41 そこまでだ
背中で片翼となっている黒い『真理の剣』の一本を引き寄せ、左手が握る。
それを振りかぶる左側から黒い魔力を迸らせながら、私の体は瞬時にホワイトとの距離を詰めた。
そして、黒い『真理の剣』が動きの鈍るホワイトの首目掛けて振り下ろされる。
「ダ、ダメ────!!!」
私は、ホワイトを殺したいわけじゃない……!
眩む意識の中、私は力任せに右腕を振って、黒い剣を白い剣で弾き上げた。
正反対からの力の衝突に、両の腕に激しい衝撃が走る。
けれど、必死に振るった右の力が辛うじて上回って、黒い剣は上空へとクルクル吹き飛んだ。
そんな風に自分同士で争っている私を、ホワイトは見逃さなかった。
自分の中の力に対抗して怯んでいる私に向かって、即座に鮮烈な光線を放ってくる。
自分のことに必死だった私はそれを防ぐ余裕がなくて。
眩いエネルギーの輝きが、私の体を飲み込んだ。
目が開けられないほどの輝きと、身を焼くほどの高密度のエネルギー。
なんとか全身に魔力を張り巡らせて防御を試みたけれど、太陽に焼かれるような痛みが全身に走った。
正面から思いっきり攻撃を受けてしまった私は、その光線のエネルギーが流れるままに吹き飛ばされた。
途中で何とか『真理の剣』を振り回して光線を消し、空中で姿勢を立て直す。
魔力を通わせたおかげか目立った傷はできなかったけれど、体に響いたダメージは大きかった。
全身の骨と筋肉が軋んで、痛みに痙攣している。
そして、そのダメージに怒るように、更にドルミーレが力を強めてきた。
苦しみに喘ぐ暇すら与えてくれず、黒い力がどんどん私を蝕んでいく。
「大人しく……しててよ……! もう……!」
文句を垂れたところで、ドルミーレは勢いを弱めてはくれない。
飲み込まれたくなかったら、私は死ぬ気で抵抗して、自分の力で先にホワイトを倒すしかない。
ほんの一瞬でも気を抜けば、たちまちドルミーレの力がホワイトを殺してしまう。
倒さなきゃいけない相手を、自分が殺してしまわないように気を張りながら戦うって……。
彼女は半端な気持ちで勝てるような相手じゃないのに、更に難易度が上がる。
「随分と苦しそうにしていらっしゃいますね、姫殿下。わたくしの元に素直にいらっしゃれば、楽にして差し上げられますのに」
渦巻く黒い力と格闘している私に、ホワイトの声が飛んできた。
切断された蛇の尾は綺麗に再生しており、傷ひとつない純白の鱗がキラキラと輝いている。
やや青ざめていた顔色は落ち着き、元の雪のような白い肌に戻っている。
その表情は冷静に淡白で、しかしどことなく怒りを孕んでいるようにも見えた。
「始祖様の力を、わたくしならば正しく引き出して差し上げられる。我らが始祖様の望む通りに。それこそが全ての魔女の為になると、どうしておわかり頂けないのか……」
「正しい使い方が、魔法使いの殲滅ですか? そんなの、お断りです。私は、自分の信じるやり方でこの力と、ドルミーレと向きあう」
「相変わらず聞き分けの悪いお方。そのような状態で、わたくしを下すことなどできるはずがないというのに」
ホワイトは眉を寄せ、呆れた溜息をついた。
私の愚かさを悲しむように、目を伏せて。
「いくら貴女様のお力が強力とはいえ、そのような不安定な状態ではわたくしの敵ではございません。すぐに、わたくしの正しさをその身に刻んで差し上げましょう……!」
ホワイトが高らかにそう叫ぶと、彼女の周囲に煌く魔力が舞い広がった。
白く輝く魔力が彼女を中心に渦巻き、対照的に黒々としている髪がさらさらと踊る。
その髪の毛一本いっぽんが、まるで意志を持っているかのように蠢いて、輝きの中に黒い波を作った。
何をしてくるかはわからないけれど、指を咥えて見ているわけにはいかない。
そう思った時には、黒い力に満たされた左側に引っ張られて、私は再び彼女に向けて突撃していた。
左手が、輝くホワイトに向けて伸びる。けれどさっきの二の舞になってたまるものかと、私は力尽くで左腕を引っ込めて、代わりに右手で剣をしっかりと握り込んだ。
二つの力をぶつかり合わせながら飛び込む私に、ホワイトはその長い長い黒髪を差し向けてきた。
まるで墨の濁流のように、その黒髪がぐんぐんと伸びて私に覆い被さってくる。
その髪の毛一本いっぽんには、全て眩い光の魔力が込められていて、黒々と輝く妖しい煌めきを放っていた。
それに対抗するべく、右手でしっかり『真理の剣』を振りかぶる。
左には、ドルミーレの力には決して屈さず、自分の力で立ち向かおうと。
しかし、荒れ狂うドルミーレの力は私の半身を乗り越え、とうとう右側にまで乗り込んできた。
私の意志で振り上げた『真理の剣』に、黒い力が手を伸ばす。
白く輝いていた魔力が段々とくすみ、剣が鋒から徐々に黒ずむ。
自分の意志が押し流されていきそうになる中で、それでも指に力を入れ、私自身で剣を握りしめた。
私は今、ちゃんと私なのか。
それとも、ドルミーレの意志によって戦わされているのか。
それがわからなくなりながらも、私の心の中で支えてくれている友達を感じて、何とか自分の目で前を見据える。
どうしてドルミーレはそこまで怒るのか。
その怒りはどこからくるものなのか。
彼女は一体、何がしたいのか。
正体のわからない怒りに、私のものではない感情に飲み込まれそうになりながら。
それでも私は、自分の手で、自分の力で剣を振るった。
私を飲み込まんとするホワイトの眩い闇と、私の剣が衝突しようとした、その時。
二つの黒い影が、私たちの間に割り込んできた。
そしてそのうちの一つが、私の剣を素手で受け止める。
「そこまでだよ、アリスちゃん────いや、ドルミーレ」
漆黒の黒髪と、二本の長い猫の尻尾をはためかせ、夜子さんが私を止めた。




