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12 もう一個

「アリスちゃんが一緒なら安心だ! はぁ〜ホッとしたらまたパンケーキが食べたくなってきたなぁ」

「もう一個ですか!? 一個だけでもかなりのボリュームだったのに……!」


 サッと元の、ただのランチの雰囲気に切り替えて、善子さんは呑気な声を上げた。

 こういった切り替えの早さは、善子さんの長所だと思う。

 不真面目なわけではなくて、とてもメリハリがあって竹を割ったようにパッカーンとしてる。


 真面目な話はしっかりとした上で、それでも楽しい時間は楽しい時間として過ごそうってことだ。

 不安や懸念を持ち越さず、こうやってカチッと切り替えられるから、善子さんはいつだって元気よく溌剌で、誰にでも笑顔で接せられるのかもしれない。


「私を舐めちゃあいけないよ、アリスちゃん。確かに食べ応えはあったけど、私の胃袋はまだ根をあげちゃいないからね」

「美味しかったですし、もっと食べたい気持ちはわかりますけど……太りますよ?」

「そ、それは言っちゃダメなやつだよ! ここに来ておいて、そんなことは言っちゃダメなんだぞ!?」


 私の指摘に善子さんは少したじろいでから、ムッと唇を突き出してブーブー喚いた。

 確かにパンケーキ屋さんに来た以上、ある程度のオーバーカロリーは覚悟の上だけど。

 でも二個目に突入するとなると、それはもうオーバーキルだ。

 数日後、体重計に乗った善子さんの悲鳴は想像に難くない。


 善子さんもその辺り、わかってないわけじゃないんだろうけど。

 でもどうやら、現実的な理性よりも目の前の食欲が勝っているようだった。


「よし、こうなったらアリスちゃんの分も頼もう! 共犯になれば何も言えまい!」

「ちょっ……私はもう結構ですよ!?」

「まーまー遠慮しなさんな〜」

「遠慮じゃないですよ〜! これ以上はお腹的にも体重的にもアウトなんですー!」


 どこまで本気なのか、とんでもないことを言い出した善子さんに慌てて止めに入る。

 奢ってもらえることそのものはありがたいけど、でも今はもう色々限界だから。

 でも善子さんは悪ノリモードに入っちゃって、一人意気揚々とメニュー表を広げて、新しいパンケーキ選びを始めてしまった。


「死なば諸共、一緒に太れば怖くな〜い! さ、次は何にしようかなぁ〜」

「────君が太るのは別に構わないけど、僕のアリスちゃんをあんまり肥えさせるのはやめて欲しいなぁ」


 善子さんが恐ろしいことを呟きながら、ルンルンと鼻歌混じりにメニュー表を眺めていたその時。

 突然、とてもクールに澄み切った声が真横から飛んできた。


 女の子たちで溢れる店内は賑やかで、周りの声なんてワイワイガヤガヤとしか聞こえてこない。

 そんな騒がしい中で、その声は全てを掻き分けて私の耳に真っ直ぐに響いてきた。

 それは、私がよく知っている声。


「ま、アリスちゃんはいつだってどんな時だって可愛いから、例え太ったとしても僕の愛は変わらないけれどね」


 そんなキザったらしいセリフを並べて、私の隣の席に黒尽くめの姿が腰を下ろす。

 突然入り込んできた予想もしない言葉と姿に、私も善子さんもただ唖然と視線を向けることしかできなかった。


 四人掛けの客席の、私の真横の椅子に突然着席した黒尽くめ。

 さも当然のように会話に入り込んできて、歯の浮くような甘い言葉を囁いてくる声。

 それが誰かなんて、確認するまでもなく明らかで、でもここにいることが信じられなくて、まじまじと見つめてしまう。


 突然やって来たワルプルギスの魔女・レイくんが、当たり前のように私たちと席を共にして、その中性的で煌びやかな顔で微笑んでいた。


「────レ、レイ!? どうしてアンタが、ここに……!!!」


 先に反応したのは善子さんだった。

 今の今までにこやかに緩んだ顔でパンケーキを選んだいた彼女だけど、今は血の気が引いた真っ青な顔で、キッとレイくんを睨んでいる。

 けれど対するレイくんの表情は穏やかなもので、王子様役のミュージカル女優みたいな華やかな笑顔でニコニコしている。


「どうしてって、アリスちゃんに会う為だよ。残念ながら善子ちゃんに会う為ではないんだ、ごめんね」

「そういうことを言ってるんじゃ────アンタ、よくもまぁ抜け抜けと……!」

「まぁ落ち着きなよ善子ちゃん。ここはみんなが楽しく食事を楽しむ場所だろう? 癇癪を起こして騒ぎ立てるのはナンセンスだ」


 テーブル越しに掴みかかりそうな剣幕の善子さんを、レイくんはにこやかに宥める。

 その落ち着き切った言葉は逆効果になるかと思ったけれど、そこは流石善子さんというか、すぐに周りに意識を戻して冷静になった。

 沢山の人がいる店内で、大騒ぎをして目立つわけにもいかない。

 魔女云々の問題以前に、モラル的にもよくない。善子さんは渋々口をつぐんで、不機嫌そうに鼻を鳴らして座り直した。


 そんな善子さんを見て、レイくんは穏やかにうんうんと頷くと、ウキウキとその顔を私に向けて来た。

 いつもと同じ、男とも女とも取れる綺麗すぎる顔で、甘く優しい笑顔を浮かべている。


「というわけでこんにちは、アリスちゃん。会いに来ちゃったよ」

「…………」


 私は唖然としてしまって、そのキラキラした挨拶に対して言葉を返せなかった。

 だって、まさかこんなにすぐに、今レイくんと会えるなんて思ってもみなかったから。

 何より、こうしてひょっこり現れるなんて想像もしていなかった。


 確かに今までだって、よくこんな風に突然現れていたけれど。

 でも昨日、あんな別れた方をしたばかりなのに。


 記憶を取り戻した私がその手を取ることを拒んで、レイくんショックを受けながらもなんとか受け入れて去っていった。

 もう少し待ってくれると言っていたけど、でも私があそこで付いていかなかったことで、私たちの気持ちはすれ違ってしまうかもしれないと、そんな懸念を残して。


 魔女の立場を改善したいという同じ想いを抱えつつ、その手段と道筋は異なって、交じらなくなってしまうかもしれない。

 そう思ったからこそ、私はぶつかる覚悟を持った上でワルプルギスを止めに行こうと思っていたんだ。


 なのに、だっていうのに。

 まさかこんな風に、昨日の今日でふらっと現れるなんて。

 そんなこと、思うわけないじゃん。


 言葉を失っている私に、レイくんはただニコニコと笑いかけてくる。

 善子さんは完全にピリピリしてしまって、怖い顔でレイくんを睨んでいるし。

 でも店内は甘いパンケーキを堪能している女の子たちでキャピキャピしているし。

 なんというか、とてもカオスです……。

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