6 家出
放課後。
今日は自分の家に帰るという氷室さんと別れて、創と二人で帰ることになった。
私としてはずっとうちに居てくれればいいのになんて思っちゃったりするけれど、まぁ現実問題そういうわけにもいかないのはわかってる。
でもお母さんが出張していたから実質的な一人暮らしをしていた私とは違って、氷室さんはこの世界で本当に一人だから。
ちょっぴり心配になってしまうけれど、でもあまり私からがっつくのもよくないだろう。
いつも通りではないけれど、でもいつも通りに創と帰ろうとした時だった。
校門をくぐった先に見知った姿を見つけて、私は思わず足を止めてしまった。
だって普通に考えたら、学校の前にいることが不自然極まりないから。
校門に寄りかかるようにして立っていたのは、真宵田 夜子さんだった。
ふた回りくらい大きなサイズの服を着たダボダボな服装は相変わらず。
手入れにあまり関心がないようなふわふわした茶髪は、冬の冷たい風に乗ってはらはらと乱雑に舞っている。
呑気な顔で下校中の生徒たちの波を眺めていた夜子さんは、校門をくぐった私の姿を見てニヤッと笑った。
「これはこれはアリスちゃんじゃないか。こんな所で会うなんて奇遇だねぇ。どうしたんだい?」
「どうしたもこうしたも……」
無害そうな呑気な言葉に思わず溜息がこぼれる。
隣にいる創は、明らかに変なお姉さんの登場に戸惑っていた。
私の知り合いなのと適当に誤魔化して、私は夜子さんに一歩寄った。
「ここ私の学校ですから。奇遇も何も、毎日ちゃんと通ってますからね。夜子さんこそどうしたんですか?」
「そういえばそうだったね。私はまぁ、散歩ってとこかな。気ままにぷらぷらしていたのさ」
ぐっと伸びをして気の抜けた声で話す夜子さん。
今さっきまで寝ていて、寝起きの運動みたいな感じに見える。
夜子さんが普段何をしているのかさっぱりだけれど、少なくともこの現代社会とはかけ離れた生活をしているだろうことは明らかだった。
「あ、そうだそうだ。せっかく会ったんだからついでに聞いておこうかな」
自由人的振る舞いに私が苦笑いを浮かべていると、夜子さんはポツリと言った。
頭の後ろで手を組んで、なんでもなさそうに。
「千鳥ちゃん、見なかった?」
「……? いえ、見てませんけど……どうしたんですか?」
「いやぁそれがね、昨日の夜くらい?から見かけないんだよね。家出かなぁ」
「い、家出!?」
へらへらと笑みを浮かべながらさらっと言う夜子さん。
対する私は思いっきりリアクションを取ってしまって、それを見て夜子さんは楽しそに微笑んだ。
居候の千鳥ちゃんがいなくなることを家出と表現するのが適切かどうかはさておき、少なくともそんな軽い調子で話すことじゃないと思うんだけどなぁ。
「千鳥ちゃん、何かあったんですか? 急にいなくなっちゃうなんて」
「いや? 私が知る限りは何もないと思うよ。大方迷子にでもなったんじゃないかな」
「そんな、子供じゃあるまいし……」
夜子さんは全く気にしている節を見せない。
放し飼いの猫が今回は帰ってくるのが遅いね、と話すくらいの気軽さだ。
「じゃあ夜子さん、散歩と言いつつ千鳥ちゃんを探してたんですか?」
「まさか、わざわざそんなことしないよ。ただまぁ、千鳥ちゃんがいないとお使いを頼む子がいなくて不便ではある」
「またそんなこと言って……」
普段は厳しい扱いをしているけれど意外と気に掛けているんだな、と思って尋ねてみれば、ある意味で予想通りの答えが返ってきた。
肩をすくめる夜子さんからは、千鳥ちゃんを心配する素振りを全く感じない。
一応普段一緒に過ごしているんだから、もう少し気にしてあげてもいいのに。ちょっぴり千鳥ちゃんが可哀想に思えた。
そう考えると、千鳥ちゃんが家出をしたのも強ち間違いじゃないんじゃないかなぁ。
「あの子は見た目も中身もお子ちゃまだけれど、だからといって終始目を向けていなきゃいけないほどお馬鹿じゃないよ。自分のことは自分でできるさ。そのうち帰ってくるよ」
「そんなこと言わずに、もう少し気に掛けてあげたらどうですか?」
「私は甘やかさない主義だからねぇ。そう言うならアリスちゃん、君が探してあげなよ。何かのついででいいからさ」
「私ですか? まぁそれはいいですけど」
夜子さんの雰囲気から実際問題大事ではなさそうだから、大捜索の必要はなさそうだし。
帰り道とかで気に掛けるくらいはもちろん私だってする。
私が頷くと、夜子さんはもうその件は任せたと言わんばかりにニタっと笑った。
友達として心配だから頷いたけれど、安請け合いをしない方が良かったかもしれない。
「まぁよろしく頼むよ。あの子はツンケンしているけれど寂しがり屋だからね。もしかしたら今頃一人で泣いているかもしれない」
「泣いているかはともかく、まぁそうですね。でもそう思うなら探してあげたらどうですか?」
「生憎私は忙しいからね。使えない居候の捜索に割く時間はないのさ」
「暇だから散歩しているようにしか見えませんけどね」
私がツッコむと、夜子さんは誤魔化すようにそっぽを向いて校門から背中を離した。
千鳥ちゃんのことを心配していない、ただの散歩だと言いながら、私にこれを伝えるためにここにいたのかもしれない。
なんというか、素直じゃない人だ。
「それじゃあ私はいくよ。千鳥ちゃんに会ったら伝えておいてよ。夕飯までには帰っておいでって。あぁもちろん、夕飯を買ってね」
力なく適当にヒラヒラと手を振りながら歩き去っていく夜子さんの背中を見ながら、私は苦笑いを浮かべるしかなかった。
夜子さん。本当に読めない人だ。結局千鳥ちゃんのことを心配してるのかしてないのか。
どうでもいいとまでは思っていないだろうけれど、やっぱり扱いはぞんざいだ。
夜子さんに嫌気がさして家出、ということじゃないければいいけれど。
ちょっぴり千鳥ちゃんへの心配が増した。




