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31 お互い様

 ────────────



 刹那の間に閃光が何度も瞬く。

 閃光弾を複数、連続的に炸裂させたかのように、周囲を埋め尽くす強い光が点滅した。


 その中心にいるのは二人の少女。

 光の魔法を得意とする彼女たちは、自らの正しさを証明し合うかのように、その輝きをぶつけ合っていた。


 彼女たちの戦いもまた、ビルの屋上を外れ上空へと転じている。

 光を身にまとい、その光速による推進力で強引に空を飛ぶ善子は、雄叫びを上げながらホワイトへと突撃を繰り返す。


「真奈実! 真奈実、真奈実真奈実!!! どうして、そうなっちゃったのさ。アンタは昔からお堅かったけど、もっと優しい子だったじゃない!」

「………………」


 怒りと悔しさ、そして悲しみを込めた拳を握り締めながら、何度もホワイトへと飛び掛かる善子。

 しかしその叫びを受けても、ホワイトはただ冷静に、淡々と向かってくる障害を防いでいるだけだった。


 その瞳はとても親友に向けるものではなく、ただ目障りだと辟易する色。

 整った顔立ちは日本人形のように能面で、そこから感情は窺えない。


 いくら打っても響かない彼女の様子に、善子は荒れる心を抑えられなかった。


「どうしてよ。答えてよ、ねぇ真奈実! どうしてアンタの正義がそこまで変わっちゃったのか。アンタが今何を感じてるのか、私にわかるように教えてよ!」

「…………」


 何度目の突撃か。

 流星の如く光の軌跡を描きながらホワイトに拳を振るった善子。

 何度弾かれようと、何度防がれようと、彼女は親友に想いを届けるのを諦めなかった。


 そんな善子の突撃を、ホワイトは止めなかった。

 小さな嘆息を漏らし、正面から突撃する彼女をまっすぐ見つめたまま空中に浮かび佇んでいる。

 そんな無謀なホワイトに、善子の拳が届かんとした、その時。


「ッ………………!!!」


 善子の周囲に、複数の光の玉が浮かび上がった。

 その玉からそれぞれ光を凝縮したような鎖が放たれ、突撃する善子を即座に絡めとり、縛り上げた。

 拳を振り抜き、突撃を試みた体勢のまま、善子は空中で固定されてしまう。


「貴女にわかるように、ですか。また難解な要求をするものです」


 身動きが取れなくなった善子を眺めながら、ホワイトはポツリと口を開いた。

 あからさまに呆れ返った視線を向けて、肩を落とす。


「わたくしが、わたくしだからこそ辿り着いた真の正義、自身の在り方。それを貴女にご理解頂くのは、余りにも難儀かと」

「なにさ、それ。何でもいいから話しなさいよ。昔のアンタは、そんなこと言わなかった。いっつもアンタは、バカな私にはわからない難しいことを得意げに話してた。私は、アンタの理屈をちゃんとはわかってあげられなかったけど、でもそんなアンタが頼もしかった。そんなアンタが、好きだったんだ!!!」


 五年前の平和な日々を思い起こし、善子は首を振る。

 生真面目で正義に熱く、理路整然としていた優等生の真奈実。

 考えるよりも身体が先に動く、活発でやんちゃだった善子。

 二人の少女は決して相性が良いようには見えなかったが、確かにかつては親友だった。


 真奈実が語る正しさを、時に語られる小難しい理屈を、理解しきれずも美しいと善子は感じていた。

 反発することもあった。受け入れられないこともあった。それでも、彼女はいつだって正しいのだと知っていたからこそ、それができた。

 頭では理解が追いつかなくても、心で信じていたから。


 しかし、今の彼女は違う。

 善子には、ホワイトの何もかもが正しいとは思えない。

 頭でも、心でも、その正しさを感じられない。

 語られない言葉、通わない心。どうしたって、わかることなどできなかった。

 だからせめて、その口から心の内を聞きたかったのだ。


「お願いだよ真奈実。私に、アンタの気持ちを教えて。私、アンタのことをわかりたいんだ。わかった上で、向き合いたいんだ!」

「向き合う。わたくしに? 善子さん、貴女にそんなこと、できるのでしょうか」

「どういう意味よ」


 溜息と共に目を伏せるホワイトに、善子が歯を剥く。

 しかしそんな彼女のことなど意に介さず、ホワイトはただ冷淡に言葉を並べる。


「貴女は、わたくしの言葉を聞き止めたことがあったでしょうか。わたくしの想いを、汲んだことはおありでしょうか。あの時も、貴女はわたくしの制止を無視された」

「それは……でも、私は……」

「善子さん。わたくしは貴女に、この言葉が届くとは思えないのです。わたくしの正義を受け止められるとは、到底思えないのです」


 言葉を選ぶことなく、ただ事実だけを口にするホワイトに、善子はただ愕然と聞き入ることしかできなかった。

 自分は、そこまで真奈実から見放されていたのかと。

 話しても仕方のない、どうしようもないやつだと思われていたのかと。


 しかし、思い返せば仕方がないのかもしれないと、内心で苦笑する。

 五年前の善子は無鉄砲できかん坊で、真奈実の制止を煩わしいと思うことも多かった。

 事件が起きたあの夏は、特にそれが顕著だった。


 呆れられても仕方がない。

 しかしそれでも、善子は諦めることをしたくはなかった。


「確かに昔の私には、アンタの正義は難しかった。子供だった私は、アンタの正しさをうざったがった。でも、だからこそ私は、今、アンタのことをもっとよく知りたいの!」

「………………」


 過去の事実は変えられない。しかし過ちを省みてそれを正すことはできる。

 かつて耳を貸さず最悪の結果に導いてしまったからこそ、善子は彼女の言葉を聞きたかった。

 例えそれが受け入れられずとも。その果てに、やはりぶつからなくてはいけなくなっても。


「貴女はそうやって、いつもわたくしに自分の意志を押し通す。頭が固く、聞き入れが悪い。わたくしは、そんな貴女が嫌いでした」

「頭が固いのはお互い様でしょ。アンタだって、言い張ったらなかなか聞かないくせに。私だって、アンタのバカ真面目で頑固なとこは、嫌いだったよ」

「……そう、でしたね。あの頃、わたくしたちは、どうしてあんなにも時を共にできていたのでしょう」


 ホワイトは着物の袖で口元を隠し、眉を落とした。

 何かを憂うように視線を泳がせ、短い息を吐く。


「今更、わたくしを理解しようなどと、おこがましい。わたくしが貴女をどう思っているのか、知らないというのに」

「それを含めて全部話せって言ってんの。いい加減、お高く止まってるのはやめなさいよ」

「………………」


 縛られ自由のきかない体で、瞳に力を込める善子。

 意地と魂のこもった視線がホワイトを突き刺す。

 ここまで来て、手の届くところにいる親友を、もう逃したくなどなかった。


 それを受けてか、ホワイトはよくやく善子の目を見た。

 暗く揺らめく不穏を抱くその瞳で、まっすぐ突き刺す瞳を見返す。

 交わるのは、相反する感情。


「…………わたくしは、自身の存在意義を知った。己の使命を知ったのです。それを全うする為ならば、他の何をも厭わないと、決めたのです」


 溜息の後、その薄い唇が言葉を紡いだ。

 それはどこか、突き放すように。

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