23 もう一つの世界6
遠くからびゅーーーんと何かが飛んできて、寝っ転がっているわたしの上を通りすぎた。
びゅーんびゅーんと二回、いや二つ、何かが通りすぎました。
突然のことにびっくりして、わたしはがばりと起き上がった。
あわてて上を通りすぎた何かを目で追っかける。
だってだって、まさか頭の上を何かが通りすぎるなんて、そんなこと思ってもみなかったから。
だって寝っ転がっていたわたしの上にはお空しかなくて、その上を通っていくなんてふつうありえない。
それは人だった。人が二人、宙に浮いてる。
絵本とか、漫画やアニメでよく見る竹ぼうきにまたがった二人の人が、空を飛んでいた。
わたしの上を通りすぎたその二人は、そのままぐるっと大きく空中を回って、それからゆっくりと降りながらこっちに向かってくる。
まるで突っ込むように勢いよく着地をしたその人たちは、よく見るとわたしと同い年くらいの子供だった。
「あ、起き上がってる! よかった、倒れてるんじゃなかったよ」
自分の背と同じくらいの長さのほうきを持って、こっちに走ってくる女の子とその後を追う男の子の二人。
前を走ってる女の子の方が、わたしのことを見てぱぁっと明るい声で言った。
わたしは初めて見た空飛ぶほうきに『あっけにとられて』しまって、ポカーンとしていた。
そんなわたしのところに、二人はトタトタと走りよってきた。
「あなた、こんなところで何してるの? 一人?」
女の子が膝に手をついて、かがみ込んで聞いてきた。
キレイな黒髪をポニーテールにしている、すこし大人っぽい感じの女の子。
わたしのことを心配そうに見下ろしながら、でもやさしく笑いかけながら声をかけてくれた。
「おい、無用心に声をかけるなよ。怪しいやつかもしれねーだろ」
そんな女の子を追いかけてやってきた男の子は、すこしこわい顔でわたしのことを覗き込んだ。
まるで燃えてるみたいに真っ赤な、長い髪の毛の男の子。
キッとした目が怖くて、わたしはこっそりビクッとしてしまった。
「怪しい? この子がなんに見えるの? まさか魔女とか? この子はなんでもないよ。アンタ、もう少し感知の訓練した方がいいんじゃない?」
「う、うっせーな! オレはおまえとちがって、そういうこまかいのはニガテなんだよ!」
わたしのことを『けいかい』して見る男の子に、女の子は振り返ってあきれたように答えた。
腰に手を当てて、まったくもうとこまったようにため息をつく。
そんな女の子に、男の子の方はギャンギャンと言いかえした。
「どっちにしたってよ、こんな何にもないところに一人でいるなんて変じゃねーか。もう少し用心しろよ」
「まぁそうだけど、でも見れば変な子じゃないってことくらいわかるじゃん。アンタよりもよっぽどいい子そう」
「なんだと!?」
二人はわたしのことを置いておいて、なんだか仲良くケンカしてる。
わたしは完全に置いてけぼりで、ただただポカーンとその様子を見ているしかなかった。
でもそのおかげで、空飛ぶほうきで登場した二人へのビックリした気持ちは落ち着いてきた。
「大体、この先は『魔女の森』だぜ? ここらにいるなんて余計変だ」
「そんなこと言ったらわたしたちもでしょ? むしろこんなところにいるからこそ、声をかけてあげるべきじゃない」
「あ、あのー…………」
たぶん仲が悪くてケンカをしているわけじゃないんだろうけど。
でも大きな声で怒ったように言う男の子と、落ち着いて説明する女の子の二人はちぐはぐしていて、放っておいたらしばらくは終わらなさそうだった。
だから勇気を出して声を出してみることにした。
わたしがおそるおそる声をかけると、二人の目が一斉にわたしに向いた。
「えっと、あの、あなたたちは……?」
「あ、ごめんね。放っておいちゃって。もぅ、アンタが余計なこと言うから!」
「オレのせいかよ! そもそもおまえがなぁ────」
女の子は私に向かってニコッ柔らかく笑いながら、ぶつぶつ文句を言う男の子の脇腹を肘でぐっと突いた。
男の子はウッと短く声を出してから、少し不満そうな顔をしながらだまった。
「わたしたち、この先にある町に住んでるの。ほうきの練習ってことにして、大人に内緒でこっちまで来ちゃったんだ。ほら、この先には『魔女の森』があるから、子供は近づいちゃダメって言われてるでしょ? あなたはどうしてこんなところにいるの?」
「えっと……うーん、お家に帰ろうと思って、かなぁ……?」
わたしと同い年くらいなのにとってもしっかりしてるポニーテールの女の子。
わたしより年上さんなのかな。お姉さんみたいな、やさしさとたのもしさがあった。
なんとなく話の流れ的に、『魔女の森』から来たとは言わない方がいい気がして、なんだか中途半端な感じになってしまった。
言いながら首を傾げるわたしを、赤毛の男の子は怪しそうに見てくる。
「ここらじゃ見かけない顔だな。どこから来たんだ? やっぱ魔女なんじゃないか?」
「わ、わたし、魔女じゃないよ。だって魔法使えないもん」
腕を組んでグググっと眉毛を寄せる男の子。
背は高いし顔は怖いしで、わたしは少しつっかえながら答える。
そんなわたしを見て、女の子が男の子の頭をポカリと殴った。
「しつこい! よくわかんないけど、悪い子じゃないよ。困ってそうだし、助けてあげようよ」
「へいへい。わかったよ」
叩かれた頭をさすりながら、男の子は『かんねん』したようにうなずく。
そんな様子を満足そうに見てから、女の子はまたわたしににっこりと笑顔見つけてきた。
「あなた、お名前は?」
「わ、わたしは、アリス」
「アリスね。いい名前」
わたしがあわてて答えると、女の子はゆったりと柔らかく笑った。
学校のお姉さんたちだって、こんなに大人っぽくない。
初めて会ったのに、この子は信じていいって思えちゃう。
「わたしはアリア。ほら、アンタも自己紹介しなさい」
「レオだ」
男の子────レオはまだすこしうたがったよう顔しながら、でもすなおに名前を言った。
そんなようすにあきれたようなため息をつきながら、女の子────アリアはわたしに笑いかけながら手を伸ばしてきた。




