1 思い出
昔の夢を見た。
子供の頃の夢。とは言っても、今だって一応世間的にはまだまだ子供だけれど。
小学五年生、十一歳の頃の思い出だった。
私と晴香と創は幼馴染で家もとても近くて、だからいつも一緒だった。
登下校はもちろんのこと、小学生の頃は放課後もよく一緒に遊んでいた。
私は比較的室内で本を読んでいることが好きなタイプだったけれど、奔放な創によく外へ連れ出された。
晴香は大抵どっちにも、ニコニコ楽しそうに付き合ってくれていることが多かった。
思えば晴香が何かを強く主張して私たちを先導するなんてことは、ほとんどなかった気がする。
夢の光景は、夏から秋に移り変わった過ごしやすい頃のこと。
赤や黄色に染まった葉っぱが道を埋め尽くして、踏むとパリパリと心地よい音を立てるような、そんな季節。
私たちは、創に連れ出されて街外れまで足を伸ばしていた。
今となっては大したことではないけれど、小学生の頃はちょっとした遠出気分で、少し怖くもウキウキしていた気がする。
街外れにはちょっとした林があって、そこは栗の木が沢山生えていた。
林の地面に落ち葉と一緒に沢山の毬栗が落ちているのを見つけた私たちは、ウキウキとそれを拾ったんだ。
今思えばそれは絶対誰かの所有地で、勝手に栗拾いなんてしちゃいけないんだけれど。
薄暗い林の中に入っていくのはちょっぴり怖くて、だから入口付近に落ちている毬栗だけを、悪戯心も含ませて拾った。
それくらいなら良いだろうっていう短絡的な考えと、好奇心に負けてしまう子供らしさかな。
まぁいけないことはいけないんだけれど。
毬栗を素手では取れないから、両足の爪先でぐりっと押し開く。
そうすれば毬栗はぱっくり割れて、中から栗が顔を出す。
それを教えてくれたのは創で、私と晴香は見様見真似で毬栗を剥いていた。
そこは特別栗農家というわけでもなさそうで、貧相な栗が多かった。
それでも創が拾った栗が普通の倍ぐらいの大きさで、三人で大はしゃぎしたのをよく覚えてる。
それを割ってみたら、虫食いだらけでスカスカになっていてがっかりしたことも。
なんてことない昔の風景の夢だ。
何か特筆することがあるわけじゃない、ただの小学生の日常。
ただ二人と無邪気に遊んでいたことが楽しかったというだけの記憶。
過去の記録映像を見るように夢を眺めて、それと同時に心に思い起こされる思い出に感じ入る。
懐かしさと微笑ましさ、そしてこの何気ない日常の幸福を。
この頃は、もう三人でいられなくなるなんて、そんなことを夢にも思わなかった。
一生三人で一緒に遊んでいられるって、そんな夢のようなことを信じて疑わなかった。
こんな夢を見てしまうと嫌でも考えてしまう。
晴香は、もういないんだなって。
もうこうやって三人で笑うことはできないんだなって。
そしてこの思い出は創の中からはもう消えてしまって、思い起こせるのは私だけなんだって。
創はこの頃のことをどう覚えているのかな。
全く覚えていないのか、それとも晴香の存在だけがくり抜かれているのか。
晴香が最初からいなかったことになってしまった後、周りの人の中ではどういう風に帳尻が合っているのか。
それを確かめることが私にはできなかった。
私が知っている真実との齟齬に、耐えられる自信がなくて。
のんびりと流れる夢の映像を眺めながらそんなことを考えていた時、ふと気がついた。
記憶が改竄されているのは私も同じだ。
晴香のことではなく、もっと根本的なこと。
私が『まほうつかいの国』に行っている期間の記憶。
私には『まほうつかいの国』に行っていた頃の記憶がない。
けれど、私がその期間にこの世界で日常を過ごしていた記憶はある。
七年前の冬に向こうへ行き、五年前の夏に帰ってくるまでの間の約一年半の間。
私には、平凡な一介の女の子としての記憶がある。
私はずっと、『お姫様』として封印されている『まほうつかいの国』にいた頃の記憶を取り戻さなきゃって思ってきたけれど。
じゃあ私が今持っている記憶は全部嘘で、本来は存在しない記憶ってことになってしまうのかな?
今見ているこの十一歳の頃の記憶もまた、本当はなかった、作られた記憶……?
今更、私がお姫様だということを否定はしないけれど。
でもそれを真実だと受け入れるということは、今の私が持っている記憶は嘘だったことになってしまう。
友達や家族と過ごした、大切にしてきた記憶はただの作り物だったのかな。
ほんの一部。私の十七年間の人生の一部分に過ぎないと言えばそれまでだけれど、でもそれも私の大切な一幕だから。
もしこの記憶が偽物だったとしたら、それはとっても悲しい。
私は、自分が知らない記憶を取り戻したいと思う。
でもそれと同時に、私が信じてきた記憶が偽物になってしまうことが怖いと思った。
それこそが正しい姿だったとしても、私の世界観や価値観がガラリと変わってしまう気がして。
でも、それでもいつかは向かい合わなきゃいけないこと。
ずっと目を背けてはいられないことだ。
それに、何もかもがなくなってしまわけじゃない。
私の居場所も友達も、それそのものは何も変わりはしないんだから。
私が記憶を失って、私に忘れられてしまった人たちはこんな気持ちだったのかもしれない。
あったものが無かったことになってしまう虚しさを、私はみんなに与えてしまったいたんだ。
そう考えると、やっぱり私だけ逃げているわけにもいかないな。
それがどんなに怖くても、私は自分の記憶に目を背けちゃいけないんだ。
それに、もし記憶が偽物で思い出が間違っていても、友達との繋がりが消えるわけじゃない。
レオとアリアと関わることでわかった。記憶がなくても、心は覚えていて繋がっているんだって。
だからもしあの頃の思い出が偽物でも、晴香や創と培ってきた繋がりに変わりはない。
私たちが想い合って大切にしてきた気持ちは変わらない。
だからきっと、何があっても大丈夫だ。
ふんわり漂う夢の中、幼い日の思い出を眺めながら私は自分にそう言い聞かせた。
もし私が真実に迷っても、友達との繋がりが私に道を示してくれるって。




