21 もう一つの世界4
「えっと、わたし……」
夜子さんの言っていることはほとんどわからない。
ニヤニヤニタニタ、イジワルそうに笑って、ヘンテコなむずかしいことしか言わない。
でも、何を言われたってわたしの帰りたいおうちは一つだけ。
大好きな友達がいるあの町の、お母さんがいるあの家が、わたしが帰りたいところ。
それだけは、ちゃんとわかる。
「わたしのおうちは……わたしが帰りたいおうちは、ここじゃないところにあるのは、確かだよ。わたしは、『まほうつかいの国』じゃない、わたしが大好きな人たちがいるところに、帰りたい」
「……そうか。なるほど、わかったよ」
なんて言っていいのかわからなくて、ぐるぐる考えながらわたしは言った。
すると夜子さんはふむふむとうなずいて、またニヤァっと笑った。
「君の気持ちと意志はわかった。でも困った。するとわたしはそこへの道行を示してあげられない」
「帰り道、わからないの?」
「わかるかもしれないけれど、残念ながらどこかわからないところへの道案内はできないよ。さっきも言ったけど、わからないは『ない』のと同じだからね」
「そんなぁ」
わたしはとってもがっかりして、ストンと肩が落ちた。
なんだかいろいろ知ってそうで、思わせぶりな『たいど』をとっていたのに。
『けっきょく』、夜子さんも帰り道を知らないんなんて。
「まぁそう落ち込まないで。君が帰りたいおうちへの行き方はわからないけれど、もう一つのおうちへの行き方は教えてあげられるよ?」
「もう一つのおうち?」
わたしのおうちは一つだけなのに、もう一つってなんだろう。
またむずかしくて、なんだかよくわからないことを言うのかもしれない。
わたしがすこしあやしんだ目を向けると、夜子さんは口をへの字にした。
「まぁ聞くかは君の自由だよ。ずっとこの森にいたいのなら、別に私はそれを止めやしない。気のゆくまでここにいるといいさ」
「わ、あ、ちょっと待って……!」
夜子さんはすねたように言うと、すーっとゆっくり透明になっていった。
そのままパッと消えてなくなっちゃいそうで、わたしはあわててそれを止めた。
夜子さんは変なことばっかり言うけれど、でも今いなくなっちゃったら、わたしはまたここで一人ぼっちになっちゃう。
わたしが止めると、透き通っていた夜子さんはシュッとすぐ元に戻った。
「なんだ、聞くの? 聞かないの? どっち?」
「き、きく! よくわかんないけど、とりあえずここから出たいよ!」
「もー仕方ないなぁ。じゃあ教えてあげよう」
夜子さんはそう言うと、ポンと木の根っこから飛び降りた。
飛び降りたけど足は地面につかなくて、びみょーにふわふわと宙を浮いてる。
そのまま空中で横になった夜子さんは、すこし眠たそうな顔でわたしにゆっくりと目を向けてきた。
「ここ『魔女の森』は『まほうつかいの国』の最南端、国の外れにある。因みに国の中心にはもちろん王都がある。まずこの森から出たら、時計回りにぐるっと西へ向かうんだ。西側の外れに、今は禁域となっているお花畑があるから、そこに行くといい。そこに、君の『おうち』がある。そうすればきっと、君にとって必要なものが得られるだろうさ」
「…………???」
ぺらぺらぺらぺらと、夜子さんはわたしのことなんて気にせずに説明を一人でしゃべった。
そんなこと、どんどん言われたってぜんぜんわかんないよ。
西に行けって、そんなこと言われてもどっちにいったらいいかわかんない。
西ってたしか……左の方だっけ……?
「えっと、ぜんぜんわかんないんだけど……」
「大丈夫。なるようになるよ。この国は君にとって庭のようなものさ。心のままに行けば、君に必要なものは自ずと現れる。なんたってここは、魔法に満ちた国なんだから。なんだって君の思うままさ」
ポカーンとしながら聞いてみても、やっぱり夜子さんはわかりやすいことなんて言ってくれない。
夜子さんはわざとイジワルしてわたしにわかりにくいように言ってるのかな。
それとも、わたしがまだまだこどもだから、お話がわからないだけ?
どっちにしても、今のところなにもわからないままだ。
「なにもわからないって顔してるね。まぁ今はそうだろう。別にそのままで構わないよ。そのうちわかる。この世界で、この国で、君がその心のままに過ごしていればいずれ。きっと嫌でもわかるようになる。だから今はわからなくても構わない。でも差し当たって今君がわかっていた方がいいのは、この森の出方ってところかな?」
夜子さんはそう言うと、すーっと宙を下から上に指でなぞった。
するとその指の先にある森の木たちが、ゴソゴソドドドドと動き出して、一本の道を作った。
木たちがキチンと並んでできた一本道の先には、うっすらと光が見える。
「近道だ。ここをまっすぐ行けば森を出られる。森を出た後は、まぁなるようになる。好きにするといいよ」
「わぁ……! あ、ありがとう!」
今までただ真っ暗だった森の中に外への道が見えて、わたしの気持ちはパァっと明るくなった。
夜子さんにたくさんむずかしいことを言われたこととか、『けっきょく』夜子さんがなんなのかとか、そんなことはすぐにどうでもよくなっちゃった。
この森から出られる。この暗くてこわいところから出られる。
そう思っただけで、なんだかもうおうちに帰れたような気分になった。
「ありがとう夜子さん! ここを行けば、おうちに帰れるんだね」
「帰れるといえば帰れるね。ここを出た先のことは、君次第だけれど」
「わかった! とにかく、森を出てみるね!」
夜子さんはやっぱりはっきりとしないことを言うけれど、とにかくわたしはここから出られるとわかってうれしかった。
こんな暗くてさみしいところに、ずっとずっといなきゃいけなくなっちゃうかと思ってたから。
「じゃあ、わたし行くね! よくわかんなかったけど、ありがとう!」
「礼には及ばないよ。私は何もしちゃいない。私は君に、今の君にあまりに深入りをするつもりはないからね。まぁせいぜい、頑張りなよ」
「……? わかった! じゃあね!」
私が手を振ると、夜子さんはぷかぷか浮いたままのっそりと手を振り返した。
最後までよくわからなかった夜子さんばいばいして、わたしはぴかぴか眩しそうに外に向かって、まっすぐな道を歩き出した。




