表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
63/985

37 生き人形

「最高だろう、俺のクリスティーンは」


 D7が悦に入った笑みで言った。


「美しく力強く、そして何者にも侵されない。俺の愛しきクリスティーン。アンタらみたいな魔女じゃあ、天地がひっくり返っても敵わねえよ」


 確かにクリスティーンは、他のドールとは一線を画していた。

 それはその力強さもさることながら、人形としてのクオリティにもあからさまな差があった。


 他のドールは所詮人形で、どんなに綺麗に着飾っていても、見れば一瞬で人形とわかる。

 洋服屋さんにいるマネキンのような、人の形を模しただけの違うもの。


 けれどクリスティーンは、忠実に人間を再現されている。

 確かにその体は人工物だけれど、限りなく人間に見えるように作られていた。

 まるで誰かを再現しているかのように。


「他の傀儡とはわけが違う。我が愛しきクリスティーンは、今ここにこうして生きているんだからな」

「生きている……?」


 氷室さんが眉をひそめた。

 確かにそれは、引っかかる言葉だった。

 傀儡を、人形を生きていると表現するのは、どうも違和感がある。


「アンタらには、この鼓動がわからないのか? この温もりがわからないのか? この美し声がわからないのか?」


 わからない。クリスティーンは人形だった。

 どんなに精巧に作られていても、やっぱり人形だ。

 どんなによく見たとしても、そこにあるのは無機質な作り物の姿だけなんだから


「タ────」


 美しいとはとても言い難い、まるで壊れたスピーカーから出るような掠れた声が、クリスティーンの口から溢れる。


「タ────タス────タスケ────」


 口を縦にカタカタと動かしながら、その奥から掠れた声が響く。

 元はもしかしたら、綺麗な女性の声だったのかもしれない。

 でもどうしても、その声は不鮮明でうまくは聞き取れない。

 けれどクリスティーンは、壊れたレコードのように繰り返し繰り返し、なにかを口にし続ける。


「タスケテ────タスケテタスケテタスケテタスケテタスケテ────タスケ────」

「────っ!」


 ようやく聞き取れたその言葉に、私たちは戦慄した。

 壊れたその美しい声は、ただひたすらに悲痛の言葉を繰り返していた。

 傀儡であるはずの人形が、ひたすらに助けを求める言葉を並べている。


「喚くなクリスティーン!」


 そこで初めて、D7はクリスティーンに向かって荒い声を上げた。

 しかしすぐにその表情は柔らかいものに変わる。


「助けなんていらねぇだろ? 俺たちはいつだって一緒だ」

「タスケ────」

「大丈夫だクリスティーン。大丈夫だ」


 優しく諭すD7。

 何が大丈夫なのか。私にはさっぱりわからない。


 カタカタと戦慄(わなな)くクリスティーン。

 その様子はとてもじゃないけれど普通じゃない。

 まるでホラー映画のような、不気味な光景に私は思わず身じろいだ。


「アンタさ、その人形は一体なんなの?」

「クリスティーンは人形じゃねぇ!」


 善子さんの質問に、D7は突然激昂した。

 顔を醜く歪めて、吐き捨てるように叫んだ。


「クリスティーンは俺たちとなんら変わらねぇ。心臓が脈打ち、血が通ってる。俺たちと同じように生きている。操り人形に過ぎない傀儡とは、わけが違うんだよ!」

「あなた、まさか……」


 氷室さんはあくまで冷静に、けれど信じられないものを見る目でクリスティーンとD7を見た。

 信じられない、あってはならないという目で。


「彼女の中には、人間の心臓が────」

「タスケテ────!!!」


 突如として、クリスティーンが二人に向かって飛び掛った。

 大きく跳び上がったクリスティーンの四肢がぐんぐんと伸びて、二人の周囲に突き刺さる。

 まるで二人に覆いかぶさるようになったクリスティーンの口からは、先程善子さんに浴びせたような光線が放たれようとしていた。


「同じ攻撃は受けないよ!」


 今まさに光線を放とうとするクリスティーンの口目掛けて、善子さんもまた光のレーザーみたいなものを放った。

 二つの光線がクリスティーンの口元でぶつかり合って、眩い光の爆発と衝撃で満ちた。

 目がくらむほどの光の炸裂の中、氷室さんもまた大きく跳び上がってクリスティーンの懐に入っていた。


「あなたの動力がその中にある心臓なら、それを動かなくするまで」


 氷室さんがクリスティーンの胸に手を押し当てた瞬間、まるで液体窒素につけられたように瞬く間に凍りついた。

 しかし、その時は既に胴体から四肢と頭部は切り離されていた。


「…………!」


 自分のパーツを切り離したクリスティーンは、落下する頭部を氷室さんに向け、耳を(つんざ)く奇声を上げた。

 そのけたたましい悲鳴に氷室さんが身じろいだ隙に、追撃を免れたクリスティーンはバラバラのまま落下した。


 そして地面に落下したパーツは各々勝手に動き出して胴体の元に集結する。

 その時もう既に、その胴体は凍結を打ち破っていた。


 まるでフィギュアのように、外れたパーツが組み合わさって元の形に戻る。

 その光景はとてもじゃないけれど、やっぱり人とは思えない。生きているなんて思えない。

 その姿も在り様も、化け物とでも形容した方がよっぽど理にかなっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