いロード・デュークス。

 そんな彼が熟考した後に辿り着いた物なのであれば、それを否定する必要などないからだ。


「でも、君の計画の進行は一時停止だろう? 研究は続けていいが、執行そのものには四人全員の承認がいる。そこんところはどうするんだい?」

「そんなもの、いざとなればどうとでもなる。我らの結束など、所詮見かけだけのものだからな」

「はは、流石デュークスだ」


 自らの行いに大義を見出しているデュークスに、引くという選択肢はなかった。

 これまでも周囲の制止を無視し独断を貫いた彼に、最終局面に於ける迷いがあるわけがない。

 例え方々からの非難を浴びることになろうとも、計画そのものが動き出してしまえば、もう後のことなど何一つ意味をなさないからだ。


「私の計画が魔女に対し、そしてその根元に対し有効である裏付けは取れた。後は計画実行に必要な術式の構築と、相応の魔力を蓄えるのみ。それももう、数日の内に終えるだろう」

「準備が整った時点で勝ち、か。それまでに余計なことが起きないといいねぇ。ワルプルギスが大規模な暴動を起こしたりとかさ」

「万が一そんなことがあったとしても、スクルドの若造に任せておけばいい。国の防備は奴の仕事だ」


 吐き捨てるように言うデュークスに、ケインは「そうだね」と相槌を打った。

 しかし、その可能性とそれよる事態の重さを軽視して良いものかと、ケインは内心で唸った。


 あちらの世界で起きた大規模感染は、明らかに彼女たちの大きな企みに繋がるものだ。

 魔法使いに叛旗を翻す組織がそこまでの行動に出たとすれば、軽んじるべきではないのではないか。

 魔女は、ワルプルギスは、魔法使いに仇成す(すべ)を隠し持っているのではないか。


 その危惧を、ケインは捨てきれなかった。

 しかしそれを口には出さない。

 それは自分が気にしていればいいことだと、そう飲み込んでいるからだ。


 何にも付かず、なるようになれと行く末を傍観するケイン。

 しかしデュークスが目指す果ては、彼もまた望んでいることでもある。

 だからこそ、彼は友人のやりたいようにやらせている。

 デュークスの方に天秤が傾いた時、その方が確実にいいからだ。


「じゃあ問題はもうあってないようなものか。よし、じゃあ前祝にもう一杯乾杯しようぜ」


 全てを胸の内に収め、ケインは普段と変わらぬ抜けた笑みを友に向ける。

 まだうっすらと残ったグラスを持って立ち上がり、お代わりをねだって机に歩み寄る。

 そんな彼に、デュークスはあからさまに不機嫌な顔をした。


「阿呆。貴様に飲ませる酒はもうない。飲み足りないなら帰って一人で続きをするんだな」

「そんな冷たいこと言うなよー。僕は、デュークスと酒が飲みたいのさ。それに、ようやく君の念願が叶うんだ、祝わせて欲しいねぇ。フローレンスもこれで救われるだろう」

「…………まったく。貴様は本当に調子のいい男だな」


 もう何度目の溜息か。いやそもそも、ケインに吐かされた溜息の数を考えるのもバカバカしい。

 デュークスは自分の友人運に目を細めながら、渋々ボトルに手を伸ばした。


「これで最後だ。飲んだら帰れ」

「わかってるよ。ゆっくり味わわせてもらうさ。さっき君に言われた通りね」




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