49 喋る動物と昔話16
「さて、ことも済んだことですし、中に戻ってゆるりとしまょうや」
ホッとして、うれしくて、わたしたちが抱き合ってるところに、ココノツさんはニッコリと言った。
「この町は主の領域となったことで、他者には侵さなぬ安全地帯になった。もうあの無粋な輩は乗り込んでこれんでしょうし。主もあわててここを立つ必要もないでしょう」
「わたしたち、まだここにいて良いの?」
当たり前のようにお屋敷に戻ろうと言うココノツさんに、わたしは思わず聞いてしまった。
だって、さっきは確かにあの兵隊さんたちがこの町にひどいことをしようとしたから追い払ったけど。
でも、そもそもわたしたちが西のお花畑に行こうとしてるのは本当だし、それにわたしたちのせいで迷惑をかけちゃった。
ココノツさんはかばってくれたけど、でもわたしたちが迷惑な『やっかいごと』なのは確かなはずだし。
それに一応、この国の決まりをやぶろうとしている悪い子だってことも、本当なわけだし。
そう思っておそるおそる見上げてみると、ココノツさんはコンコンと笑った。
スッとキレイに伸びている目を細めて、とてもおかしそうに笑う。
「悪いわけがないでしょうに。わちきはわちきの目で、主らを良い子らと見極めているもの。それに、主はわちきらを友と呼び、そしてこの町を救ってくれた。蔑ろにする理由なんて、これっぽっちもありはしませんよ」
楽しそうにたっぷり笑ったココノツさんは、せんすで口元をこそっとかくしながら、ニコニコ笑顔で言う。
『おせじ』でも『たてまえ』でもなくて、本気でそう言ってくれているのは、その楽しそうな顔でわかった。
わたしはそれにとってもホッとして、思わずトロンとゆるんだ笑顔をしちゃって。それを見たココノツさんはとっても優しい顔になった。
たくさんの兵隊さん、こわい大人の人たちの前に飛び出して、とってもドキドキして疲れちゃった。
わたしの無茶に付き合ってくれたレオとアリアも同じみたいで、早くお屋敷で休ませてもらおうって、そんな『ふんいき』になってきた。
でもわたしは、まだ気になることがあった。
ココノツさんから目を外して、目の前の下を見る。
そこには、土汚れでボロボロになってしまっているワンダフルさんが、平伏の体勢で頭を下ろしていた。
「コ、ココノツ様……! どうか私に厳罰を。私は、身内の保身の為に、矜恃を忘れた愚か者にございます」
「……ふぅん。そうねぇ」
お腹をぺったんと地面につけて伏せるワンダフルさんは、見た目はもうただの犬だった。
でも、その顔はとってもシュンとして落ち込んでいるみたいで、ものすごく反省をしていることはわかる。
そんなワンダフルさんを見下ろしながら、ココノツさんは静かな声でうなった。
せんすで口元を隠して、その表情はよくわからない。
「……それは、わちきに決められることではないねぇ。本質的な被害を被ったのはこの子ら。主の裁定はこの子らの想い次第。さて、どう思う?」
「わたしは、別にワンダフルさんは悪くないと思うよ? だって、町のみんなのことを考えてのことだったんでしょ? それに、町に火をつけようとしたのは兵隊さんたちが悪いし……」
そっと向けられた視線に、わたしは迷わず答えた。
ワンダフルさんは別に、わたしたちに『あくい』があったわけじゃないから。
ただ、この町のことを考えた時、そうした方がいいと思っただけなんだから。
それに、わたしたちが悪いことをしようとしてるのは本当なわけだしね。
「……だ、そう。ならばわちきとしても、特に何することもありませんねぇ。この件は女王の兵を退けたことで落着としましょう。ワンダフル。、主への咎めはありません。しかし、己の心を見直すことは、今後の主の為となるでしょう」
「は、ははっ……!」
パチンとせんすを閉じて、ココノツさんはやわらかくもスパッと言った。
そしてすぐにくるりと背を向けて、のんびりとした足取りでカランコロンとお屋敷の中へと歩き出す。
ワンダフルさんはその背中に向かって、更に深々と頭を下げた。
でもただでさえ地面にくっついているから、もうめり込んじゃうじゃないかって勢いだった。
「本当に、申し訳ありませんでした……」
しばらくそうしていたワンダフルは、そのままの姿勢でわたしたちを上目遣いに見つめてポツリと言った。
わたしは本当に怒っていなかったから、ううんと首を横にふる。
「もういいよ。だから気にしないで。みんな無事だし、だからもうあやまらないで。わたし、ワンダフルさんのこと友達だって思ってるよ。だから、またわたしたちがここに遊びにきた時は、また町のこと色々案内してほしいな」
ワンダフルさんの前に膝をついて手を伸ばす。
隣のレオはちょっぴりやれやれってため息をついてて、アリアはわたしを見てやさしく笑ってる。
わたしって甘いのかなってちょっと思ったりしたけど、でもそんなことないってわたしは思う。
失敗があっても、ワンダフルさんが元々はいいヒトで、たくさんよくしてくれたことは変わらないもん。
だからこのくらいのことで、わたしはワンダフルさんのことを嫌いになんてなれない。
わたしたちが友達だってことは変わらないんだ。
ワンダフルさんは上目遣いのままわたしたちをキョロキョロ見て、そしてわたしの手を見てプルプル震えた。
ションボリとした顔に、更に目に涙がたまって、ワンダフルさんはふにゃふにゃな顔になった。
「ありがとうございます……! あなたは、とても素敵な方だ。是非、次も私にこの町を案内させてくださいな。私は、あなたたちの再訪を心よりお待ちしております……!」
ワンダフルさんはポロポロ涙をこぼしながら、両手でわたしの手をにぎった。
犬のぷにぷにとした肉球がついた手は、ちょっぴりくすぐったくて、でも気持ちよかった。
わたしが女王様にさからって始まったとっても長い旅。
子供三人で西のお花畑まで行く冒険はとっても大変だ。
この不思議でヘンテコな世界だってわからないことがたくさんなのに、わたしにもなんだか不思議な力があるみたいで、わからないことはどんどん増えてく。
でも、こうやっていろんな場所に行って、色んな人たちに会って、たくさん友達ができて。
優しくて頼もしくて大好きな二人と、色んなことを経験する冒険は楽しいこともたくさんある。
まだまだおうちに帰れるには時間がかかりそうだけど。
でもわたしは、この冒険ができてよかったって思ってる。
ワンダフルさんと握手をして、そんなことをあらためて思ったりして。
でもちょっと元の世界が恋しくなったり。
お母さんの顔が浮かんで、晴香と創の顔が浮かんで。
そして、すぐ帰るからって、一番に会いに行くよって約束した、あられちゃんの顔が浮かんだ。
とおく離れて、世界がちがっても、この気持ちは消えない。
この世界は楽しいし、二人といるのは楽しいけど。
でもやっぱり、早く帰りたいなぁとも、思ったり……。




