27 わがままな女王様3
ザ、ザ、ザ。
みんなと同じように顔を下に向けてるわたしには、たくさんの人が同時に歩く足音しかわからなかった。
チラッとだけ見た、真っ赤な女王を取り囲んでいた兵隊さんの行列。
それがぴったりと足並みをそろえて歩いてくる音が、まるで時計の針の音みたいに『せいかく』に聞こえてくる。
土の地面にもそれは響いていて、行列が一歩進むたんびにちょこっとゆれた。
こんな『ぎょうぎょうしい』感じでやってくるんだから、やっぱり女王様っていうのはとってもエラいんだなぁ。
どうしても、ちょっとだけでも見てみたい。
そんな『こうきしん』がむくむくとわき上がってきて、頭を上げちゃいそうになる。
でもレオもアリアも頭を下げたままピクリとも動かないし、きっと絶対上げちゃダメなんだ。
でも、ダメだと言われると、逆に見たくなっちゃうよ。
だって女王様なんて、きっとステキにだもん。
豪華なお洋服とか、キレイな宝石とかを身につけて、きっとキラキラゴージャスだもん。
そんなの、一目でいいから見てみたくなっちゃう。
こんなに目の前まで来てるんだから。
ザ、ザ、ザ。
行列がわたしたちの目の前までやってきて、音もゆれも大きくなる。
大勢で一緒に足を踏み鳴らすから砂ぼこりが立って、頭を下げているわたしたちの周りにぶわーっと舞った。
それを吸い込んじゃわないように息を止めてがまんする。
けど気持ちはそんなことよりも、目の前まで来た女王様の方にいっていて。
ちょっとだけ。ちょっとだけならバレないかな。
ほんの少しだけ、チラッとどんな人か見るだけなら、きっと大丈夫……。
砂埃から顔を守るフリをして腕を顔の前にやって、その陰でそーっと目線を上げようとした、その時だった。
「────ん?」
重くて冷たい声が、全ての音と動きを止めた。
その一言が聞こえた瞬間、行列の脚はピタッと止まって、一気にシーンと静かになった。
だから今の声が女王様の声なんだって、わたしはすぐにわかった。
もしかして、わたしがこっそり女王様のことを見ようとしたのがバレて、それに女王様が怒っちゃったのかもしれない。
どうしよう。わたし、逮捕とかされちゃうのかな。牢屋に入れられて、ずっと閉じ込められちゃったらどうしよう。
わるい想像が頭の中をぐるぐる回って、ドキドキと心臓が飛び跳ねた。
あわてて頭をぐっと下げてみたけど、もう遅いかもしれない。
「忌々しい、魔女の匂いがする」
ドキドキして口から心臓が飛び出しちゃいそうなんたしだったけれど、女王様が言った言葉はわたしに向けたものじゃなかった。
ホッとしたけれど、女王様のとっても『ぶっそうな』言い方が気になった。
「魔女めが私の姿を目にするか! ────そこだ、捕えよ!」
とっても怒った声で女王様が叫んだ。
同時に周りを囲んでいた兵隊さんたちがドドドっと動き出す足元が見えた。
道の隅で『へーふく』している人たちをかき分けて、路地裏のようなところに入っていくのがうっすら見えた。
そしてすぐに女の子の悲鳴が聞こえてきて、何か重いものが道にどさっとなげ出される音が聞こえた。
おそるおそる、頭を下げたまま目だけを向けてみると、一人の女の子が道のまん中に倒れていた。
透明なロープでしばられているみたいに、何もないのにギュッと身体をこわばらせて転がっている。
そんな女の子の前に、赤いドレスのすそと赤いクツをはいた足がツカツカと近付いた。
「……魔女か。こんなところにいるなんてバカなやつだ」
同じようにそーっと見ていたレオがボソッと呟いた。
「卑しい魔女め。私の命でもとろうとしたのか? 愚かな。なんと愚かな。たかだか貧弱な魔女一人、私にその刃が届くわけがないというのに。そんなこともわからないほど、魔女は哀れな生き物か」
「私は、なにも……! ただ私は、食べ物を……」
とっても冷たい、こわくなるような女の人の声。
赤い足の人の声は女王様の声なんだろうけど、想像していたよりもずっとずっとこわい声だった。
女王様って優しい人なのかなって思ってたけど、ぜんぜんちがう。
女の子が必死で何か言っているのを、女王様はまったく聞こうとしなかった。
「まぁよい。魔女であろうがなかろうが、私に逆らえば死罪。魔女であるのだから尚のこと。そのくらいの覚悟はしてきたんだろう?」
「いや……やだ……死にたくない……しにたく────」
女王様の赤いクツが女の子の頭をガンと踏んづけた。
その勢いで女の子の顔が地面に押しつけられて、悲鳴のような叫びが押さえつけられてしまった。
ひどい。あの子は何にもしてないのに、魔女だってだけでどうしてあんなひどいことをするんだろう。
魔法使いは魔女を狙うってレイくんに教わった。
魔女は『魔女ウィルス』っていう死のウィルスに感染してるから、魔法使いはそれを消すために魔女を狙うんだって。
でもでも、だからって魔女は何にも悪くないのに。
こんなのって、ひどいよ。
「魔女は死すべし。これは太古より決められた我が国の定めだ。そして私は、卑しく汚らわしい魔女が何よりも嫌いだ。ならば行末は一つしかない。死、あるのみ」
ガンと、女王様はもう一度女の子の頭を踏んづけた。
女の子は声にならないうめき声を上げるだけで、逃げることもやり返すこともできなかった。
ただ一方的に、勝手な理由でひどいことをされているのを、ただされるがままに受け入れるだけ……。
ひどいよ。こんなのってひどいよ。
悪いことをしたんなら、怒られたり罰を受けるのは仕方ないかもしれない。
でも、あの子は何にもしてなくて、ただ魔女だからなんて。
魔女になった人たちは、なっちゃっただけで何も悪くないのに。
魔女って、みんなこんなひどい目にあってるのかな。
魔法使いに見つかったら、みんなこうされちゃうのかな。
レイくんやクロアさん、クリアちゃんも。
わたしのお友達の魔女たちも、こうされちゃうかもしれない怖さと、いつも戦ってるのかな。
ひどいよ。ひどい。ひどすぎる。
こんなのわたし嫌だよ。
わたしの知ってる魔女たちは、みんないい人たちだったもん。
こんなひどいことされるようなこと、誰もしてなかったもん。
わたし、こんなの嫌だ……!
「────やめて! もう、やめてあげてよ!」
気がつけばわたしは、立ち上がって力いっぱい叫んでた。
見ていられなくて、ガマンできなくて、とっても嫌で。
わたしは何にも考えないで、ただ気持ちのままに立ち上がった。
そんなわたしを、真っ赤な姿の女の人が静かに見下ろした。
「何だ、お前は」
燃えるように紅いのに、氷のように冷たい目が、わたしのことをまじまじと見下ろして、ぶっきらぼうに言った。




