69 自分のため
声色高く、可笑しそうに笑うドルミーレ。
けれどそれは朗らかな笑いではなく、どことなく高圧的なものを感じさせた。
バカにはしていないようだけれど、でも私のことを下に見ているからこそ出てくる、上にいる者の笑いだった。
ひとしきり好きに嗤ったドルミーレは、ゆっくりと息を整えながら私のことをまじまじと見つめた。
「────良いわ。そこまで言うのなら好きすれば良いじゃない」
「じゃあ────」
「ただし、そこまで言うのだから、その先の責任は自分で取りなさい。元はと言えばこれはあなたが蒔いた種。私はただその時が来るまで穏やかな眠りについていようと思っていたのに、あなたが自分から渦中に飛び込んでいったのよ。その責任は、きっちり取ってもらわないとね」
それは私がかつて『まほうつかいの国』に行ったことを指しているのかな。
私があの国に行ったからこそ、魔法使いは私の存在に気付いて、こうやって私をめぐる騒動になっているのだと。
でもそもそもの話をするのなら、ドルミーレが勝手に私の中にいることがいけないんだ。
そのせいでワルプルギスの魔女が私を迎えに来てしまったんだから。
その責任を私に押し付けるのはどうかと思う。けれど、今はそんな議論をしている場合じゃない。
「あなたには私を抱く者として、生き残る責任がある。それがあなたの運命だと、そう受け入れなさい。それを肝に銘じるのなら、今回はでしゃばるのをやめるわ」
「私は自分のために生き残るよ。あなたのことなんて知らない。私は、友達と楽しい毎日を送るために、これからもずっとずっと生きていくんだ」
この力を持つことに、ドルミーレを内に抱くことに責任が伴ってしまうことは仕方がない。
けれど、私は別にドルミーレのために生きているわけじゃない。彼女の好きなようにしてあげる義務なんて私にはないんだから。
私がぐっと拳を握って力強く言うと、ドルミーレはゆったりと口元を歪めた。
また高笑いでもしそうなほどにニンマリと笑みを浮かべる。
「小娘風情が言うものね。あなたは本当に、変わらない」
呟くようにドルミーレがそう言った瞬間、ドッとどす黒い何かがその身体から吹き出した。
威圧的で重圧的、押し潰すような圧倒的な力の奔流。
ただ優雅に座っているだけなのに、目の前に立つ私をその存在感だけで吹き飛ばしてしまいそうな、そんな威力がそこにはあった。
『────────』
けれど即座に私の前に乗り出した晴香の光が、その黒い威圧から私を守ってくれた。
淡く温かく輝くその光が壁となって、私を飲み込もうとする力を遮っていた。
その光景をドルミーレはつまらなそうに鼻で笑って、そしてすっと威圧を引っ込めた。
「いつもあなたはそうやって、誰かに守られている。まぁ別にそんなもの、羨ましいとは思わないけれどね」
何かを思い出すように彼方へ視線を向けるドルミーレ。
その呟きはどこか寂しげに聞こえたけれど、でももしかしたら何の意味もないのかもしれない。
「良いわ、好きになさい。時間なら、私にはたっぷりあるもの。あなたが死にさえしなければどうだっていいわ。あなたの大事なお友達のことも、正直どうだっていい。どうせあの子たちに私のことをどうこうできる力なんてないんだもの」
大きな溜息をついて、ドルミーレは力なく吐き捨てるように言った。
自分に殺意を向けられたと憤っていた彼女だけれど、今は心底どうでも良さそうだ。
殺されること自体は嫌だけれど、私にそれがどうにかできるのなら、細かいことはどうでも良いのかな。
悪意や敵意を向けられることに敏感なように見えたけれど、もしかしたらそのことそのものにはもう興味がないのかもしれない。
虐げられ蔑まされ、歴史からも葬り去られた『始まりの魔女』ドルミーレ。
他人から拒絶さえれ害意を向けられることには、もう何にも感じなくなってしまったのかもしれない。
実際に、自分の身が危ぶまれなければ。
死んだとされているドルミーレがどうして私の中にいて、そして何を望んでいるのか。
それはわからないし気にならないと言えば嘘になるけれど。
でもそれを問うのは今じゃない。
「さあ、早く行きなさい。今なら、まだ誰も死んでないわよ」
一切の興味がなくなったと言うように、つまらなさそうにドルミーレが言った時だった。
私の目の前が一瞬ぱっと光ったかと思うと、『お姫様』が突然現れた。
いつかのように私に接触するために、間にいる『お姫様』を取り込んでいたんだ。
『お姫様』その幼げな顔で私のことを見て、一瞬目をぱちくりとさせてから、慌てて私に飛び付いてきた。
突然のことに私は驚きつつもしっかりと受け止めると、その瞬間ぐるりと世界がうねった。
ドルミーレの存在が急激に遠くなるのを感じた。
姿が見えなくなる最後の一瞬に目を向けてみると、ドルミーレはもうどうでもいいというように私から視線を外していた。
きっと二千年も前から存在する彼女にとって、もうあらゆることは興味のないことで、私もまた例外ではないんだ。
死ななければ、どうでもいいんだ。
気がつけばドルミーレの姿は無くなって、小さな森は巨大な森に変わっていた。
私を見下ろすような巨大な木々に囲まれる中で、私に正面から抱きつく『お姫様』と傍に浮かぶ晴香の光だけが変わらずそこにあった。
「ごめんなさい。わたし、また彼女に……」
「ううん、いいの。仕方ないよ」
ぎゅっと抱きついたまま、しょんぼりと弱々しい声で言う『お姫様』。
私の身体に絡みつく腕の震えで、彼女に対して恐怖を感じていることがわかった。
私と全く同じ姿をしているけれど、こうして正面から抱き合ってみると、私よりちょっぴり小柄に感じられた。
どことなく幼げな雰囲気も相まって、やっぱりちょっと妹のように思えてしまう。
「早く帰らないと。みんなが、待ってる」
「……うん、そうだね。レオとアリアのこと、よろしくね」
一度ぎゅーっと私を抱く腕に力を入れてから、『お姫様』はニコッと笑顔を作った。
その顔に笑顔で返すと、いつもと同じように意識が遠のいていくのを感じた。
目を覚ます、現実に帰る合図だ。
私自身に抱きしめられている感触を感じながら、薄れる意識の中で傍に目を向ける。
ゆらゆらと揺らめく白い光が、キラリと一回瞬いた。
まるで晴香が頑張ってと励ましてくれているような気がして、とっても心強かった。




