38 喋る動物と昔話5
「いやー愉快ですなー! 子供は元気が一番! 人間のお子さん方とゆっくりくつろげて、私も楽しいですよー」
町の大通りをざっとめぐりおわったわたしたち。
泊まる場所への案内に戻りながら、ワンダフルさんはしっぽをぴょこぴょこふりながら言った。
わたしたちは結構好き放題、あれを見たいとかあれが食べたいとか言ってふり回しちゃったけど、ワンダフルさんは何も文句を言わないで全部案内して説明してくれた。
ちょっと『めいわく』だったかなぁって心配だったけど、ワンダフルさんも楽しかったみたいでよかった。
「色々案内してくれてありがとう! とっても楽しかったよ」
「こちらこそ、人間の方々に我らの文化をご説明できて満足でした。それに、町の子たちとも遊んで頂いて。あの子たちにとってもいい触れ合いになったでしょうなぁ」
町の中を色々と『さんさく』している中で、町の子供たちがわたしたちに興味津々って感じで近づいてきたから、おしゃべりしたり遊んだらしたのです。
この町の子供ももちろん普通の動物の見た目だから、コロンコロンでとっても可愛かった。
アリアは飛びついてジャレつきたいのを、がんばってガマンしてた気がする。
他の町でも、よくそこの子供たちと遊んだり、おしゃべりしたりしてきた。
その地域ではやってる遊びを教えてもらったり、子供たちだけでウワサになってる話を教えてもらったり。
それに仲良くなったことでおうちに泊めてもらえることなんかもあったりした。
だからわたしたちにとってはある意味いつも通りのことだったんだんだけど、ワンダフルさんにはそれがとってもうれしかったみたい。
ニコニコ『ほがらか』に笑って、しっぽをぴょぴょこさせてる。
「この町で生まれ育った子らは、人間さんと関わったことはほぼありませんからね。せっかくこの国にいるのですから、やはり交流は必要ですよ」
「そういえば、『どうぶつの国』の人たちはこの国に魔法の勉強しにきてるって聞いたけど、じゃあもしかして、ここにいるヒトはみんな魔法使いなの?」
「いやーまさかまさか。私たちの中に魔法使いになれた者はいないのですよ」
わたしが聞くと、ワンダフルさんはすこしびっくりした顔をしながら首をぶんぶんと横にふった。
「たしかに我らがこの国にやってきた当初の目的はそうですが、魔法使いになれるのはこの国で生まれた人間だけみたいなんですよ。資格云々ではなく、単純な素質の問題みたいでして。だから私たちにできるのは、魔法道具などの魔法を伴った物の研究くらいですかね。まぁ最近じゃ、それをするのもごく一部で、ほとんどはこうしてなんの関係もなく普通に暮らしてる者ばかりですがね」
「そういうものなんだぁ」
ワンダフルさんは特に気にしていない感じで話すから、私も普通に『あいずち』を返した。
なんとなくニュアンス的に、それがわかったのは結構前で、ワンダフルさん自身にはもう関係ない感じだった。
だからきっと今ここに住んでいるヒトたちは、その名残みたいな感じなのかもしれない。
「それに昨今我々の立場はとっても悪いですからなぁ。魔法の名のつくものに関わることすら許されなくなってきてまして、大分肩身が狭くなってきました」
「どうして? 何か問題でもあったの?」
「おや、ご存じないですか。うーむ。お子さんにわざわざ話して聞かせる話でもないんですけれど……」
シュンとしたワンダフルさんに、アリアがとっさに聞いた。
耳をパタンと倒したワンダフルさんは腕を組んですこしうなってから、「まぁいいですかな」と言って話し始めた。
「元々『まほうつかいの国』は他種族に友好的な国でした。ですので各国からの魔法履修希望に対して、限られた人員ならばと許可くださり、移住と修練の場を与えてくださいました。異なる種族による魔法の研鑽は、新たなる道筋を見出す可能性があると」
「まぁたしかに、種族が違えば考え方やプロセスが変わるだろうし、人間には気づけないやり方を見つけるかもしれないもんな」
レオがふんふんと『なっとく』すると、ワンダフルさんは嬉しそうにうなずいた。
わたしにはちょっとむずかしくてよくわからないけれど、でもアリアもわかってるみたいだし、魔法使いにはわかる話みたい。
「ですが、今の女王陛下が即位してからというもの、他種族の魔法への介入を大幅に禁ずるようになったのです。その上、明確な差別が始まり、わたしたちは今この国でとても生きにくい状況なのですよ」
