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22 選定の儀

「善子さん!!!」


 私の声はもう届かない。

 光の軌跡を描きながら跳び上がった善子さんは、あっという間に空高く上がっていってしまった。


 伸ばした手は(くう)を切り、飛び出した声は周囲の騒ぎに飲み込まれる。

 なんだかどうしようもなく、無力感を覚えた。


「やれやれ。まぁ、仕方ないか。僕たちも後を追おう」


 肩を竦めたレイくんは、そう言うが早いか有無を言わさずに手を伸ばしてきて、流れる動作で私を抱き上げた。

 あまりもサラッと、当たり前のようにしてくるものだから、私は抵抗する暇も戸惑う暇もなくお姫様抱っこをされてしまった。


「え。ちょ、ちょっとレイくん……!」

「さ、行くよ。しっかり掴まって」


 細腕にしっかりと抱き留められながら、数拍遅れた言葉が飛び出る私。

 けれどレイくんはそんな私などお構いなしで、瞬間的に魔力を収束させ、一気に地面を蹴った。


 重力に逆らう圧力と、剛速で飛び上がったことによる鋭い風が襲い掛かる。

 まるで自分自身がロケットになったかのような急上昇に、思わず体が強張る。

 けれど、レイくんにしっかりと抱き留められているからか、妙な安心感があった。


 最早、真昼間の公衆の面前で魔法を使うことに誰も躊躇いがない。

 いや、そんなことを言っている場合じゃないんだろうけど。

 それに厳密にいえば、魔法使いではないから魔法の秘匿に拘っていないわけだし、最悪いいのかもしれないけど。

 何にしたって、今目の前のことを全力で対処しないとどうしようもない。


 レイくんはたった一度の跳躍で、ビルの屋上へと上昇を果たした。

 屋上の縁に着地すると、先行して到着していた善子さんがホワイトに迫っていた。

 つい先ほどまで屋上の縁から下界を見下ろしていたホワイトは、善子さんの来襲を受けてか、屋上の中心辺りまで下がっていた。


「真奈実! 今ここで起きてるこれは、アンタの仕業なの!?」


 足が伸びないのか、詰め寄り切れていない善子さんは、少し離れた位置からホワイトに叫び掛けた。

 その切迫した表情は、偽りや誤魔化しを許さないという強い意志を孕んでいる。

 対するホワイトは正反対に淡々とした素朴な表情で、雅な和装に似合う落ち着いた視線を返していた。


「……善子さん。仕業とは人聞きの悪い。まるでわたくしが悪事を働いているようではないですか。他でもないこのわたくしが」

「………………!」


 ほんの僅かに眉間に皺を寄せ、ポツリと不快を露わにするホワイト。

 まるで世間話のように、平坦に返された言葉。しかしそれは、肯定の意味に他ならなかった。


「わたくしが成す事は全て正義。わたくしの行いこそが正しいのです。善子さん、貴女にはおわかり頂けないのでしょうか」

「そんなの……こんなの、わかりたくなんてないよ!」


 静かに目を細めるホワイトに、善子さんは甲高い声を上げながら首を横に振った。

 握りしめている拳が震え、その脚からは力が抜けかけていた。


 私は急いでレイくんに降ろしてもらって、慌てて善子さんに駆け寄った。

 寄り添うように、抱き留めるようにその腕を抱き締めると、目尻を落とした顔が弱々しく向けられた。


「善子さん、しっかり。大丈夫です、善子さんは間違ってない。自分の正しさを信じて、真奈実さんにぶつかってください」

「…………アリスちゃん。ありがとう」


 絶対的正義を宣言するホワイトに圧倒されていた善子さんの顔が、少し和らぐ。

 親友の信じたくない姿に打ちひしがれながら、それでも何とか意気を損なわないように笑顔を作る善子さん。

 絡めた腕に力を込めて、もう一度ホワイトに顔を向けた。


 対するホワイトは驚いたように目を見開いてから、しかし嬉しそうに顔を綻ばせていた。

 その視線は善子さんではなく、私に向けられている。


「これは姫殿下、ご機嫌麗しゅう。昨日(さくじつ)に引き続きお目見えできた事、光栄に思います」


 恭しく頭を下げるホワイト。

 私が来たことによって彼女の意識は全て私に向けられて、善子さんなどもういないかのようだった。

 親友だったはずなのに、どうしてそこまで蔑ろにできるのか。

 私にはそれが全く理解できなかった。


「わたくしの元までご足労頂くとは恐悦至極。このようなお見苦しい場をお見せしてしまったこと、どうかお許しください。して、本日はどのようなご用件で?」

「僕が連れてきたのさ。ちゃんと本人の了承を得た上でね」


 僅かに頭を下げたままの状態で投げ掛けられた問い。

 それに答えたのはレイくんだった。

 隣までやってくると、得意げな笑みを浮かべながら私の肩にその腕を預けてきた。


「おや、レイさん。こちらにおられたのですね」

「昨日アリスちゃんを連れ帰られなかったのは僕の責任だからね。改めてトライしに来たのさ。そしてようやく、アリスちゃんの同意を得られた。アリスちゃんは、僕と共に来てくれる」


 少し冷ややかなホワイトの口調に怯むことなく、レイくんは普段通りの爽やかな笑みで答えた。

 そこに張り詰めたものはなく、煌びやかな表情と柔らかな声を伴う、いつもの甘い雰囲気のレイくん。

 ホワイトの蛮行を止めるため、軽快に言葉を紡いでいる。


 はじめはレイくんに対して不信そうな目を向けていたホワイトだったけれど、その言葉を受けてはらりと表情を緩めた。


「なんと、まぁ。それは本当でございますか。姫殿下が我らの元に、ようやく! あぁ、なんと素晴らしい……!」

「アリスちゃんもまた、魔女の救済を願っている。そこに向ける気持ちは同じなのさ。だからホワイト、計画は当初のまま進めよう。慎重に、確実にだ」


 派手に舞い上がる事はせず、しかし歓喜の表情を隠すこともせず、ホワイトは感嘆の声を上げた。

 その優雅な振る舞いはやや崩れていたけれど、それでも彼女自身が持つ気品は損なわれていない。

 ホワイトの方が私なんかよりもよっぽど、お姫様と呼ばれるにふさわしい、高貴な存在のように見えた。


 口元で手を合わせてニコニコとしているその様は、年相応の少女のもの。

 上機嫌が窺えるその姿を見てレイくんは安心したように息を吐き、言葉を続けた。


「今君がやっているこれは中止だ。そんなことをしなくても、もう僕らの勝利は決まったようなものだろう?」

「中止。いいえ、その必要はありません。いずれにしても、これは必要なことでございます」

「なんだって?」


 機嫌よく微笑みながら、ホワイトは当然のように首を横に振った。

 その予想外の言葉に、私たち全員が息を飲む。


 そんな私たちの雰囲気を気にすることなく、ホワイトは大きく手を広げ、自信に満ち溢れた姿で口を開いた。

 白い着物の袖が天蓋のように垂れ下がり、まるで後光が差しているかのようにどこか神々しく見える。


「これからわたくし共が再編する世界に向け、同志は多ければ多いほど良い。これはその為の選別。理想郷(ユートピア)に赴く者を導く選定の儀なのです」

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