57 妖精の喧嘩と始まりの力8
「ま、またまた〜。ソルベちゃん、どう見てもわたしたちと同い年くらいじゃーん」
あんまりにもキョトンとして言うもんだから、うっかり信じちゃいそうになっちゃった。
でもさすがにそれはないでしょって思って、わたしは笑って返した。
でもソルベちゃんはふるふると首を横にふるのです。
「本当だよー。妖精は年をとらないんだ〜。だから見た目も変わらない。人間的には僕の見た目は子供のように見えるかもしれないけど、僕はもう三千年はこの世界で生きてるんだ〜」
「さ、さんぜん……」
数字が大きすぎてぜんぜん『じっかん』がわかなかった。
ってことは、子供みたいな見た目なのにとってもとってもお年寄りってこと?
ぜんぜんそんな風には見えないよ……。
でも、男の子とか女の子かって話をした時もそうだった。
妖精さんはわたしたち人間と同じように見ちゃいけないんだ。
見た目は大体同じだけど、でもぜんぜんちがう生き物なんだ。
見た目で性別がわからないみたいに、本当の年もわからない。
わたしたちの『じょーしき』は妖精さんには『つうよう』しないんだ。
でもよく考えれば、そもそもこの世界そのものがわたしの世界とはちがうことばっかりなんだから、『じょーしき』に『とらわれちゃ』ダメなんだ。
「……三千年も前から生きてて、大昔のことを知ってるってことは、お前は実際にその『始まりの魔女』に会ったことがあるのか?」
「うん、あるよ。まぁ何回かだけどね」
レオは眉毛をググッと寄せながら質問した。
まだ魔法のことがショックみたいで、それをあらためて確認するような、そんな聞き方だった。
そんなレオに、ソルベちゃんはすぐにうなずく。
「暗くて静かで、とても怖い人だった。僕は悪い人じゃないのかなぁって思ってたけど、でもいっつも一人だったし素っ気なかったし、彼女を怖がってる子は少なくはなかったかなぁ」
「……本当にいたんだな、『始まりの魔女』は……」
レオは唇をぎゅっとむすんで、しぼり出すように言った。
ただの言い伝えとかじゃなくて、『じっさい』にソルベちゃんが会ったことがあるって言うんなら、今まで聞いた話は『ひてい』できないって、きっとそう思ったんだ。
「ココノツさんもドルミーレって人の話をしてたし。わたしたちが、この国のほとんどの人が知らないだけで、きっと本当にいたんだよ。そしてその『始まりの魔女』こそが、魔法を生み出したんだ……」
アリアはレオに言うようで、でも自分に言い聞かせるような言い方をした。
ふるえた目でレオのことを見上げて、よわよわしい声で。
ずっと魔法使いとして魔法の勉強をしてきた二人には、なかなか受け入れられないことなんだ。
すこしそうやってしんみりして、でもアリアはすぐに頭をブルブルとふった。
黒い髪のポニーテールがふるふるとふり回されて、それがペシペシとわたしに当たる。
頭をふり終わったアリアは、すこしシャンとした顔になっていて、ふぅっと小さく息をはいた。
「びっくりしたし、まだちゃんと受け入れられてないけど……でも今それを気にしても仕方ないよね。始まりがなんだったとしても、わたしたちが今魔法使いだってことに変わりはないんだし。わたしたちはただ、がんばって魔法の勉強と訓練をするだけだよ」
「まぁ……そうだな。大昔のことをオレたちが悩んでても仕方ねぇ。それよりもそんなスゲェ奴をなかったことにして、歴史を変えちまった昔の偉い連中がおっかねぇよ……」
二人がいくらわたしよりしっかりしてても、それでもまだ同じ子供。
そんなすごい秘密を知っちゃって、でもそれをなやんでも『かいけつ』なんてできない。
『まほうつかいの国』の魔法使いが使ってる魔法は、そもそもはこの国ではきらわれてきる魔女のもだった。
しかも大昔に『始まりの魔女』なんて人がいて、この国の人たちはみんなでその人をきらって退治しちゃった。
でも今は、自分たちがその魔法を使ってて……。
そんなことをいきなり知っちゃって、二人はとってもショックで、それにこまってる。
でも、それをなんとかふり切って、二人はシャンと前を向こうとしていた。
「なんかごめんね……僕調子に乗って余計なこと喋っちゃったかな……? 久しぶりのお客さんで、嬉しくなちゃって……」
「う、ううん。ソルベちゃんは何にも悪くないよ。教えてくれてありがとうね」
バツが悪そうにちょっぴりシュンとしたソルベちゃんに、アリアがあわてて言った。
ソルベちゃんは今度はベッドの上で膝をだっこして、体育座りみたいな体勢になって、そーっとわたしのことを上目遣いで見た。
