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11 聞かなければならないこと

 私の知っている金盛 善子という人は、誰よりも優しくて気遣いができる、頼もしい先輩だった。

 私が知り合ったのは、中学に入学して半年くらい経った頃のこと。


 そのくらいの頃から、今まで続く正くんの私への絡みが始まっていた。

 今となってはある程度慣れたから、面倒臭いとは思いつつそこまで気にしなくなったけれど、最初の頃は大分うんざりしていた。

 そんな私に声を掛けてくれた所から、私たちはよくお話するようになった。


 善子さんはいつも全面的に私を慰めてくれて、時には一緒に正くんの愚痴を言い合ったり。常に私の気持ちを汲んでくれる人。

 だからついついその優しさと包容力に甘えてしまったりして。

 そんな善子さんが、私は好きだった。


 誰にだって善子さんはそうだった。

 正くん絡みじゃなかったとしても、善子さんは色んな人に手を差し伸べていて、みんなから慕われていた。


 正義の味方、というのは少し過剰な表現だとしても。みんなにとって善子さんは癒しの存在であり、時には救いでもあった。

 善子さんが楽しくにこやかに話しかけてくれることそのものが、気持ちを楽にさせてくれる。


 私だって善子さんに声を掛けてもらっていなかったら、正くんへの不満はとっくの昔に爆発していたと思う。


 だから幼い頃の正くんが善子さんに憧れを抱いて、一種の神聖化をしていたことはわからなくはない。

 小さい頃から身近にあんな人がいたら、きっと誰だって憧れる。あんな風になれたら、なんて。


 でもそれが転じて、憎しみや嫌悪に変わってしまうというのは、とても悲しいことだと思う。

 だって変わったのは善子さんじゃない。変わったのは、善子さんを見る正くんの目なんだから。

 それを今、私が言ったところでもう仕方ないのかもしれないけど。


「すっかり話が脱線したね、ごめんごめん。正のことなんて、今はどうでもよかった」


 あははと、苦笑いする善子さん。

 無駄だとは思わなかった。確かにその話を聞いて、少し正くんの見方は変わった気がする。

 だからといって、普段の正くんのダル絡みに好感が持てるかというと、別の話だけど。


「そろそろちゃんと話さなきゃ。私が魔女になった話を。っていうか、どうして私がレイを目の敵にしてるのかって話をね」

「別に無理にしなくてもいいですよ? レイくんに気をつけろって話はよくわかりましたし」

「いや、アリスちゃんにはある程度話しておきたいって、私のわがまま。お友達だしさ!」


 さっきの話を聞く限り、あんま穏やかではなさそうだった。

 それでもこうやって毎日朗らかに過ごしているのは、偏に元来のその明るさ故だろうから。


「まぁさっきも言ったけど、全部を話すと私のあの夏の一大事を、大ボリュームで語り聞かせることになっちゃうからさ。まぁ掻い摘んで」


 校庭から聞こえてくる歓声はもう完全に外のもので、二人だけしかいないこの空き教室は、とても静かなものだった。


「レイには、親友を殺された」


 不意に放たれた言葉に、私は完全にフリーズしてしまった。

 全く想像していなかった。そういう話になるとは、思ってすらいなかったから。


「私が魔女になってしまったのは、そもそもレイにホイホイついて行ってしまったから。そこで私は魔女たちが起こした騒動に巻き込まれて、いつしか私も『魔女ウィルス』に感染してた」

「でも、レイくんが人殺しって……」

「するんだよ、平然とね。何にも関係なかったあの子を、レイは殺した。ずっと私のことを守ってくれたあの子を。レイに付いて行って魔女に関わってしまった私を、必死で引き離そうとしてくれていたのに」

「その人も魔女、だったんですか?」


 善子さんは頷いた。


「中学に入ってから仲良くなった子だった。気がつけば間に仲良くなってて、数ヶ月の付き合いしかなかったけど、でも親友って呼べるほどの友達。その時までは、魔女ってことは流石に知らなかったけどね」


 その人をレイくんが殺した。

 今日私が会ったレイくんが、人殺しをしたなんて信じられなかったけれど。

 でも善子さんがそう言うのなら、きっと……。


「レイに関わってしまったから魔女になってしまったとか、そんなことはどうでもいいの。私は、あの子を殺したアイツが許せない」


 いつも明るく朗らかな善子さんの目には、静かに揺らめくものがあった。

 善子さんのこんな顔を見る日が来るなんて。

 でも、誰にだって暗い一面はある。それは何もおかしい事じゃないんだ。


「善子さんは、その人の仇を討ちたいんですか?」

「うーん。復讐したいとかいう気持ちはない。でも問い正したい。どうしてあの子を殺したのか。それをアイツは一言も言わなかったから」

「なんだ。よかったぁ」


 私がホッと胸を撫で下ろすと、善子さんはキョトンした顔を向けた。


「善子さんがもし仇を討ちたい、復讐したいって言ったらどうしようって思ってました。私、そんな善子さん見たくないから」

「ごめんごめん、心配させちゃったね。大丈夫。そういう暗い気持ちはないんだ。でも一回清算しなきゃいけないって、そう思ってるのは本当」


 少し曇り気味だった顔に、明るさが戻ってきた。

 私の頭を優しく撫でながら、善子さんは少し微笑んだ。


「なんかちゃんと話さなくてごめんね。自分から話すって言ったのに」

「大丈夫です。それより善子さんの意外な一面が見られて、ちょっと嬉しかったり」

「ちょっと、人が真剣に話してるってのにー!」


 そうやって私の頬を優しくつねる。

 それは紛れもなく、いつも通りの優しい善子さんだった。


「だからまぁ、レイには十分気をつけて。無害な顔して、何をしてくるかわかったもんじゃない。私はアリスちゃんが傷つくところなんて見たくないよ」


 多分レイくんはまた会いに来る。その時、私に何ができるのかな。

 それはきっと、私の今後にも大きく関わってくるんだと思う。

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