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33 ドール

「彼の言葉に、惑わされないで」


 氷室さんのひんやりとした手が私の手を握った。

 その優しい声と柔らかな手が、私を引き戻す。


「彼の語ることが、真実とは限らない。あなたが知らないこと、覚えていないことに、責任を感じる必要はないから……」

「そうだよアリスちゃん。よくわかんないけどさ、アリスちゃんはアリスちゃんだから。今ここにいるアリスちゃんの気持ちを大事にした方がいいよ」


 優しく諭してくれる氷室さんと、にこやかに背中を押してくれる善子さん。


 そうだ。私は今、ここにいる。

 もし私が何か大切なことを失っていたんだとしても、今の私にとって大切なのは、こうして一緒にいてくれる友達なんだから。


「ありがとう。私、今を守ることを迷わない。戦うよ」

「戦うねぇ」


 気持ちを切り替えた私の言葉に、呆れたようにD7は呟いた。


「魔女が三人。アンタが姫君の力を使えるならいざ知らず、今の状態じゃそれも無理だろう? 無謀だぜ」

「でも、みすみすあなたに殺されるなんて嫌だから」

「ま、それもそうか。じゃあ精々、すぐに死んじまわないことだな」


 D7がそう言った時、どこからともなく人影が降ってきた。

 軽く見ただけでも十人ほどの人影が舞い降りて、私たちを取り囲む。


 それは一様に、ドレスで着飾った女性だった。いや、それは人間ではなかった。

 ドレスを着た、人間の女性を模した人形。

 正くんが扱っていたのが無機質な木偶人形。それに比べると、これは格段に人間そのものを再現した、精巧なドールだった。


「俺は傀儡使いなんだ。直接戦闘は不得手でね。だがそこのアホに貸してたものと同じものだって思ってくれるなよ? 比べ物になんてなんねーよ」


 確かにこのドールたちから感じる圧力、というか殺意というか、そういった圧迫感は、あの木偶人形とは比べ物にならなかった。

 その姿が人に近いから尚更、そこには木偶人形にはなかった奇妙さもある。


 子供の頃、精巧な人形が怖かった時のような感覚に似ている。

 言葉にできない、恐怖に似た嫌悪の感情が沸き立ってくる。

 とても煌びやかなのに、煌びやかだからこそ気持ちが悪かった。


「────半分、任せられますね?」

「もちろん。こんなお人形になんて負けないよ」


 淡々とした氷室さんの問いかけに、善子さんはパッキリと頷く。

 二人は私を背中で挟むようにして、ぐるりと囲んでいるドールたちに対して構えた。


 私もと言いそうになって、けれど口を開かなかった。

 私は魔法が使えない。今の私には戦う術がなかった。

 氷室さんの氷の華はまだ胸元に咲いてはいるけれど、私が思うように使えるわけじゃない。

 さっきのあれは、まるで自動防衛のようだったし、そこに私の意思は関係なかった。


 D7に対して戦うなんて息巻いておいて、結局私は守ってもらうことしかできない。


「アリスちゃん、正のことよろしく」


 終始呆然と静かだった正くんを、善子さんは魔法で眠らせると、私の足元に転がした。

 ちょっと扱いが乱雑なような気もするけれど、今はそんなことを言っている場合じゃない。


 私たちを取り囲むドールたちは、いつ襲ってきてもおかしくない。

 氷室さんと善子さんが相手の出方を伺って身構えていると、ドールたちは一斉に手を取り合って輪を作った。


 まるで子供の遊びのよう。かごめかごめの様に、ぐるぐる回って私たちを完全に囲い込む。

 そして、それらのドールたちは唐突に爆発した。


 咄嗟に氷室さんが張った、ドーム状の氷の壁で何とか爆発の直撃は免れたけれど、氷の壁はすぐに砕け去った。

 あまりにも躊躇いのない唐突な爆発に、私たちは完全に虚を突かれてしまった。


「今のを防ぐか! なら、倍はどうだよ!」


 D7が叫ぶと、本当に倍の数のドールが空から降ってきた。

 今度は着地する前に、一つひとつがまばらに爆発していく。

 誘爆機が爆弾をばら撒いているかのように、爆ぜるドールが次々と降り注ぐ。


 人の形をした物が無残に破裂していく姿は、見ていて不快以外のなにものでもなかった。

 とても醜悪な光景。残酷な扱いだった。


 頭上に障壁を幾重にも張って度重なる爆発を何とか防ぐ氷室さんと、私と正くんを魔法で引っ張ってその場から退避する善子さん。


 私たちを離れたところへぽんと放ると、善子さんは急いで氷室さんの元へと飛び込んだ。

 そのまま、氷室さんを突き飛ばすように爆発圏から抜け出す。


「よく切り抜けたと褒めてやりたいのは山々だが、二手に分かれちまったのは下策だな!」


 D7の言う通り、私たちは氷室さんと善子さんの二人と完全に離れてしまった。

 その隙をつくように、私たちをそれぞれドールが取り囲んだ。


「操り人形はいくらでも替えがきくからな。ちょっとやそっと削ったところで、痛くも痒くもねーんだわ」


 精巧に作られた無表情な顔のドールが、ぐるりと私を取り囲んでにじり寄ってくる。

 こっちには魔法の使えない落ちこぼれの私と、眠っている正くんしかいない。完全に万事休すだ。

 二人は二人で、自分たちを囲むドールを相手取るので精一杯だった。


 どうしようもない。どうしたらいいの?

 何も思わず何も語らないドールたちは、ただただ無感情に私たちに詰め寄ってくる。

 このドールたちがいつ爆発するのかと、考えるだけで血の気が引いた。


「────花園さん!」


 その時、氷室さんの声が聞こえた。

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