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3 普通の女の子3

「……ねぇ、アリスちゃん」


 公園の真ん中にある大きなドームの中で、二人で並んでくっついてしばらくお喋りをしていた時、あられちゃんがおっかなびっくり切り出した。

 普段あられちゃんは自分から何かを話すことはあんまりなくって、大体わたしたちの話をうんうんと聞いている。

 だから、あられちゃんから何かお話をしてくれるのは珍しい。

 わたしは何だかそれが嬉しくて、開いていた本を閉じてあられちゃんの顔をまじまじと見た。


「……あの、えぇっと……」


 わたしと目が合った瞬間、あられちゃんはもじもじしながら下を向いてしまった。

 いつも『くーる』で落ち着いている少し大人っぽいあられちゃんだけれど、意外と恥ずかしがり屋さん。

 なかなか目を合わせてくれないし、ケラケラ笑ったりもしれくれない。

 でもそれは気持ちを表現するのが苦手な『たいぷ』だからってことはわかってる。

 だって、みんなで遊んで大笑いしている時、あられちゃんもちゃんとひっそり笑ってるし、わたしが見ていない時にわたしのことをちゃんと見てくれているもん。


 あられちゃんは恥ずかしがり屋さんだから、人よりちょっとぶきっちょさんなだけなんだ。


「……あのね、アリスちゃん」


 わたしがゆっくり次の言葉を待っていると、あられちゃんはうつむきながらぽつりと言葉を続けた。

 長めの前髪でその顔はうまく見えないけど、あられちゃんがわたしに必死で何かを伝えようとしてくれているのはわかる。

 何か悩み事でもあるのかな?


 でも、今さっきまで普通に楽しくお話してたしなぁ。

 読み終わった本のこととか、新しく貸した本の話とか。

 あと、今日学校であったことの話とかも、あられちゃんは楽しそうに聞いてくれたし。


 何か思い当たることはないかなと考えていると、あられちゃんはゆっくりと顔を持ち上げて、そして恐る恐るわたしの手に触ってきた。


「……アリスちゃん、最近不思議なこと、ない……?」

「へ? 不思議なこと?」


 全然想像していなかった質問に、わたしは変な声を上げて首をかしげてしまった。

 でも、わたしの手に触っているあられちゃんの手は少し震えていて、それに前髪の隙間から見える水色の目も、なんだかこわがっているみたいに揺れていた。

 よくわからないけれど真剣なことだけは伝わってきたから、わたしは真面目に考えてみることにした。


「不思議なこと、かぁ。うーん。そういえば今日の朝、冬はどうして寒いのかなって思ったけど……」


 そういうことじゃないんだろうなと思いつつ、最近感じた不思議を言ってみる。

 するとやっぱり、あられちゃんは首を横に振った。


「そういう、ことじゃなくて……もっと、びっくりするようなこととか……信じられないこととか……」

「うーーん。何かあったかなぁ」


 あられちゃんはわたしの不思議な『たいけんだん』を聞きたいのかなぁ。

 でもよく読むファンタジーのお話のようなできごとは、わたしにはないんだよなぁ。

 おとぎ話みたいな摩訶不思議なことが目の前で起こったら、どんなに素敵だろうとは思うけれど。


「ごめんねあられちゃん。お話できるようなことはないや……」

「……ううん。だったら、いいの」


 せっかくあられちゃんの方からお話してくれたのに……。

 わたしがションボリして謝ると、あられちゃんは静かにまた首を横に振った。


「……何にもないなら、それでいいの。アリスちゃんは、アリスちゃんのままで……」


 ちょっぴり笑って言うあられちゃんの言葉の意味が、わたしにはよくわからなかった。

 不思議なことがあったら楽しそうだし、あった方がいいとわたしは思うんだけどなぁ。


「でもでも、わたしはまだ体験したことないけどね。でも、世の中には絶対に不思議なことがあるって、わたし信じてるんだ! 物語に書かれてるみたいな不思議でワクワクするようなことが! いっつもわたし、そんなことばっかり考えちゃうよー」


 わたしはさっきあられちゃんから返してもらった本の一冊をパラパラとめくった。

 わたしたちくらいの女の子が、へんてこりんな出来事に巻き込まれる冒険ファンタジーだ。


「こんな風にさ、不思議な世界に行ってみたいよね。右も左もわたしたちの知ってることとは全く違って、ヘンテコな人がいたり、喋る動物がいたり、お花が歌ったり。魔法って憧れちゃうなぁ〜。あられちゃんはそうじゃない?」


