40 喋る動物と昔話7
ココノツさんについて行って行列と一緒にゾロゾロと歩いていくと、大きな河までやってきた。
その河には木でできた大きな橋がアーチみたいに丸くかかっていて、その向こう岸にはたくさんのチョウチンで照らされたお屋敷が見えた。
ゲタをはいているココノツさんが橋の上を歩くと、余計にカランコロンという音がよく響いて、なんだかとっても『ふんいき』があった。
ふんわりゆらゆらただよっている九本のふわふわなしっぽは、とっても高級なお布団みたいに柔らかそうだし。
ココノツさんの全てから『こうき』で『みやび』なオーラがムンムン出ていて、わたしたちはすこし緊張した。
橋を渡り切ると、木造りの門を家来さんたちが押し開く。
時代劇で見るような日本ぽい平屋のお屋敷がそこにはあった。
豪勢で立派だけど、でもそんなに大きさはなくて、でもとってもえらいヒトが住んでますって感じのそんなお屋敷。
ココノツさんと、そして家来さんたちに言われるままにお邪魔して、わたしたちは畳がしいてある広間みたいな部屋に通された。
ちなみに、クツは脱がなくてよかった。日本ぽい建物だけど、そこは日本らしくはありませんでした。
広間の奥には少し高い段差があって、そこはえらい人が座るところだってすぐにわかった。
だってたまに時代劇とかを観ると、ちょっと高いところにお殿様とかが座って、家来の人たちが下に並んでるんだもん。
私が思った通り、ココノツさんはスルスルと段差の上まで歩いて行って、その上にあった人一人しずみ込めそうなクッションに寄りかかるように座った。
途端に侍女さんみたいな小柄なキツネさんたちがトトトってやってきて、ココノツさんの着物のはしっこを整えてキレイにした。
「ありがとう。お退がりなさい」
ココノツさんが優しい声で言うと、侍女さんは来た時と同じようにささっと部屋から出て、静かにふすまを閉じた。
ふぅと息をつくココノツさんは、無言のまま座りなさいと目を向けてきて、わたしはとりあえずその場に正座をしてみた。
レオとアリアは椅子がないところに座ることになれていないみたいですこしこまってたけど、レオはあぐらでアリアはペタンと女の子座りに落ち着いた。
「さて、ようこそいっしゃい。仮住まいの小さな屋敷ですけど、ゆるりとしていってねぇ」
「あ、ありがとう。仮住まいって、この町のえらいヒトなのに仮なの?」
「えぇ、まぁ。さっきはこの町を管理してるって言うたけれど、わちきがここに来たのは最近のこと。それに、あまり長居をするつもりもないからねぇ」
さっそく不思議に思ったことを質問すると、ココノツさんはニッコリと答えた。
脇にある黒塗りの小物入れみたいなものからキセルを取り出して、火をつけてその長い口にくわえる。
「ほら、今この国では他国民は迫害されてるでしょう? このまま国民を在留させたままでいいのかって、長老の難しい会議でなってねぇ。様子を見て今後の身の振りを考える為ってことで、わちきがここに来ることになったの」
「じゃあ、この町のヒトたち帰っちゃうんですか?」
アリアが食いつき気味に残念そうな声を上げた。
そんなアリアをおかしそうに見て、ココノツさんはふーっと紫の煙をはいた。
「まだ決めてなかったけど、もう少しくらいいても良いかなぁって、今さっきそう思ったところ。だって、主に会えたんだもの」
ココノツさんはスーッと細い目をして、わたしのことをなめ回すように眺めてきた。
ぜんぜん悪い気はしなかったけど、でも興味深そうにジロジロ見られるのはちょっぴり恥ずかしかった。
「まさかこんな時の果てに、こんな僻地で、主みたいな子に会えるなんてねぇ。わちきはとっても嬉しいの」
「えっと……わたしが? わたし、別に何も変わったことないけど……」
