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6 落とし所

 誰もケインの言い分に口を挟まない。

 それはある意味、五年前に姫君が姿を消した時から考えられた可能性だからだ。

 姫君が、『始まりの力』が手許を離れた時から、既に事態はどう転ぶかわからなくなってしまった。


 そしてそれは何より、ホーリーが一番よくわかっていた。

 彼女が、アリスをそのように育てたからだ。

 自らが背負い内包する運命に惑わされず、自身の意志と心のままに生きていくようにと。

 それ故に、アリスが今後何を選択してくのかは、ホーリーにもわからない。


 しかしそれがホーリーの望みだ。

 アリスを『まほうつかいの国』に縛りたいとは思わない。

 だが今この時に限っては、その無限大の可能性が彼女にとって不利に働いた。


「だからさ、姫様の『始まりの力』に頼る計画だけだと、何かあった時に対処できなくなっちゃうだろう? 万が一があった時、代替案がないとてんてこ舞いだ。だから僕は、『ジャバウォック計画』を白紙にしてしまうのは愚策だと思うなぁ」

「待ってケインくん。なら他の計画を考えるべきよ。『ジャバウォック計画』は、ジャバウォックは……!」


 ホーリーは慌てて声を上げたが、ケインは困った顔を向けてすぐに言葉を返した。


「そんなものがポンポンと幾つも出てきたら、とっくの昔に魔女は滅んでる。君もそう思うだろう?」

「っ………………」


 ケインの口調は朗らかだったが、しかしピシャリと言い放つような強さを持っていた。

『始まりの力』による魔女掃討の計画自体、姫君アリスの到来によって初めて生まれた明確な計画だった。

 そして『ジャバウォック計画』はまだ不完全ながらもその代替となりうる貴重なものだ。

 それを阻むというのなら更なる代替案を出さざるを得なく、そしてそれは簡単なことではない。


 言葉を詰まらせるホーリーを、デュークスは静かな笑みを浮かべて見遣る。

 そしてその隣で三人を観察していたスクルドが、「確かに」と口を開いた。


「デュークスさんの計画を完全に白紙にすることは、今後のことを考えると危険かもしれません。しかし、ホーリーさんが感じている危惧を無視するのも、私は得策と思えません。ですので、間を取るのはどうでしょう」

「間だと?」


 あからさまに不機嫌な声を上げるデュークスに、しかしスクルドは全く怯まずに頷いた。


「デュークスさんには、今後も計画の為の研究を進めてもらい、いざという時のための準備をして頂きましょう。しかし、それを実行するのは私たち四人全員の承認が降りた時のみとするのです。それまでは計画自体の進行は一切しない。そういう取り決めはどうでしょう」

「小僧、貴様っ…………!」

「まぁ待てってデュークス」


 椅子を押し倒す勢いで立ち上がり、スクルドに向けて声を荒げたデュークスをケインがやんわりと制した。

 顔を赤らめているデュークスを、ケインは変わらぬ笑みを浮かべたまま見上げる。


「ここらが落とし所だぜ? 僕らは飽くまで支え合っているんだ。個人の主義主張はあれどね。時には他人の意見に譲る必要もある。ここで君が独断を貫くのなら、孤立しちゃうぜ? 今までの行いってやつもあるしさ」

「………………」


 デュークスはケインを一度睨み、そして改めてスクルドを恨みがましく見下ろした。

 それからじっくりとホーリーを窺い、やがて渋々と無言のままに腰を下ろした。


 そんな彼を見届けてひっそりと息を吐いたスクルドは、まっすぐとホーリーへと向き直る。


「どうでしょう、ホーリーさん」

「……それで良いと、言うしかないわね。計画が進行しないのなら、ひとまずは良しとします」

「それはよかった」


 ホーリーもまた渋々頷くしかなかった。

 それを受けたスクルドは落ち着いた薄い笑みを浮かべる。


 ホーリーとしても、これは望んでいた結果とは程遠い。

 しかし望みが全て通るとも思ってはいなかった。

 確かに落とし所としてはまずまずのところだった。


「では皆さん、そのように。大局は皆さんに()()()()。私は、より一層国内の防備に力を入れましょう」


 スクルドは手短にまとめてから、少しなおざりにそう言った。

 それは、飽くまで姫君の処遇について自分は関与するつもりがない、という内心からくるものだった。

 魔女狩りの君主(ロード)として今後の方針は話し合うが、彼は姫君の今後に関わるつもりはなかった。


 しかし実際、国内の防備はより一層必要となってくる。

 ケインが言った通り、これから魔女と苛烈な戦いが起きる可能性は高い。

 スクルドは自身の役割に集中することで、自らの誓いを守る道を選んでいた。


 そんな彼を、ホーリーはそっと観察していた。

 スクルドは決して自身の思考を外に見せてはいなかったが、彼女にはスクルドが意図的に姫君に関わらないようにしていると感じられた。

 その表情の奥底に彼の憂いと葛藤があることを僅かに見透かし、ホーリーは内心で胸を撫で下ろした。

 魔法使いも、まだ捨てたものではないもかもしれないと。


 それに意味があるのかは別の問題だとしても。


「じゃあ私は帰るわねん」


 スクルドがまとめたことで、場はお開きのムードになりつつあった。

 それを感じ取ったホーリーはさっと切り替えて軽やかな口調で立ち上がる。


「ねぇデュークスくん」


 そして、静かに視線を隣の男へと向ける。

 その表情は柔和だが、しかしやはり視線は冷ややかだ。


「私も大人だから決まったことにうだうだ言ったりはしないけれど。でもだからこそ言わせてもらうわ。好き勝手はさせないからね?」

「どの口が言うか、ホーリー・ライト・フラワーガーデン。貴様の奔放も程々にしておけ」

「はいはーい」


 振り下ろされる視線にデュークスは全く怯むことなく、冷徹な視線で返す。

 しかし、ホーリーはそれ呑気な返事で受け流し、手をヒラヒラと振って背を向けた。

 彼女にとって、デュークスと面と向かっていがみ合うことに意味などないからだ。


 吐き捨てるような視線を背中に受けながら、ホーリーはドアノブに手をかけた。

 大成功ではなかったが、最低限の対策は打てた。

 ホーリーは既に、これから自分がすべき多くのことに思考を巡らせ、次の一手を打つべく勢い良く戸を開いた。


 全ては愛おしき者の為に、今自分にできることを。




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