「うそ!? わたし、そんなの全然しらなかったよ……!」
「そうでしょうなぁ────いや、あなたたちは悪くありませんよ。女王陛下が即位されたのは、あなた方がお生まれになる前ですし。物心つかれた頃には既に、王都を始めこの国の表舞台にいる他種族民はあまりいなかったことでしょうから」
悲鳴のような声を上げるアリアを、ワンダフルさんはなだめるように言った。
すこしシュンとしてはいるけど、ワンダフルさんは『ほがらか』なままで、あんまり気にしているような感じじゃなかった。
ううん、子供の私たちに心配をかけないようにしてくれてるのかもしれない。
それにしても、あの女王様はそんなこともしてたなんて。
いくらちがう国からきたヒトたちで、見た目がわたしたちとちがうからって、中身は何にも変わらないのに。
そんな子供みたいな『さべつ』をして、『どうぶつの国』の人たちをこまらせてたなんて。
「むかしはもう少し都心部に近い所に我らの町はありましたが、追いやられるようにして今はこのジャングルの奥地に。半ば隠れ住んでいるようなものですから、もちろん国からの援助はありません。ただまぁ幸い我々は動物であり、ここは自然豊かなジャングル。自給自足で結構やってけます。見方によっては、他の普通の国民の方々よりもよい暮らしをできている、とも言えますけれどねぇ」
ワンダフルさんはそう言ってハハハと『ゆかい』そうに明るく笑った。
たしかに、この町は他の町よりもすこし元気に感じた。
それは国から除け者にされてる分、ここで自由に暮らしてだからなんだ。
でも、『まほうつかいの国』から仲間外れにされて、それはそれで絶対にいい気分なわけがない。
みんな優しくていいヒトたちなのに、どうしてそんなひどいことされなきゃいけないんだろう。
「ねぇワンダフルさん、わたしたちに何か力になれることはないかな?」
「お気持ちは嬉しいですけどね。でも大丈夫ですとも。子供が考えることじゃあありませんよ。お気持ちだけ受け取っておきますわ」
やっぱりあの人はとってもわがままで、『おうぼう』で、ひどい人だ。
なんとか力になってあげたいと思って言ってみたけど、ワンダフルさんはゆっくりと首を横にふった。
「そのお優しいお気持ちだけで、わたしたちの心は癒されますとも。お子様方に無理はさせません。ご自分たちの旅をご優先くださいな」
「うん……でも……」
「まぁアリス」
優しい顔で言ってくれるワンダフルさん。
でもなんとなく気になって仕方ないわたしの手を、レオがぐいっと引っぱった。
「気持ちはわかるけどよ。でもそれでまた女王陛下に歯向かったら、次は殺されちまうかもしれねぇ。今は一刻も早く花畑に行って、お前がうちに帰るのが優先だ」
「……う、うん。わかった」
ひそひそ『みみうち』してくるレオの言うことは『せいろん』で、わたしはうなずくしかなかった。
とってもひどい女王様に『ものもうしたい』気持ちはあるけれど、まだ子供のわたしにはできないことがたくさんある。
「…………まぁ、話してしまった手前あれですが、お気になさらず……! 私たちの問題は私たちでなんとかしますので────おや、あれは……?」
短い手足をパァっと広げて、ワンダフルさんは明るく言った。
とってもよくしてくれたから何か力になってあげたかったけど、それをするにしてもわたしたちじゃまだまだ子供なんだ。
今は、この町を楽しんでいろんな人たちと『こうりゅう』するのが、町の人たちのためになることかもしれない。
わたしがとりあえずそう『なっとく』した時、ワンダフルさんがムムっとうなって先の方に目を向けた。
クンクンと鼻を動かして、わたしたちにはわからない前の方からただよってくる匂いをかいでいる。
かと思うと、急にポーンと飛び上がるものだから、わたしたちはびっくりして三人で身を寄せ合った。
「わわわーお! こいつはびっくり! 長老様がおいでだ!」
耳もしっぽもピーンと立てて、ワンダフルさんは大きな声を上げた。
何のことだかさっぱりわからないわたしたちは、とりあえずしっかりと前を見てみた。
するとわたしたちが向かっている先から、チョウチンを手に持ってゆらーんゆらーんと歩く行列のようなものがこっち向かっているのが見えた。
そしてその行列の先頭には、一匹のキレイな狐が『ゆうが』な足取りで歩いていた。




