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25 私のせいで

 喉が締まって、息ができなくなった。

 僅かに吸い込めた酸素も、吐き出そうとすると胃袋から込み上げてくるものを感じて、上手くいかない。


 頭を金槌で殴られたと間違うほどに、脳がぐわんと揺れる。

 全身のあらゆる感覚が麻痺して、もう何がなんだかわからなくなった。

 目に見えているもの、耳に聞こえているもの、この肌に触れているもの。

 その全てが曖昧で、リアリティを感じない。


 受け入れ難い現実、理解し難い真実、そしてそれを自分が知らなかったという事実。

 その全てが私を袋叩きにして、打ちのめした。


 上体を支える力すらなくなって、私は前のめりに崩れた。

 辛うじて床についた手もその役割を果たしてくれなくて、無残に蹲ってしまう私の身体。

 そのままショックで死んでしまうのではと思うほどに、体に力も意識も通わなかった。


「────アリスちゃん!」


 善子さんの声が聞こえる。

 でもそれはとてもぼんやりとしていて遠い。

 私の体を支えるように手を添えてくれているけれど、その感触もまた曖昧だ。


「アリスちゃん、気をしっかり。自分を見失っちゃダメだ」


 レイくんの声も聞こえる。

 善子さんと同じように私に手を添えてくれている。


 二人共、私を気遣って手を差し伸べ、声を掛けてくれている。

 心配をかけちゃダメだ。そう思う自分がいるけれど、その理性は乱れる感情に掻き消されて遠く彼方へ押し流される。

 どんな声を掛かられても、その手の温かさを感じても、私の中で荒れ狂う感情が全てを遮断してしまう。


 魔力の正体が『魔女ウィルス』……?

 魔法を使うことで、ウィルスが拡散される?


 私がこの街で戦いを繰り返したことで魔力が濃密に漂った。

 その魔力が『魔女ウィルス』だから、それはつまりウィルスが街に充満したということ。

 私に襲いかかってきた魔法使いや魔女。一緒に戦ってくれた友達。そして私自身。

 みんなが使ってきた魔法によって、この街は『魔女ウィルス』で満たされた。


 私を連れ帰ろうと、私を殺そうと、私を刺激しようと、私を守ろうと。

 この世界で繰り広げられた戦いは、全て私に向かってきたもの。

 それに抗うために、私自身も魔法を使って戦った。

 だからつまり、この街に『魔女ウィルス』が濃く満たされたのは、私のせいだということなんだ。


 言われてみれば、心当たりがあった。

 前に夜子さんから初めて『魔女ウィルス』の話を聞いた時、言っていた。


 ────恐らく『魔女ウィルス』は魔法を使わなければ感染しない可能性が高い────これは魔法が当たり前に存在するあちらの世界では気づけなかったことだ────


 あの時夜子さんは、飽くまでそうだと思われる、と言っていたけれど。

 でもそれは事実だったんだ。魔法を使えばその場に魔力の残滓────『魔女ウィルス』が撒かれて、誰かが感染する可能性が出る。

 魔法を使わなければ、もちろんウィルスは撒かれないから感染もしない。


 きっと夜子さんもこのことを知っていたんだ。

 でもその事実を口にしなかったのは、きっと私が戦うことを躊躇わないように。

 そうだろうとはわかるけど、でも始めから教えて欲しかった。

 それを知っていれば、私は────────。


「……真奈実。それは本当なの? 魔力が『魔女ウィルス』だなんて……そんなこと言われても、わけわかんないよ!」

「嘘偽りなどございません。魔力とは『魔女ウィルス』が発するエネルギー。魔法とは、その力を糧として起こす現象なのです」


 私を庇いながら善子さんが震える声で尋ねると、ホワイトは私たちの動揺など知ったことないという風な冷静な言葉で返した。

 私の背中に添えられた善子さんの手に、グッと力が入る。


「でも、そうだったとしても……! この現状をアリスちゃんのせいだなんて、そんなのあんまりでしょ! 『魔女ウィルス』はもっと前からこの世界にあって、魔女もいた。他の魔女が使った魔法で、こうなったかもしれないでしょ!?」

「勿論、全てを姫殿下の責だとは申しません。善子さんの仰る通り、以前より魔女の魔法行使によって『魔女ウィルス』は広まっておりました。しかしそれは、ここ数日の拡大に比べれば微々たるもの。姫殿下を取り巻く戦いや、それに連なる出来事への数多の魔法行使で、急激にこの街は『魔女ウィルス』に侵されたのです」

「そ、そんなこと……!」


 善子さんは必死に庇ってくれようとしてくれる。

 でも、ホワイトの言う通りだと他でもない私が思ってしまった。

 ここ数日の間に、私へと通ずる問題で一体どれだけの魔法がこの世界で使われたか。

 私がこの街にいて、ここに居続けたいと思ったばっかりに、どれだけの人たちと争ったか。


 これまでの日々を思い返せば、それが正しいとわかってしまう。


 レオとアリアが迎えに来て、透子ちゃんが私を守ろうと戦ってくれた時。

 D7が私を殺しに来た時。

 アゲハさんとカルマちゃんに襲われた時。

 晴香を殺そうとした夜子さんと戦った時。

 レオと再び刃を交えた時。ロード・スクルドに抗った時。

 千鳥ちゃんと一緒にアゲハさんとぶつかり合った時。


 その全ては、私が原因で起きた戦い。その為に使われた魔法。

 それによってこの街に『魔女ウィルス』が振り撒かれ、満ち溢れたのだとしたら。

 それは確かに、私のせいだ。それ以外にあり得ない。


「私の、せい…………私のせい、なんだ…………」


 詰まった呼吸のまま、僅かに吐き出した息に混ぜて声をこぼす。

 頭の中でただ事実を並べ、その現実に心乱れたまま、ただ湧き上がってくる言葉を音に変える。


 這いつくばりながら、下を向きながら。

 認めざるを得ない自身の責任を、吐き出す。


「私のせいで、みんなが魔女になって、る。死んでる人も、いる……。私のせいで、今、沢山の人が苦しんでる…………。私の……せいで……私の、せいで……ぇぇぇえええ────!!!」


 力の入らない手で頭を掻き毟り、床に頭を打ち付ける。

 どんなに叫んでも、頭を抱えても、私の罪はなくならない。

 それでも胸の中を駆け巡るこの感情を、外にぶちまけないとどうにかなってしまいそうだった。


 何が魔女を救いたいだ。

 何が『魔女ウィルス』を無くしたいだ。


 私じゃん。『魔女ウィルス』を振り向いて、みんなを苦しめてるのは私じゃん。


 友達が大切だとか、平和な日常を守りたいとか、口では大そうなこと言っておいて。

 私がこの国を、この街を恐怖に陥れている元凶なんだ。


 私が自分のことばかり考えて、こんなところにいるから。

 だから今も、沢山の人が苦しんでいる。


 全部全部、私が悪かったんだ。


 幸せな日々を守る為だとか、友達の為だとか、相手とわかり合う為だとか。

 そう思って私がしてきたことは全部、この世界に死を撒き散らすことだった。


 私が、大好きなこの世界を壊しているんだ。

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