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40 濡れ髪

「花園、さん……?」

「ご、ごめん……!」


 身体をくねらせ少し背を向けるようにして、氷室さんが訝しげに伺ってきた。

 いくら女の子同士とはいえ、浴室で裸をまじまじと見つめられたら良い気はしないだろう。同じ過ちを繰り返してしまった。


 私は取り繕うように氷室さんの手を取って、先に椅子に座らせた。

 洗いっこでもしようかと少し控えめに提案してみたけれど、流石にそれは氷室さんが恥ずかしがったのでやめることにした。

 いや、私がもう一押しくらいすれば良いと頷いてくれたかもしれないけれど、流石にそこまで強引に迫るのもどうかって思って、今回は大人しく引き下がることにした。


 でも見るからにつるつるでスベスベな白い肌にたっぷりと触れたかったという、下心的な願望があったので少し残念だった。

 普段から手を繋いだりはするけれど、こういう機会はまた別だし。

 でも無理強いはできないから、今日のところは目の保養だけで我慢することにした。


 椅子は氷室さんに譲って、各々で頭と身体を洗った。

 ゆったりとした手つきで手にシャンプーを取ったり、穏やかな動作でしゃばしゃばと髪を洗っている氷室さんを見ると、普段はあまりお目にかかれないプライベートが垣間見えてなんだか嬉しかった。


