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94 まほうつかいの国のアリス6

 おうちに帰れない。

 わたしが『まほうつかいの国』に来て、そしてこの国のお姫様になってからもしばらく経つのに、わたしはぜんぜんおうちに帰ることができなかった。


 夜子さんに言われた通り西のお花畑を目指した時は、かんぜんに空振りだった。

 お姫様になった時、王族特務の人たちは帰る方法を探してくれるって言ってたけど、まだ見つかってないの『いってんばり』。


 もう一年半くらいおうちに帰っていてない。

 毎日のお姫様としての忙しい時間だったり、今でもびっくりすることのある不思議なことだったり、友達との楽しい時間だったり。

 そういうものに囲まれて、時間はあっという間に経ってしまった。


 魔女のこと、この国のこと、友達のこと。

 それに自分の力のこと、ドルミーレのこと。

 考えたり悩んだりする問題が多くて、わたしもついつい忘れてしまいがちだったけど。


 おうちに、元の世界に帰るために『魔女の森』を飛び出して、旅をして、いろんな冒険や戦いがあった。

 それなのに、わたしは『いまだ』に帰ることができてない。


 この世界のことも、この国のことも、ここの人たちのことも。

 全部みんな好きだし、ここをはなれたいわけじゃない。

 ずっとずっといたいって思う。


 でもこっちを大切に思うのと同じくらい、元の世界のことも大切だから。

 向こうにも大切な友達がいて、待っててくれている人がいるから。

 だから、ちょっとでもいいから、一回帰りたいのに。


 あんまりにも帰り方が見つからないって言われ続けるから、もしかしたらウソなんじゃないかって、そんなよくない気持ちがたまに浮かび上がってきちゃう。

 魔法使いの人たちは、わたしの『始まりの力』をとっても必要としている。

 なのにわたしに帰られちゃこまるから、ウソを言ってここにいさせようとしてるんじゃないかって。


 そんなこと思いたくないけど。

 でも、どうしてもそんな風に疑っちゃう気持ちが、わたしの心の中にポコポコとわいてきちゃって。

 わたしはそれを必死に抑えながら、毎日をすごした。


 夜子さんと夜にお話してから、しばらく経った頃。

 わたしはあれから、言われたことをずっとずっと考えていた。


 こわくても、つらくても、わたしが本当にドルミーレに向き合おうと思っているのなら。

 今無理してがむしゃらに立ち向かうんじゃなくて、その力がつくまで問題を先送りにするべき。


 具体的にそれをどうするのか、それを夜子さんは教えてくれなかったけど。

 でも、今こうして一人で抱え込んで、悩んで、こわがっていてもしょーがないのは確かで。

 それに、今のままだときっと、いつかわたしはドルミーレに押し負けちゃう。


 もしそうなった時、わたしの大切な人たちはどうなるんだろう。

 大昔に死んでしまったドルミーレがどうしてわたしの中で眠っているのかは、わからない。

 でもあの人が目を覚まして、その大きな力にわたしが飲み込まれちゃったら。

 あんなに暗くて重い気持ちを持っている人が、何をするかなんて想像もできない。


 ただでさえ『魔女ウィルス』を広めてたくさんの人を苦しめているのに。

 魔女と魔法使いの争いの原因なのに。

 その人がまたこの国で目覚めたら、この国は、わたしの友達はどうなっちゃうんだろう。


 それは、わたしがぜったいに止めなきゃいけない。

 ドルミーレとその力を持つわたしが、ぜったいに。


 ドルミーレのこわさを、邪悪さを、わたしはもういやってほど知ってる。

 この力がこの世界にあることは、きっとよくないこと。

 ドルミーレが目を覚まして力を振り回すことなんて、あっちゃいけないことだ。


 だからわたしはいつか必ず、ドルミーレを倒さなきゃいけない。

 そうしないと、きっとみんなが不幸になる。


 魔法使いの人たちは、『始まりの力』をもっと『かんぺき』に使えこなせるように、わたしにしてほしがってる。

 でも今これ以上そんなことをしたら、きっといつかわたしは力もドルミーレも抑えられなくなる。


 だから。この国を守るために、大切な友達を守るために、わたしは────────


 とある日、わたしはお城を一人飛び出した。

 だれにも内緒でお城を飛び出して、王都を抜け出した。


 別に家出とか、逃げ出したとか、そういうわけじゃないんだけど。

 でもちょっぴり、いろんなものからはなれてゆっくり考えたくなったんだ。


 空飛ぶほうきに一人で乗って、びゅんびゅんとあてもなく空を飛び回って。

 気がついたら、わたしは『魔女の森』まで来ていた。


 飛び出してから一回も来てなかった巨大な森。

 ビルみたいにとっても背の高い木々や、わたしにおおいかぶさるような大きさの草花。

 とってもヘンテコリンな森に、わたしはいつのまにかやって来ていた。


 わたしは特に意味もなく、森の中に入ってみることにした。

