79 レジスタンスとよくない噂3
町の中は魔法が飛び交う音と、人の叫び声と、それから何かがこわれる音とでガヤガヤしてる。
でもわたしたちのいるこの路地裏は静かで。
同じ町の中なのに、まるで別の世界にいるみたいだった。
レイくんは、そんなここの外を気にするように目を動かしながら、ゆっくりと立ち上がった。
なんとなく、なんとなくだけど、その『ふんいき』は私が知っている優しくてカッコいいレイくんとちょっとちがって、ピリッとした固い感じがした。
「魔女はね、この国では生きていることを許されないんだ。『魔女ウィルス』に感染した僕らは、それを人に伝染させてしまうかもしれない。そして魔法使いが誇りを持つ魔法を穢す者だから。その理屈はまぁわかるけれど、でもやっぱり易々と死ぬなんて、殺されるなんて、誰だっていやだろう?」
「うん。わたしも、魔女が『さべつ』されて、ひどいことされるのはいやなの。だから、そういうのもなくせたら良いなって……」
「ありがとう。それは全ての魔女の願いでもある。ただ『魔女ウィルス』の性質上、それを根本的に解決するのは難しい。だから残された手段は、逃げ続けるか、それとも抗うかなんだよ」
レイくんはなんだかさみしそう言う。
いつもニコニコ楽しそうに、優しくしゃべるレイくんだけど。
今はすこしまじめな顔で、キリッとした目を細めてる。
「魔女の魔法は、基本的に魔法使いには通用しない。それは大前提だから、本来だったら戦うのなんて論外なんだ。でも、何もせずにはいられない子たちが、こうして戦ってる。黙って殺されるのを待つのが嫌だったり、仲間の仇を討とうとしたり、憎悪を持って牙を向いたり、色々だけれど。レジスタンスっていうのは、そんな彼女らのことなんだよ」
「じゃあ、今戦ってる魔女の人ったちは、負けちゃうってわかってて戦ってるの? だって、もし負けちゃったらその人たちは……」
「ああ、殺されてしまう。相手は魔女退治専門の魔法使い、魔女狩りだからね。それでも、いずれ死してしまう命を何かのために燃やしたいと、彼女たちは奮闘しているのさ」
「そ、そんな……」
やっぱり、魔女がそんな風に死んじゃうことを『ぜんてい』に生きなきゃいけないのって、まちがってると思う。
ウィルスに感染しちゃって、それは病気みたいなもので、だから治らなきゃ死んじゃうかもしれなくて。
だったらみんな、もっと優しくして、治す方法を考えてくれれば良いのに。
ドルミーレのこととか、魔法使いの『じじょう』とか、いろんな理由があるのかもしれないけど。
でもわたしはやっぱり、今の魔女のあついはかわいそうだと思う。
みんなからきらわれて、見つかったら殺されちゃって。
必死で逃げて、大人しくかくれてても、ウィルスでいつ死んじゃうのかもわからなくて。
そんなの、かわいそうすぎるよ……。
「わたしが、魔女の手助けをしてあげれば、みんな助かるかな? そうすればみんな、死ななくて大丈夫かな……?」
「確かに君が加勢すれば、今戦っている彼女たちは、今は死なずに済むだろうけれど。でもそれは早いか遅いかの違いだよ。今助かっても、レジスタンスはまた戦いを挑むだろう。その全てを、君が助けてあげられるわけじゃないんだから」
「それは、そうだけど……でも、このままじゃ魔女の人たちが……」
どうしたらいいのか考えても、いい方法が思いつかない。
うんうんうなるわたしに、レイくんは優しい笑顔を向けてきた。
「君は今のままでも十分、僕ら魔女の力になってくれているよ。君が女王に反旗を翻してくれているおかげで、今城の勢力が弱まってる。女王傘下の兵はもちろん、魔女狩りも王下の組織だからね。君の領域には侵入できないから、魔女の逃げ場所が増えて態勢を整えやすくなってる。それに何より、君は僕ら魔女の希望になっているんだよ。だから、あんま気にしないで」
「で、でも……それじゃあ今戦ってる人たちは……」
「覚悟の上さ。特攻に過ぎないとわかっていても、抗わずにはいられない。そんな彼女たちに今してあげられることは、残念ながら何もないよ。本当の意味で救いたいのなら、根本的な解決が必要だからね」
ポンポンとわたしの頭に乗せた手は、いつもよりもさらに優しく感じた。
レイくんも、今戦って傷ついて、死んじゃうかもしれない魔女の人たちのことを悲しいと思ってるんだ。
「いずれは、約束通りアリスちゃんに本格的に力を貸してほしいと思ってる。その時に、一緒に魔女の未来を切り開こう。だからまずは、アリスちゃん自身がしなきゃいけないと思ってることをした方がいい」
「…………わかった。わかったよ。まずははやく女王様を倒して良い国にして、そしたら今度は魔女の人たちのために、わたしがんばるよ! 今度こそ約束する!」
「うん。信じて待ってるよ。僕の大好きなアリスちゃん」
頭に乗ってる手をギュッとにぎってわたしが言うと、レイくんはうれしそうにニカっと笑った。
その顔がとってもさわやかで、クールでカッコよくて、ちょっとドキッとしそうになる。
薄暗い路地裏の中でも、レイくんはまるで光ってるみたいにキラキラして見えた。
「あ、そうだ。レジスタンスの話で思い出した。実は最近、個人でレジスタンス活動をしてる……っていうか暴れてる魔女の子がいてね。僕も噂話だけでまだ直接会ったことはないんだけどさ。ちょっと気になってるんだよ」
「…………?」
しばらく楽しそうにニコニコしてたレイくんが、ハッと思い出したようにそう言って、すこしむずかしい顔になった。
「結構ド派手に暴れ回っているらしくって、魔女の間でも警戒されてるから、アリスちゃんも気をつけた方がいいかもしれないよ。確か名前は、クリアっていったかな……」
「ク、クリア……!?」
ムムムッと首をひねったレイくんの口から飛び出した言葉に、わたしは思わず大きな声を出しちゃった。
だって、それはわたしがよく知ってる名前だったから。