 あまりジロジロ見ていることがバレないようにしながら、私はチラチラと氷室さんの方に目を向けてしまった。

 一切の無駄がない細っそりと折れそうな手足に泡がまとわりついていく様や、浴室の湯気に当てられて少し赤みがかった雪のような肌。

 見ていて全く飽きなくて、むしろずっと眺めていたいとすら思った。


 一切の不和もなく、洗練されたお人形のようにシュッとした身体つきは、まるで彫刻のような芸術品みたいで。

 その無垢な肌を撫でるとろんとした泡や玉のような雫があいまって、扇情的な雰囲気すらあって。

 それによって掻き立てられるように湧き上がってくる羨望の感情を紛らわすように、私は一足先に身体を洗い終えて湯船に浸かった。


「おいで。一緒に浸かろ?」


 身体の泡を流し終えた氷室さんがどうしたものかと目を泳がせていたので、私は手を伸ばして呼びかける。

 氷室さんは私の顔をジッと見てから、小さく頷いて私の手を取った。

 晴香と入った時もギリギリではあったけど問題はなかったし、華奢な氷室さんならもっと楽に二人で浸かれるはず。


 ゆっくりとおっかなびっくり足先をお湯に差し込む姿も、何だか可憐で儚く思えてしまう。

 すらっとほっそりとしたその脚は白くきめ細やかで、浴槽内に向けて伸ばしている様子を見ていると顔が少し赤くなってしまった。

 でもそんな日常のほんの些細な動作を、氷室さんのそんな当たり前の姿を見られるのが、ちょっぴり嬉しかった。


 浴槽の中に両脚を入れた氷室さんは、そのまま体育座りのような姿勢ですっぽりと私の脚の間に収まった。

 全体的に細身で肉付きが薄い氷室さんは、特に窮屈そうでもなく、平然とお湯に浸った。

 私の足にちょっぴりと乗っかる小さめなお尻のマシュマロのような感覚が、私をどうしようもなくドギマギさせたのは、必死で顔に出さないようにした。


「花園さんは、何も、聞かないの…………?」

「え……?」


 しばらく二人でゆったりとお湯に浸かっていた。

 私の脚の間に収まる氷室さんの肌の柔らかい感触を密かに楽しんでいると、氷室さんがポツリと口を開いた。


 首元までとっぷりと沈み込みながら、少し俯き気味で上目な視線を向けてくる。

 けれど前髪は濡れてピッタリと張り付いてしまっているから、いつものように目元を隠すことはできていなかった。

 でもその濡髪が、端整なお人形のような顔と相まって何とも色っぽかった。


「聞くって、何を……?」

「さっきの、こと。私の、こと……」

「あぁ……」


 氷室さんがロード・スクルドに命を狙われていること。

 そしてそれが、彼と血の繋がった妹であるが故だということ。


 確かにその事実を、私は氷室さんの口から聞いてはいない。

 間接的に聞いて、後は状況のなすがまま抗っただけだった。

 氷室さんはそれを気にしているようで、何かを恐れるように弱々しい目を向けてきていた。


「氷室さんが話したいのなら、聞くよ。逆に話したくないことを無理に聞いたりはしない。どっちにしたって、私が氷室さんを守ることには変わらないしね」

「それで、いいの……?」

「うん。どんな事情があっても、氷室さんが何者でも、私の友達であることには変わらないし。そうしたら、細かいことなんて関係ないからね」


 お湯の中で手を取って笑いかけてみれば、氷室さんは唇を結んで更に俯いた。

 細い指は力なく投げ出されていて、私の手を握り返してはこない。

 渦巻いている不安が手に取るようにわかって、私は狭い湯船の中で少し身を寄せた。


 体育座りをしている氷室さんの足の甲の上に座ってしまう勢いで身体をくっつけて、脚できゅっと氷室さんを挟む。

 ぴったりと密着する私に、氷室さんは驚いたように顔を上げた。


「辛い思い出や悲しい思い出を無理に話す必要はないよ。でも、困った時は頼ってほしい。事情を聞かなくたって力になれることはあるし、私は氷室さんを守りたいから」

「でも、花園さんを、巻き込んでしまう……」

「あのさ、氷室さんはもう散々私に巻き込まれてるんだから、今度は自分の番だって思ってどんどん巻き込んでくれて良いんだよ?」


 それでも氷室さんは控えめに目を伏せた。

 それは恐怖なのか遠慮なのか、それとももっと違う何かなのか。

 どちらにしても、私に迷惑をかけることを躊躇っているように見えた。


「前に言ったでしょ? 私は氷室さんに力を貸してもらう代わりに、氷室さんに何かあったら一番に駆けつけるって。どんな時だって、ずっと氷室さんの味方だって」


 私のことを命がけで何度も守ってれた氷室さんを、今度は私が守ってあげたい。

 いつも私のことを支えてくれる氷室さんに、今度は私が支えになってあげたい。

 いつも頼らせてくれるからこそ、今度は私が頼って欲しいんだ。


「だから、巻き込んじゃうとか、そんな心配しないで。むしろ私は巻き込まれたいくらいなんだから。楽しい時を共有したいと思うように、辛い時や苦しい時も、私は氷室さんと分かち合っていきたいと思うよ」

「………………」


 私は氷室さんの頭を抱き寄せて、コツンとおでこを合わせた。

 白くてすべすべとした氷室さんのおでこは、そこだけ少しひんやりとしていて、しっとりと私のおでこに馴染むようだった。

 顔を突き合わせて頭を突き合わせて、私たちは至近距離で視線を交わらせる。


「大丈夫。どんな氷室さんも私は受け入れるよ。そしてそこからくるものも、全て」

「…………ありがとう、花園さん」


 おでことおでこを合わせることで、自然と顔の距離もとても近かった。

 鼻と鼻もくっつきそうだし、綺麗なスカイブルーの瞳の上に伸びている長い睫毛も触れてしまいそうだった。

 吐息が交わる距離にある唇だって、きっとここからキスをするのは簡単だ。


 そんなほぼゼロ距離で、透き通るような瞳が小刻みに揺れながら私を見つめていた。

 曇りのないその瞳に、私の赤い顔が写っているのがよく見て取れた。

 でもそんなことは気にならないくらい、その輝きは美しかった。


「うまく、話せるかはわからないけれど……聞いて、欲しい」

「うん。もちろん」


 ほんの僅かな水音以外は静寂に包まれた浴室。

 控えめに伺いを立てるように紡がれた言葉に、私は優しく頷いた。

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