「そう? じゃあ一つ聞きましょうかねぇ」
わたしが首をかしげると、ココノツさんはゆったりと微笑んだ。
くわえていたキセルを口から離し、脇にあるひざ置きに寄りかかって、わたしとことをまっすぐに見つめてくる。
そして、ねっとりとした声で口を開いた。
「アリス、言うたねぇ。主から漂ってくるその匂い、力は只者じゃあない。主……何者?」
「っ…………!」
ココノツさんの空気がシュッとまとまって、部屋の中の空気がピリッと引きしまった気がした。
とっさにわたしの隣に座るレオがひざを立てて、わたしの前に腕を伸ばして乗り出す。
急に、緊張感が広がった。
「アンタ、アリスの力を狙ってやがるのか。アンタこそ何者だ……!」
「ちょっとレオ、なにやってんの!」
レオはぐっとココノツさんを睨んで、低い声でうなった。
そんなレオをアリアがあわてて止めるけれど、レオはびくともしない。
女王様から逃げる時にわたしが使った、なんだか特別な力。
あれからまったく何にも起きないけど、でもものすごい力だってことはなんとなくわかってる。
そのことを感じとって、こうして自分のお屋敷に誘ってきたココノツさんを怪しむレオの気持ちも、まぁわからなくない。
でもわたしは、ココノツさんが悪い人には思えなかった。
『あんのじょう』、ココノツさんはそんなレオを見てコンコンと笑い声を上げた。
「な、なにがおかしい……!」
「いやぁ失礼。馬鹿にしてるわけじゃあないの。ただ、主があまりにも必死なのが愛らしくて、つい」
噛みつくレオに、ココノツさんはすぐに謝ってからせんすで口元をおおった。
『なっとく』がいかないといった感じのレオはまだこわい顔をしてるけど、場の『ふんいき』は一気に落ち着いた。
「とって食うたりはしませんよ。わちきはただ、古く懐かしく、そして底知れぬ力を感じたものだから尋ねたまで。して、どうなのでしょう?」
「えっと……わたしたちにもわからなくて。なんだか不思議な力があるのかもってことくらいしか……」
キセルをくわえ直してもう一度聞いてきたココノツさん。
レオはまだトゲトゲしてるけど、大丈夫だと思ったわたしはそんなレオにお礼を言って座らせてから、ゆっくりと答えた。
「なるほどねぇ。その力を胸に秘めておきながら、主らは何も知らぬと。わちきの見立てでは、主は『始まりの魔女』に縁があるようだけれど、当然それもわかっていないんでしょうねぇ。通りでのほほんとしてること……」
「『始まりの魔女』? なんですか、それ。そんなもの、聞いたことが……」
「あぁ。この国では今、あの頃のことは葬り去られてるんでしたねぇ。人間は等しく短命な生き物。長き時の果てに歴史と伝承は途絶え、不都合な過去は亡きものされてゆく。悲しいことながら、そういうものなのですかねぇ」
アリアが言うと、ココノツさんは悲しそうに下を向いた。
わたしたちは何が何だかわからなくて、ただココノツさんを見てるしかなかった。
「何か知ってんなら教えてくれ。『始まりの魔女』ってなんなんだ? アリスと、それにアリスの力と何か関係があるのか?」
レオが突っかかるように聞くと、ココノツさんは一度キセルを吸って、ぷーっと煙を吐いた。
それから静かに一瞬天井を見上げてから、わたしたちのことをゆったりと見下ろした。
その一つひとつの動きがとってもキレイで『せいれん』されていて、わたしは思わず見とれてしまった。
「いいでしょう。それでは、主らに話して聞かせます。この国、『まほうつかいの国』が歴史の闇に葬り去った、古の伝説を。『始まりの魔女』ドルミーレについてを」
やわらかくはんなりとしたしゃべり方はそのまま、でも声色はすこし重たくなった。
わたしたちは無意識に背筋を伸ばして、ココノツさんを見上げた。