 話しているうちに色んな想像がふくらんで、ついつい一人でペラペラとしゃべっちゃう。

 夢中になっていろんなページをめくりながら聞いてみると、あられちゃんは少しだけ難しい顔をした。

 いつもの『くーる』な顔なんだけど、少しこわがっているような、でもわたしの気持ちに賛成してくれているような、なんか不思議な顔だった。


「……わたしは、アリスちゃんがいれば、どこでも。ただ……アリスちゃんが、どこかに一人で行っちゃうのは……いや、かな」

「わたしがあられちゃんをおいてどっかに行っちゃうなんて、そんなことしないよ! だってわたしたち友達だもん。ずっと一緒だよ!」


 わたしの手に触っているあられちゃんの手は、やっぱり少し震えていた。

 心配そうに見てくるあられちゃんに、わたしは笑顔で答えた。


「大丈夫だよ。わたしあられちゃんのこと大好きだもん! ずっとずっと一緒にいたいって、そう思うもん!」

「……ほん、とう?」


 手をぎゅっと握って言うと、あられちゃんは少し恥ずかしそうにしながら、でもわたしのことを控えめに見きた。


「本当だったら、うれしい……。わたしも……アリスちゃんこと、その……大好き、だから」

「よかった!」


 いつもはあんまり自分の気持ちを言ってくれないあられちゃん。

 だからびみょーに変わる表情を見て、楽しそうだな嬉しそうだなって判断してたけど。

 そうやってまっすぐに気持ちを言ってくれることが、わたしはすっごく嬉しくて、なんだか舞い上がってしまいそうだった。


「じゃあじゃあ! わたしもあられちゃんが大好きで、あられちゃんもわたしのことが大好きならさ! 大好きな人同士がすること、しよっ!」

「…………?」


 嬉しさのあまり少し興奮気味に言うと、あられちゃんは不思議そうに首を傾げた。

 寒いからか、それとも恥ずかしいからか、ちょっぴり顔が赤いのが可愛い。


「あのね、好きな人同士は『ちゅー』するんだよ!」

「え、あの、それは……」


 急にあられちゃんの顔がカーッと赤くなった。

 さっきからほんのり赤かったけど、見るからに真っ赤になった。

 口を金魚みたいにパクパクさせて、目をキョロキョロさせている。


 わたしだってちょっぴり恥ずかしい気がしないでもないけれど。

 でも色んな本で、みんな好きな人同士はチューしてるし、お母さんが見てたテレビドラマでもそうだった。

 大体男の人と女の人がしてるけど、好きな人同士なら女の子同士でしたってダメじゃないはず!


「まだ晴香と創とはしてないから、内緒だよ? 二人が『しっと』しちゃうかもしれなからね」

「あの、でも、わ、わたし…………」


 手をぐいっとひぱって体を近づけると、あられちゃんはあわあわした。

 でも嫌そうではないし、顔を真っ赤にしながらもわたしの顔をしっかり見てくるし。

 やっぱりわたしたちは大好き同士なんだって思って、わたしは見よう見まねで顔を近づけた。


 顔を目の前に近づけると、あられちゃんのきれいな顔は更にきれいに見えた。

 お肌はもちもちだし、白くてつやっつや。水色の目はキラキラして宝石みたいだし、本当にお人形さんみたい。

 まじまじと見ていると、なんだか胸の奥がキュンとして、すっごくドキドキしてくる。


 あられちゃんはちょっぴり逃げるように顔を引いたけど、でもすぐ後ろは壁だったから全く退がれない。

 それから少しきょろきょろとして、『かんねん』したように目をぎゅっと閉じた。

 その瞬間わたしはなんだか吸い寄せられるような気分になって、そのままぐんぐんと顔を近づけた。


 心臓がどくどくいっていて、なんだかいけないことをしてる気分。

 でも、これはわたしとあられちゃんが好き同士だからする、『しょうめい』みたいなものだし悪いことじゃない。

 それに、このドームの中には他に誰もいないし、だから誰にも見られない。


 自分の心臓の音があられちゃんに聞こえてないか心配になる。

 もし聞こえてたらものすごく恥ずかしいもん。

 でも、あられちゃんも恥ずかしそうだし、お互い様なのかもしれない。

 あられちゃんはもうちゃんと目をつむってるんだから、あとはわたしがちゃんとやらないと。


 王子様とお姫様がする誓いのキスとか、ラブストーリーのワンシーンとか。

 そんな知識しかないわたしだけど、でも見よう見まねで顔を近づけてちょっぴり唇を突き出す。

 二人で固く手を握り合って、顔が近いから息がかかり合って。

 どうしようもなくドキドキするけれど、もう後は勢いだった。


 だって、あられちゃんのこと大好きなんだもん。


 そして、唇と唇がつんと触れ合う。

 あられちゃんの唇はぷるんと柔らかくて、心がポッとあったかくなった。

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