「アリスからはドルミーレの力を感じたから、その力を引き継いだ子なら知ってるかなって思ったんだけど……。でも、この国では語り継がれてない話だから、困っちゃったよね。ごめん」
「────ちょ、ちょっと待って! わたしがドルミーレの力を受け継いでるって、今そう言った!?」
「え? うん……」
ソルベちゃんがポロッと言った言葉を、わたしは聞きのがさなかった。
わたしに何か特別な力があるってことは、もうわかってたけど。
それがそのドルミーレの力? そんなの、聞いてない。
「アリスからはドルミーレの力を感じるよ? あれ、違うの?」
「えっと、うーんと、ちがうかどうかも、わたしにはわかないんだけど……」
ソルベちゃんはお膝の上にアゴを乗っけて首をかしげた。
ハテナマークを浮かべている顔だけど、でもわたしの方がもっとずっと前からハテナばっかだよ。
だって今聞いた話だと、『始まりの魔女』ドルミーレの力っていうのは魔法のことだった。
でもわたしは魔法なんて使えない。もしそうだったら、レオとアリアみたいにもっと色んなことができるはずだもん。
「もしかして、アリスには自覚がないの? 僕が見た限りだと、アリスにはドルミーレの力そのものが備わってるよ。ドルミーレが持っていた原初の魔法の力。今この国で魔法使いや魔女が使っている魔法とは次元も規模も違う力をね」
ソルベちゃんはピョンとベッドから飛び降りると、わたしのことをまじまじと覗き込んでそう言った。
キラキラ光る青い目が、お部屋を照らす青い光を『はんしゃ』してさらにかがやいてる。
「アリスに『始まりの魔女』の力が備わってる、だと!? じゃあアリスはやっぱり、魔女ってことかよ!?」
「うーん、僕にはそっちのことはわからないからなんとも……。でも、魔法使いの君たちがアリスから魔女の気配ってやつを感じないなら、違うんじゃない?」
「それは……感じねぇけどよぉ」
レオはわたしの手首をぎゅっとにぎってあせった声を出した。
それからとっても心配そんな顔でわたしを見る。
「今この国で魔女って呼ばれてる人たちは、ドルミーレとはぜんぜん違う存在だと思うよ。ドルミーレが『魔女ウィルス』を拡散して、それに感染した人が魔女って呼ばれてるみたいだけど。でも、ドルミーレとは比べ物にならないよ」
「ドルミーレは、魔法よりももとずっとすごい力を持ってたってこと? それが、アリスの力なのかな」
「うーん。ドルミーレは自分の力に魔法って名付けてた。その時の彼女の力から見たら、今この国で使われてる魔法は、言い方悪いけどお粗末だと思うよ。ドルミーレが持っていた魔法から派生した、ランクダウンした魔法って感じかなぁ。確かに魔法なんだけど、大元のドルミーレはもっと根源的だった」
「そ、そんなに…………?」
腕を組んでうんうんうなりながら答えるソルベちゃんに、アリアはポカンと口を開いた。
それからそっとわたしの腕を抱きしめて、コトンと肩に頭を乗せてきた。
わたしがどこか遠くに行っちゃうのをこわがってるみたいに。
「アリスからは、そんなドルミーレの力を感じるんだよ。まだぼんやりで、目覚め切ってないような感じだけど。でもアリスにはその力がある」
「じゃあ、わたしが今まで無意識で使ってきた力は、そのドルミーレの力だったって、そういうことなんだ……」
むずかしいことはわからないけど、でもそれを聞いてわたしはなぜだかストンと『なっとく』しちゃった。
わたしの中にある力は、そのドルミーレって人の力なんだって、そう思えた。
その理由はわからないけど、でもわたしの心がそれをすんなりと受け入れちゃったんだ。
それに、ココノツさんのお話を思い出す。
ココノツさんは、わたしからドルミーレと同じ匂いがするって言ってた。
それは、わたしにドルミーレの力があるからだったんだ。
ココノツさんも、そこまではわかってなかったみたいだったけど。
でも、なんでそんな大昔の人の力が、ちがう世界から来たわたしにあるんだろう……?
「前に、偉い感じの魔法使いが話してるのを聞いたことがあるんだ。『始まりの魔女』ドルミーレが持っていた原初の魔法は、『始まりの力』って呼ばれてるみたい。アリスにあるのは、きっとそれだよ……!」
「始まりの、力……」
パァっと腕を広げて、元気よく言うソルベちゃん。
昔のドルミーレを知ってるソルベちゃん的には、またドルミーレに会えたような気持ちなのかな。
なんだか、どことなくうれしそうな感じだった。
でも本人のわたしは、次々に色んなことを言われててんてこまいだった。




