5 屋上にて
「私は、反対」
昼休み。
いつもは晴香と創と食べているお昼を、用事があるからと断って、私は氷室さんに声を掛けた。
レイくんに会いに行く前に栞のことを相談すると、氷室さんは冷静にそれを否定した。
まぁ、そう言われると思ってたし、私もそう思う。
「氷室さんは、レイくんのこと何か知ってるの?」
「……彼女本人のことは知らないけれど、ワルプルギスの一員というのなら目的は、想像がつく」
「その、ワルプルギスって何?」
自然にレイくんのことを彼女と言ったので、やっぱり女の子だったのかな、なんてちょっと呑気なことを思いながら、私は聞いた。
「ワルプルギスは、向こうの世界の魔女のレジスタンス集団の名前。彼女たちがあなたにコンタクトを取るということは、あなたの力を利用しようとしている可能性がある」
「私の力っていっても、私何もできないよ?」
「魔法使いと、同じ。あなたという存在こそが、需要」
つまりお姫様の力ってことかな。そもそも、それもサッパリわからないんだけど。
でもそうなってくると、私は同じ立場であるはずの魔女からも身柄を狙われるってことになるのかな。
「……ワルプルギスは魔女のほんの一部で、そのほとんどは向こうの世界の魔女。まだ、そこまで派手な動きはしてこないとは思うけれど、警戒は必要。何をしてくるかはわからないから」
「うん。でも同じ魔女なら、話くらいは聞いてあげたほうがいいんじゃないかな」
「……あなたがそう思うのなら、止めはしないけれど……自分の身の安全を、第一に」
「うん。わかった」
不思議と怖さはなかった。
確かに不可解だったりすることはあるけれど、悪い人ではなさそうな気がするし。
少し不安げな氷室さんと別れて、私は一人で屋上に向かった。
警戒という意味では、氷室さんと一緒に行った方が良かったかもしれないけれど。
でも、話をするためにはきっと二人きりの方がいいと思う。
普段は締め切られていて、立ち入り禁止の屋上への扉の鍵が開いていた。
漫画やアニメと当たり前のように解放されている屋上だけれど、普通は安全上の問題とか、その他諸々の理由で立ち入り禁止のことが多いと思う。
だから私は、学校の屋上というものに足を踏み入れるのは初めてだった。
外へと出てみると、フェンス越しに校庭を見下ろしているレイくんがいた。
ニット帽から伸びる髪がそよ風に揺れていて、その横顔だけでとても絵になる。
思わず見惚れそうになっていると、レイくんは私に気付いてニッコリと微笑んだ。
「よかった。来てくれたんだね」
「また会う時も、なんて言った割に、アプローチが早いんじゃない?」
「あの時はそう思ったんだけどね。もう少しお話してみたくなったんだよ。あそこだと、ゆっくり時間はとれなかっただろう?」
そう言うとレイくんはフェンスを背にして腰掛けて、隣をポンポンと叩いて私を促した。
正直、まだレイくんを信用しきったわけじゃないから、肩を並べて座るのには少し抵抗があった。
けれど、そう爽やかで無邪気に誘われると断り辛くて、仕方なくそれに従った。
「あなたは魔女、なんだよね?」
「そう、僕は魔女だよ」
「私に用って何? 私なんかと話してどうするの?」
「おやおや、君は自分自身の価値に気づいていないらしい。君は、他の誰でも代えのきかない掛け替えのない存在だよ」
レイくんはさらっと自然にそう言う。
これがもし口説き文句だとしたら、物凄く臭いけれど。
でもきっとこんな美形に言われたら、何だって素敵に聞こえてしまうかもしれない。
けれど今はそう言う話じゃない。レイくんが言っているのは、私のお姫様としての力の話だ。
「単刀直入に言うと、僕と一緒に来て欲しいんだよ」
「来て欲しいって、どこに?」
「僕らワルプルギスのところへ。具体的に言えば、あちらの世界に」
「それは……」
それは結局、魔法使いと同じだ。
あちらの世界に連れていかれてしまえば、もう私の自由なんてない。
私の日常も友達も、なにもかもなくなってしまう。
「それはできないよ。私はどこにも行きたくない。私はここで、いつも通りの生活をしたいんだから」
「それが、全ての魔女を救うことだとしてもかい?」
「それは、どういう……」
「僕らワルプルギスは、全ての魔女の安寧のために戦っている。魔法使いを打倒し、魔女の安全を手に入れるためには、君の力が必要なんだ。君にはそれができる」
それはつまり魔法使いに攻撃を仕掛けるってこと?
それって、結局魔法使いとやってること変わらない。
魔法使いも魔女を殲滅するために私が必要らしいし、お互いに相手を亡き者にしようとしているなんて。
そしてそのどちらにしても、私はただ利用されるだけ……。
「ごめん。私はあなたたちには賛同できないよ。確かに魔女狩りがいなくなれば、魔女は安全かもしれない。でもそのために相手を殺してしまおうなんて、それじゃやってること同じだよ」
「なるほどね。まぁそう言うと思っていたよ」
レイくんは特に気にする様子もなく、爽やかに笑った。
まるで、私の返答はわかりきっていたとでも言うかのように。
「怒らないの?」
「怒らないさ。怒る理由がない。別に今すぐ君を連れ去ろうなんて、そんな野蛮なことはしないよ。今日はただ、アリスちゃんとお話がしたかっただけだからね」
レイくんはそう言って、私の頭をそっと撫でた。
私は思わず肩に力が入ってしまって、そんな私を見てレイくんはまた微笑んだ。
この人は本当に、何を考えているのかわからない。