34 私の正しさ
群がるドールの隙間から、同じく囲まれている氷室さんの瞳が見えた。
鮮やかなスカイブルーの綺麗な瞳。
そうだ、私は一人じゃない。
手が届かなくても、私たちは繋がっている。
氷室さんがそれに気付かせてくれた。
私たちを取り囲むドールとは違い、二人を取り囲むドールは激しく襲いかかっていた。
きっと二人が囲みを突破しようと、攻撃を仕掛けているからだと思う。
爆発こそしないものの、生身の人間よりも強度が高いらしいドールたちは、その体だけで十分に凶器だった。
その腕や胴がドリルのように回転したり、鞭のようにしなったり。
人の形をしているにも関わらず、人間では想像もできない動きをするドールたちに、二人は手こずっていた。
私たちを取り囲むドールは、今こそただジリジリと詰め寄ってくるだけだけれど、いざこちらが動いたら、向こうのように奇怪な動きで攻め込んでくるかもしれない。
だからといって、それを恐れて無抵抗でいても、結局は殺されてしまうことに変わらない。
胸元の、ひんやりとした氷の華の感触を確かめる。
今、私自身には戦う力はない。けれど私を守ってくれるものはある。
それを信じて行動を起こさないと、ただ殺されるの待つだけになる。
「もう、なるようになれ!」
私は意を決して、目の前にいる一体のドールに突撃した。
それを認識したドールは、予想通り一気に戦闘態勢に入った。
口をがしゃんと縦に開くと、そこから火炎放射器のような業火が放たれた。
けれどそれに合わせて氷の華が煌めいた。
何枚かの花弁が前に向かって飛び、繋ぎ合わさったかと思うと、私を守る盾のように目の前で展開した。
氷の花弁の盾が火炎放射を全面で防ぐ。
業火でも溶けることない氷の盾の脇をすり抜けてドールの真横を取ると、またしても華から花弁が放たれて今度はドールに突き刺さる。
突き刺さった花弁は槍のようにドールの胴体を貫いて、その瞬間ドール全体が凍て付いた。
完全に凍りついたドールはそのまま倒れこんで、その衝撃で粉々に砕けてしまう。
「ば、万能すぎないかなこれ……」
思っていたより簡単に倒せてしまって、少し気を抜いてしまった所に残りのドールたちが飛びかかってきた。
ざっと見ても十体以上のドールが、覆いかぶさるように飛んでくる。
それ全てを撃退することは流石にできなかった。
花弁が一枚はらりと散ったかと思うと、それは一気に人一人を包み込める大きさになって、くるりと私の脚を掬った。
花弁の上に尻餅をつくように倒れ込んだのと同時に、その勢いで花弁は地面を滑走して降りかかるドールを回避する。
ドタドタと地面に落下するドールたちを尻目に、私は立ち上がって急いで距離をとった。
それとほぼ同時に、ドールたちを切り抜けてきた氷室さんと善子さんがやってきて、なんとか分断を免れた。
正くんのことは善子さんが魔法で引き寄せている。
「魔女にしては中々やるじゃねえか。数が売りのドールじゃ話になんねぇか」
D7は何故か楽しそうに言った。
クククと笑いながら、興味深そうに私たちを眺める。
「こんな神秘もクソもねぇ寂れた世界の魔女にしては大したもんだ。正直見くびってたぜ、俺はよぉ」
その言葉には、魔女に対する明らかな侮蔑と嘲笑が込められていた。
魔法使いにとって魔女は嫌悪の対象でしかない。
それをまざまざと感じた。
「けど、どっちにしろ死ぬんだから、楽に死んだ方がよくねぇか? 俺ならそっちの方がいいけどな」
「私たちに死ぬなんて選択肢はないんだよ」
「なんと自分勝手なことで」
D7は呆れたように嘆息しながら言った。
その言葉に善子さんが食ってかかる。
「何が自分勝手さ! 生きようとして何が悪いの!」
「悪いに決まってんだろ。お前らは病巣なんだよ。生きてるだけで被害は拡大する。そんなこともわかんねぇのか」
「そんなこと……!」
それは誰も否定できないことだった。
『魔女ウィルス』がどう感染していくのかは判明していない。
私たちの努力が感染を抑えている証拠もない。
私たちが生きているだけで感染を拡大させていると言われてしまえば、それまでかもしれない。
「それでも私たちは生きることを諦めないよ。どんなにそれを否定されても」
私たち自身が生きることを諦めてしまったら、そこで全てが終わってしまう。
運命を受け入れて、死ぬことを選ぶべきだと言われるのはわかる。
でも足掻きたい。いつか死んでしまう運命が決められているのならば、それまでにできる限りの事をしたい。
「それを自分勝手って言うんだぜ、お姫様。アンタは我が身可愛さに、大勢の人間の命を脅かすってのか?」
「違うよ。そうじゃない。確かに自分自身が死にたくないよ。誰だってそれは同じ。でもただ運命を受け入れて、魔女になったからって、ただ死ぬことを受け入れるなんて諦め方はしたくない。もしこの命が限られたものなら、私はそれを有効に使う」
変わらぬ日々を守るため。
大切な友達と過ごすため。
掛け替えのないものを守るため。
「今のアンタに何ができんだよ。姫君の力はもうないんだぜ?」
「それでも、みんなが私の力を望んでる。魔法使いも魔女も。私に何ができるのかはわからないけれど、その力が誰かの希望になるのなら」
魔女というだけで蔑まれて命を狙われる。それがとても腹立たしかった。
みんな必死に生きてる。いろんなものを抱えて。
魔女だって一人の人間で、何にも変わりない。毎日を死ぬ気で生きてるんだ。
だから私は諦めない。生きることを。足掻くことを。
自分勝手だと言われても、わがままだと言われても。
結局その場を凌ぎを続けていても、本来の意味で私たちが救われることはない。
もし魔女狩りに襲われることのない日々が来たとしても、『魔女ウィルス』に侵されている以上、いつか訪れる死に変わりはない。
私に秘められた謎の力。
魔法使いが望む魔女を終わらせられる力。
魔女が望む魔法使いを終わらせられる力。
それだけの力がもし本当にあるのなら、私にならできるかもしれない。
大切な友達を救うことが。
────私はいつだって、友達を守る道を選んできたよ。あの時だって。そして今もきっと────
今、私は決めた。
「私は魔法使いと魔女が争う必要のないようにしたい。魔女をその呪縛から解き放ちたい。そのために私は、生きて足掻くんだ!」
それが、私の正しさ。