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63 封印の裏で

「えっと、夜子さん……?」


 まるで普段と変わらぬ笑みを浮かべる夜子さん。

 けれど今は、そこに意味深なものを感じずにはいられなかった。


 私が疑問を訴えると、夜子さんは僅かに目を細め、それからベッドの上の透子ちゃんへと視線を下ろした。


「透子ちゃんは、目を覚まさないねぇ……」

「……は、はい」


 人形のような精巧な顔立ちを、穏やかな表情で見下ろす夜子さん。

 まるで美しい花を愛でるような、そんな落ち着き方だった。


 夜子さんは透子ちゃんの面倒を見てくれているわけだし、ここに顔を出しに来ること自体はおかしいことじゃない。

 けれどさっきの口振りだと、ここに私がいると思ったからこそ足を運んできたようだった。


 何か改めて話があるのかな。

 でも、その割には口を開く気配が全くない。


 彼女から話題を切り出されるのを待った方がいいかなとも思ったけれど。

 私は、自分から疑問を投げかけることにした。


「……あの。夜子さんは、透子ちゃんのことをどれくらい知っているんですか?」

「なんだい、藪から棒に」


 私に視線を戻すと、夜子さんはわざとらしくキョトンとした。

 けれど口元にはニヤニヤした緩みが残っていて、まるでその話題を待っていたかのようだった。


「いえ。ただ、気になっただけなんですけど。私、透子ちゃんのこと全然知らなくて……。だからきっと夜子さんなら私よりも知ってるかなって」

「まぁ知っているかといえば知っているけれど。でもほら、私だと年代が違うからさ〜。最近の若い女の子のことは、ちょっとねぇ」

「でも、少なくとも五年くらい前からは、知ってますよね?」


 おちゃらけてヘラヘラと言い訳を並べる夜子さん。

 そんな姿に質問を重ねると、瞳がピタリと私の視線とぶつかった。

 変わらぬ緩やかな笑みの中に、芯の通った固い眼差しが浮かび上がる。


「どうして、そう思うのかな?」

「五年前、私に封印をかけてくれたのは透子ちゃんでした。その時彼女は確かに言ってました。夜子さんから私の事情を聞いたと。だから少なくとも、その頃から面識があったってことですよね」

「そういうことね。まぁ、うん。特に否定はしないよ」


 私の言葉にじっくりと耳を傾けていた夜子さんは、案外呆気なく頷いた。

 何か良からぬことがあるのかと僅かに身構えていた私は、若干拍子抜けしてしまう。


「確かに、その辺りから私は透子ちゃんを知っている。ただその少し後から全然会ってなかったけどね。再会したのはごく最近さ」

「じゃあ、夜子さんは透子ちゃんがどういう子か、知っているんですか?」

「漠然とした質問だなぁ。透子ちゃんという女の子に対する印象は、別段君と変わらないと思うよ。もっとパーソナルなことが知りたいのならば、それは私に聞かれても困る」

「そ、そうですよね。すみません……」


 やれやれと肩を竦める夜子さんに、慌てて謝る。

 確かに、夜子さんに聞いても仕方のないことだ。

 けれど少なくとも夜子さんは、私よりも透子ちゃんのことを知っているだろうことは確かだ。


「私に言えることといえば、透子ちゃんはその出自故に特異な性質を持っているということかな。それがあったからこそ、私はアリスちゃんの話を彼女にしたいのさ」


 どう切り口を変えようかと思っていると、夜子さんがポロッと言った。

 ベッドの下で脚をプラプラと揺らしながら、呑気な口調で。


「誰にでも話せることじゃあなかったからね。アリスちゃんの友達で、かつそれ相応の実力を持っている子じゃないといけなかったし。その点透子ちゃんは問題なかった」

「実力って……何を、する為の?」

「おいおいアリスちゃん。それは君が身を持って体験したことじゃないか」

「え……もしかして……!」


 心の奥を見通すような視線に晒されて、ハッとする。

 その口振りから思い当たるのは一つしかない。

 私の記憶と力を封印することだ。


「『始まりの魔女』ドルミーレとそこからくる力を封じるのだから、生半可な実力では足りない。飽くまで目安だけれど、魔法使いで言えば最低限、君主(ロード)相当の力が必要だ。つまり、魔法の使い手として最高レベルということだね」

「透子ちゃんには、そこまでの実力があるって、ことですか……?」


 夜子さんみたいに規格外なわけじゃない、普通の魔女なのに?

 でもそれほどの実力があれば、あの夜レオとアリアに負けることはなかったんじゃないかな。

 魔法使いと魔女の優劣は飽くまで基本的なことで、魔女の実力如何ではやり合うことも可能みたいだし。


 私が首を傾げていると、夜子さんはクスクスと笑った。


「実力というか、素質かな。まぁ実力自体もそこらの魔女よりもよっぽどあったけれど。それよりも重要だったのは、透子ちゃんが封印の魔法を習得できるかだった。そして彼女はそこにおいて類稀なる素質を持っていたのさ」

「……ん? ということは、夜子さんが透子ちゃんに封印の仕方を教えたって、そういうことですか!?」

「え? そうだけど?」

「────!」


 あっけらかんと答える姿に、思わず言葉を失う。

 まさかそこにまで夜子さんが絡んでいたなんて。

 じゃあ封印からなる一連の手順は、夜子さんの采配だったっていうこと……?


「私自身がそれを行うことは、彼女に対する背徳になってしまうからね────まぁ、どうせ私が噛んでいることは気付いてるだろうけど────だから、君の友達でありその術を習得できる透子ちゃんに話を持ちかけたのさ。彼女自身、君を救う(すべ)を模索していた、というのもあったしね」


 よくよく思い返せば、透子ちゃんはあの時「任された」と言っていた。

 それは夜子さんから事情を聞き、そしてその術を与えられて来たっていうことだったのか。

 夜子さんのスタンスから、飽くまで私に選択肢を提示してくれただけだと思っていたけれど。

 そこまで手が回されていたなんて。


 けれど、いずれにしても実際私を封印してくれたのは透子ちゃんなわけで。

 夜子さんが直接できなかったのなら、透子ちゃんがいなければ私がここにいなかったであろうことに変わりはない。


「だってほら、君も知っての通り、封印を受けた後の君をこちらに送り届けたのはホーリーの部下たちだよ? そこまでの手配は、一介の魔女に過ぎない透子ちゃんには無理だろう?」

「た、確かに……。そこまで、気にできていませんでした」


 魔女の透子ちゃんが魔女狩りと直接通じている、というのはなかなか難しい話だろうし。

 その間に夜子さんがいたからこそのあの段取りだったんだ。


「じゃあ、夜子さんは透子ちゃんに封印をさせるために、こちらからあちらの世界に連れて行ったんですね? だから透子ちゃんはあそこに……」

「いやいや、そんな面倒はことはわざわざしないよ」


 色々なことが少しずつ繋がって来る。

 それを整理するための質問をすると、夜子さんはハハハと笑った。


「彼女ははじめから向こうにいたよ。あれ、アリスちゃんは知らないのかな?」

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