17 森のお友達4
「これでどう、かな?」
クリアちゃんはヘアゴムで髪をささっとむすぶと、わたしの方にリボンを向けて聞いてきた。
クリアちゃんの姿はぜんぜん見えないから、リボンが一人でぷかぷか宙に浮いているように見える。
「うん、ばっちりだよ! これでクリアちゃんがいるかどうかすぐわかる!」
「ホントに? よかった。アリスちゃん、ありがとう」
リボンがぴょこぴょこ動くから、クリアちゃんが喜んでくれてるのがよくわかった。
そういう意味でも、リボンをあげたのは正解だったみたい。
普通の服が着られたり、そもそもお顔が見られれば一番いいけれど。
でもこれだけでもだいぶちがう。
「わたし、人から何かもらったの初めて。だから、すっごくうれしいな」
「クリアちゃんはずっとこの森にいるの? おうちは? お父さんとかお母さんとかは?」
「えーっと……そういうのは、ないんだ」
あはは、とぎこちなく笑う声が聞こえた。
悪いこと聞いちゃったんだって思ってすぐ謝ると、あわてた声で「大丈夫だよ」とかえってきた。
「ほら、わたし魔女だからさ。魔女になっちゃった人はみんな、家族のところになんていられないんだよ。それにこんなふうに透明になっちゃって、だれもわたしのこと見つけられなくなちゃったから……」
「クリアちゃん……」
普通な感じで話すクリアちゃんだけど、なんだかさみしそうだった。
魔女になっちゃった、ただそれだけなのに家族といられないなんて。
それに、透明になっちゃったせいでだれにも気付いてもらえなくて。
クリアちゃんは、今までずっとさみしかったんだろうなぁ。
「おかあさんも、周りの人たちも、わたしがいなくなってホッとしてた。わたしが見えなくなって、いなくなったと思ってホッとしてた。でも仕方ないんだよ。だって、魔女になっちゃったんだもん」
髪のリボンが上を向いて、クリアちゃんが下を向いたのがわかった。
わたしはなんて言ってあげればいいのかわからなくて、その見えない手をぎゅっとにぎった。
「でも、だれにも気付いてもらえないのは、つらかったなぁ。わたしはここにいるのに、だれもわたしを認めてくれなくて。とっても息苦しくて、さみしくて、こわかった。けど、今こうやってアリスちゃんとお友達になれて、わたしすっごくうれしいの。だからもう、さみしくないよ」
クリアちゃんの声はあんまり暗くなくて、『ほがらか』だった。
無理をしてる感じはなくて、本当に喜んでくれているみたい。
クリアちゃんがそうならわたしが暗くなっちゃいけないと思って、わたしは笑顔でうなずいた。
『魔女ウィルス』に『かんせん』した人が大変だって話はなんとなくわかってたつもりだけど、わたしが想像していたよりも、もっとずっとかわいそう。
レイくんがなんとかしたいって思う気持ちがわかった気がした。
わたしにできること、ないのかなぁ。
クリアちゃんの友達として、わたしに何かしてあげられることは……。
「そうだ! クリアちゃん、わたしと一緒においでよ!」
「……え!?」
いいことを思いついたわたしが勢いよく言うと、クリアちゃんはびくっとした。
リボンがぴくっと震えて、わたしの手をぎゅっと握ったらよくわかる。
「わたしね、今レイくんとクロアさんっていう魔女と、この奥の神殿にいるの。お部屋もベッドもまだあるし、一人ぼっちで行くとこないなら来ない? わたしが二人にお願いするから」
そう、これは『めいあん』だ!
レイくんもクロアさんも魔女だから、きっとクリアちゃんの力になってくれる。
それに、クリアちゃんが透明になっちゃうのも、なんとかしてくれるかもしれない。
帰るおうちがないなら、わたしみたいに神殿に住んじゃえばいいんだ。
そうすればずっと一緒にいられるし、ぜんぜんさみしくないはず。
そう思ってわたしはペラペラと言ってみたけれど、クリアちゃんの反応はイマイチだった。
「えっと、あの……うーん。それは、やめとこうかな」
「え、どうして!? いいことだらけだと思うよ?」
「なんていうか、その、ちょっと怖いし。他の人に会うの……」
「大丈夫だよ。二人ともとってもやさしいから、クリアちゃんのことも絶対助けてくれるよ」
わたしは必死に『せっとく』してみたけれど、クリアちゃんはうんと言ってくれない。
本当にこわがっている感じで、手がすこし震えてる。
「ありがとう、ごめんねアリスちゃん。せっかく誘ってくれたのに。でもわたし、一人でいるのになれちゃって、だれかと会うのが怖くなっちゃって。だってわたし透明だから、会っても見つけてもらえないんじゃないかって……」
「そんなことないよ。二人とも魔女だから、きっとなんとかしてくれるよ」
「うん。そうだよね。わかって、るんだけど……」
クリアちゃんの声はどんどん小さくなってく。
本当に、だれかに会うのが怖いんだ。
今までずっとだれにも気付いてもらえなかったから、それが『とらうま』になっちゃってるのかも。
あんまり無理を言っちゃったら、かわいそうかもしれない。
「わたし、大丈夫だから。だってアリスちゃんがお友達になってくれから、もうさみしくないもん」
「……わかった、わかったよ。じゃあこうしよう!」
わたしは『かんねん』してうなずいた。
その代わりのいいことを思いついて、ニコッと笑いかける。
「わたし、これからここにいっぱい遊びにくるよ! そしたらクリアちゃんさみしくないでしょ?」
「いい、の……?」
「当たり前だよ! だってわたしいっぱいクリアちゃんと遊びたいもん。それに、お友達になれてうれしいのは、クリアちゃんだけじゃないんだからね」
「アリスちゃん……」
両手でクリアちゃんの手をにぎってぶんぶん振る。
ニコニコ笑いながら言うと、クリアちゃんはぱぁっと明るい声を出した。
「ありがとうアリスちゃん。わたし、とってもうれしい。わたしを見つけてくれたのがアリスちゃんで、本当によかった……!」
クリアちゃんはリボンをふりふりさせながら、とっても元気よく言った。
「アリスちゃんは、わたしのとってもとっても大事なお友達! ずっとずっと、一緒にいてねアリスちゃん!」
「うん。わたしたちは、ずっと友達だよ!」
姿は見えないけれど、でも確かにそこにいるクリアちゃん。
さわれて、声が聞こえて、お話ができる。
透明なのは不思議だし、ちょっぴりこまっちゃったりするけど。
でもでも、わたしの友達ってことにはなんの関係もないから。
一緒にいるのがうれしくて、おしゃべりしたりして遊ぶのが楽しかったら、それで十分。
わたしたちはあっという間にとっても仲良しになったのでした。