 なつかしいなぁ、なんてのんきに思いながら、ジャングルみたいに入り組んだ森の中をよいしょよいしょと歩く。


 この森にいた時のことなんて、なんだかとっても昔のころみたいな気がする。

 でも森の『ふんいき』はぜんざん変わってなくって、ポカポカなお日様の光をたくさんの大きな葉っぱの隙間からこぼしながら、やわらかくわたしを包んでくれる。


 森の中をお散歩していると、なんだかすこし心が落ち着いた。

 魔女のこととか、ドルミーレのこととか、帰れないこととか。

 いろんなモヤモヤはあるけれど、なんだかすこし冷静に考えられるようになった気がした。


 そして、そうやって落ち着いて冷静になればなるほど。

 ()()わたしにできることは、あんまりないんだよなって気付いちゃう。

 なら、そのためにわたしはどうすればいいのか。それは────


「あ……」


 しばらく一人でトコトコ歩いていたら、開けたところにたどり着いた。

 そこはとっても見覚えのある場所で、とってもなつかしい感覚がした。


 開けた場所の真ん中に、大きな百合の花が咲いている。

 大人の人よりも大きな、とっても大きな百合の花。

 わたしはそれをよく知っていた。


「ミス・フラワー! こんにちは、久しぶり」


 なんだかうれしくなってかけ寄ると、ミス・フラワーはお花の頭をクイッと下に向けた。

 お花の真ん中、花びらの中心にある二つの目がわたしを見ると、ミス・フラワーはぱぁっと笑顔になった。


「まぁアイリス。お帰りなさい」

「もぅ、だからアリスだってばー」

「そうだったわね。ごめんなさい、アイリス」


 ルンルン歌うようにキレイな声でしゃべるミス・フラワーは、相変わらずわたしの名前をまちがえる。

 わたしがこの世界に来て初めてお話した人────というかしゃべるお花のミス・フラワー。

 大きな百合の花は元気にキレイに咲いたまま、前とまったく同じようにここにいた。


「ミス・フラワー、元気だった?」

「ええ元気よ。ずっとわたしは元気よ。昔からずっと変わりなく。そういうあなたも、特に何も変わらないわね」

「あれ、そうかなぁ?」


『ほがらか』に笑うミス・フラワーは、茎の体をゆらゆらゆらしながら言った。

 あの時からくらべると本当にいろんなことがあったから、すこしは変わったつもりなんだけど。

 人から見ると、『あんがい』そんなこともないのかなぁ。


「えぇ何にも変わらない。あなたは小さな子供のまま。可愛い可愛い女の子のまま。そんな姿で、あなたは一体何を成そうというのかしらね」

「…………」


 きっとミス・フラワーにそんなつもりないんだろうけど、その言葉は今わたしが考えていることに突き刺さった。

 夜子さんに言われたこと。まだ子供で、幼いわたしじゃ、ドルミーレには敵わないって。

 今のわたしじゃ問題を解決できない。なんだかそのことを言われてる気がした。


「まぁ、時間はたっぷりあるわ。焦る必要はないでしょう。気ままに優雅に穏やかに、時には眠って休んだり。心のままに過ごすのが、一番いいのよ」

「ミス・フラワーは、わたしのこと何か知ってるの? わたしが何をすればいいか、知ってるの?」

「あら? 何のことかしら?」


 ニッコリ笑ってそういうミス・フラワーは、別にとぼけてるわけじゃなさそうだった。

 きっとミス・フラワーは自分が思ったことを言ってるだけで、わたしがただ、今の自分に言われてるように思ったんだけなんだ。


 前に会った時から、ミス・フラワーはふわふわゆるゆるしたヒトだったし。

 歌うみたいにキレイな声でしゃべるから、そのヘンテコな感じもそんなに気にならない。


「考えこむより眠りましょう。悩みこむより遊びましょう。泣いてしまうなら歌いましょう。夢と希望は豊かな心から。健やかに生きるのが一番よ」


 ミス・フラワーはそう言ってルンルン体をクネクネさせる。

 本当に歌っているみたいに、のんきで楽しそうに。

 でもそれは、とっても大切なことを言っている気がした。


「思い悩んでいるようね。でも大丈夫。きっと何とかなるわ」

「どうして? どうして、そんなことわかるの?」

「どうしてってアイリス。そんなこと決まってるでしょう? あなたにはいつだって、寄り添ってくれる()()がいるじゃないの」


 ミス・フラワーはそう言うと、ふふふと優しく笑った。

 陽気なミス・フラワーがどこまで本気で、どこまで真剣に言ってるかはわからない。

 なんだかとっても『らっかんてき』で、本当に大丈夫かなって気になっちゃう。


 友達のことは大好きだし、信じてるけど。

 だからこそわたしは、この力が友達を傷つけちゃわないように、悩んで困ってるんだ。


 そう思って、ポカンと首をひねりながらミス・フラワー見上げていた、そんな時だった。


「────アリスちゃん」


 静かな森の中で、だれかがわたしの名前を呼んだ。

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