4 ロードたち
「何が言いたいホーリー」
「あら、わからなかった? なら、もう一度わかりやすく言ってあげましょうか」
眉間に深い縦皺を刻み、デュークスはホーリーを恨みがましく睨み付ける。
しかしそれを受けてもホーリーの表情は揺るがない。
飽くまで穏やかに嫋やかで、しかしその奥には明確かつ強い意志が芯を通している。
ホーリーは薄く微笑んでから、苛立ちを隠そうともしないデュークスをまじまじと見つめた。
「あなたが目論んでいる『ジャバウォック計画』。それが世界に及ぼす影響の話をしているのよ。ロード・デュークス、あなたは触れてはいけない禁忌に手を伸ばしているわ」
声色すらも柔らかく、まるで優しく語りかけているよう。
しかしその言葉に含まれているものは明確な非難。
ホーリーのその矛盾した詰問に、この場の誰しもが押し黙った。
「ジャバウォックは混沌より出る魔物。破滅と崩壊の権化。その存在に理屈はなく、倫理も理もない。一切の法則を逸脱した狂気そのものよ。矮小な人の身で徒に手を出していいものではないわ」
「下らんな」
机の上で拳を握り、噛み締めるように言うホーリーを、しかしデュークスは一蹴した。
苛立ちを未だ抱えたまま、しかし飽くまで冷静に表情を整え、冷ややかな視線を作ってそれをホーリーへと向ける。
「貴様が言っているそれは、所詮は伝承の解釈の一つにすぎん。その上その伝承そのものが、この国に不要と葬り去られたものだ。そんな馬鹿馬鹿しいものに惑わされている場合ではない」
「そう。なら言わせてもらうけれど。あなたもその伝承を参考にしたからこそ、ジャバウォックを用いようと思ったのでしょう? ならば馬鹿馬鹿しくなどないわ。あなたは、私の言っている意味がわかっているはずよ」
デュークスは鼻を鳴らして視線を逸らし、下らないと振り払うように無言を返す。
そんな彼を、ホーリーは柔らかく睨み続ける。
「おいおい喧嘩はよそうぜ。せっかく久し振りにみんなで顔を合わせたんだからさぁ。もっと仲良くしよってぇ〜」
そんな二人の静かな攻防に、ケインが呑気な声を挟んだ。
普段と変わらないヘラヘラとした笑みを浮かべる彼は、デュークスを横目に見ながらもホーリーに向いた。
「なるほど、君が言いたいことはわかったよ。確かに、あの伝承通りの化け物が形を得れば、世界にガタがくる可能性がある。それを君は危惧して、世界中を飛び回っていたわけだね」
「……ええ、そういうこと。ジャバウォックの場合、顕現を許した時点で終わりが始まってしまうもの。対策を打つのに早いことはないわ」
「さすが、君はできる女だねぇ」
溜息をつきながらホーリーは仕方なく会話を続けた。
ケインが出した助け舟があまりにもあからさまだったからだ。
しかしここでそれを振り切っても話が進まない。
だからといってケインのペースに飲まれるつもりもなかった。
彼の軽口に微笑みで返すと、ホーリーはすぐにデュークスに向き直った。
「デュークスくん。あなたの思想や研究そのものを否定するつもりはないけれど、ジャバウォックはいけないわ。もしそれで魔女の掃討が叶ったとしても、私たちが得る代償はあまりにも大きくなってしまう。誰一人として得なんてしないわ」
「ならばどうするというのだ。本当に姫君の『始まりの力』に頼るとでもいうのか。あれこそ悪しき力だろう。『始まりの魔女』ドルミーレの力! そんなもの、我々が一番に忌むべきものだ」
デュークスは歯を剥いて吐き捨てるように言う。
ホーリーは胸の中に渦巻く黒い感情を必死で押さえ込みながら、その歪んだ表情を正面から見た。
「そもそも私は、この強引な掃討計画自体に反対よ。一方的な虐殺は何も生まないわ。どんな手段であったとしても」
「ホーリー! 貴様それでも魔女狩りか! 高潔なる魔法使いの身でありながら、その頂点に立つ君主でありながら、魔女の肩を持つというのか」
ホーリーの言葉を受け、デュークスはまるで水を得た魚のように矢継ぎ早に捲し立てた。
魔法使いとして、魔女狩りとしての責任感とプライドを重じている彼にとって、魔女を擁護するともとれる発言は見逃せるものではなかった。
「やはり貴様なのではないか、ホーリー。姫君を拐かしたのは。魔法使いを危ぶむ為、我々から姫君を奪ったのではないか? そう考えれば、貴様の失踪もやや合点がいくように思える。私の計画に茶々を入れることを隠蓑に、貴様は魔法使い全体を欺こうとしているのだろう……!」
「確かに、君が行方を晦ませたのは姫様失踪と同時期だ。それに、姫様ほどの存在に封印を施すのは生半可な魔法使いじゃあできないだろう。実は僕も、もしかしたら君かなぁなんて思ってたりもするんだよね」
高らかなデュークスの発言に、ケインがさらりと乗っかった。
鬼の首をとったようなデュークスと、飽くまでちょっと言ってみた、といった気軽な表情のケイン。
二人の視線を真っ向に受け、しかしホーリーは余裕たっぷりに溜息をついた。
「はいはい、わかったわよ。確かにあなたたちの言い分はまともなように聞こえる。けれど、お忘れじゃなぁい? 五年もの間行方知れずだった彼女を発見し、報告したのは誰かということを」
二人の男に対して向けられた視線は、既に柔らかさを失っていた。
鋭く突き刺すような、心を抉るような瞳。
普段温和な彼女からは想像もできない冷たい視線だった。
「もし私が拐かした犯人だとしたら、魔法使いに叛旗を翻す逆賊だとしたら、それだけは絶対にしないはず。私は彼女がこの国に必要だと思っているからこそ、その身柄の情報を王族特務へと報告したのよ」
そう。あちら側の世界において、姫君アリスの存在を確認したと報告したのは、他ならぬ彼女だった。
だからこそ、魔法使いは正確にアリスの居場所を認識し、迎えを送ることができた。
それは紛れもない事実であり、デュークスは舌打ちをした。
しかしそれでも納得がいかないとばかりに口を開こうとしたが、それをスクルドが遮った。
「やめましょうデュークスさん。あなたの言い分も的を射ていないとは言いませんが、今は彼女の方が正論です。ホーリーさんが犯人だとすれば、あまりにも穴がありすぎる。失踪のタイミングが同時期なのも、その身が君主の実力を持つこともね。あからさま過ぎて逆に不自然です」
「し、しかしだな……!」
「まぁまぁデュークス。僕が言うのもなんだけど、スクルドくんの言う通りだと思うぜ? 確かにちょっとわかりやすすぎる。これくらいじゃあ仲間を疑えないね」
デュークスは納得いかないとばかりに眉を寄せたが、さらりと身を翻したケインにまぁまぁといなされて、それ以上口を開かなかった。
しかし不機嫌そうに鼻を鳴らし、乱雑に椅子の背もたれに背中を預ける。
そしてスクルドとホーリーを交互に睨みつけて、隠すつもりのない舌打ちをした。
そんなデュークスを困ったように見てから、スクルドはホーリーに小さく微笑みを向けた。
ホーリーは思わず表情を緩めて、溜息交じりに口を開いた。
「頼りになってきたわね、最年少くん」
「個性的なお歴々に揉まれてますので」
薄い苦笑いを浮かべて、しかし一切の遠慮なく言葉を放つスクルド。
それにケインはすっとぼけた顔をし、デュークスはキッと不機嫌を顔に出した。
そんな光景を見て、ホーリーは思わず声を小さく漏らして笑った。




