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39 スレンダー

 お母さんが作ってくれた晩御飯を三人で食べて、しばらくはゆっくりと談笑した。

 まるで何事もなかった平穏な日常のように。

 まるで、ただ普通に友達がお泊りにやって来ているだけのように。


 お母さんの元気いっぱいな性格は氷室さんには刺激が強すぎるかなと心配したけれど、思っていたほどのちぐはぐさはなかった。

 そこは流石大人と言うべきか、お母さんは私に対してのエネルギッシュな接し方とは違って、きちんと穏やかで丁寧な態度で氷室さんに話しかけていた。

 氷室さんの静かでゆっくりとしたペースに合わせて、ローテンポで優しく接している姿は、何だか私にはとても意外だった。


 事態は何一つとして解決していないんだけれど、でもこうやって穏やかな我が家に帰って来られたことで、急速に心が落ち着いていくのを感じた。

 慣れ親しんだ我が家、そして優しいお母さんの存在が、確かな日常の香りを感じさせてくれる。

 私がいる場所は、いたい場所はここなんだって再認識させてくれる。


 氷室さんとはどうしてもトラブルの時ばかり一緒にいることが多くて、あまり穏やかな時間を過ごしたことはなかった。

 そう考えるとこうやって和やかに談笑しながらご飯を食べたり、ゆっくりとした時間を共にするというのはとても貴重なことだと思った。


 私はこういう時間を氷室さんと過ごしたいんだ。魔女とか魔法使いとかお姫様とか、そういうことは全部無しにして。

 普通の女子高生同士として、何の変哲も無い時を一緒にいたい。

 そのためには、まだまだ乗り越えなきゃいけないことが沢山あるんだけれど。


 でも、だからといって今のこの時を張り詰めて過ごす必要な無いと思う。

 運命や過去に縛られて、今を台無しにしてしまうなんてもったいない。

 立ち向かわなければいけないことや、向き合わないといけないことはあるけれど、それはそれ。

 だから私は、氷室さんをお風呂に誘うことにした。


「え…………一緒に……?」

「うん。もちろん、氷室さんが嫌じゃなければだけれど」


 食後にソファーでゆっくりとしている最中、私が一緒にお風呂に入ろうと言ってみると、氷室さんはハッと目を見開いた。

 それからポーカーフェイスのままでありつつも、確かに眉をピクリと上げた。


「いや、別にやましい気持ちはないよ? でもせっかくだし、お泊りっぽいことしてもっと仲良くなりたいなぁていう下心は、ある」

「…………」


 照れ隠しに頭を掻きながら言ってみると、氷室さんはまじまじと私の顔を真っ直ぐに見つめてきた。

 まるでそのスカイブルーの瞳で私を見透かして、心の奥底まで覗き込んでいるような、そんな視線だった。


「ほら、女同士だしさ。裸の付き合いっていうのも、いいかなぁなんて、思ってみたりして〜……」

「…………」


 私のことを見定めるように瞳を向けてくる氷室さんに、私は何だか言い訳じみたことを言ってしまう。

 言葉を重ねれば重ねる程、どんどんと薄っぺらくなっているようにな気がする。

 別に細かいことなんてあんまり考えていなくって、ただ氷室さんと楽しくお風呂に入りたいだけなんだけれど。

 でもその冷静な眼差しを向けられると、どうしても何か理由を作りたくなってしまって、何だか私は自分で自分を追い詰めていた。


「……ダメ、ですか?」

「………………」


 氷室さんは何も言ってはくれず、ただ私のことをまじまじと見つめてくるだけだった。

 その澄み渡った瞳に突き刺されて、私はついつい敬語でお伺いを立ててしまう。

 私よりちょっぴり低いその視線を掻い潜るように頭を落として、控えめな上目遣いを向けてみた。


「別に、良い、けれど……」

「ホントに!? やった!」


 私の粘りが功を奏したのか、それとも始めから答えは決まっていたのか。

 下げた私の視線に合わせるように目を落として、氷室さんはおずおずと言った。

 声色こそいつも通りの淡々としたものだけれど、ポツリと呟く様子はどこか恥ずかしさを抑えているようにも見えた。

 でもそう答えてからは割り切ったのか、それともそもそも何とも思っていないのか、しゃんと立ち上がった。


 でもとりあえず私は氷室さんとお風呂に入れることが嬉しくて、手放しで喜びをアピールして、軽くキュッと氷室さんにハグをした。

 そっちの方が氷室さんには効いたようで、私が身を寄せた瞬間ピクッと体が硬くなった。

 私たち、割とこの短期間で何度も抱き合っているのに、こういうスキンシップみたいなものには慣れないようだった。


 ハグで硬くなった氷室さんにちょっぴり意地悪っぽく微笑んでから、私は部屋に二人分の着替えを取りに行った。

 氷室さんは学校帰りにうちに寄ってくれて、その足で出かけて色々あって今だから、学校の鞄以外何も持ってきていない。


 諸々を持って戻った私は、氷室さんの手を引いて脱衣所に向かった。

 普通はあまり二人で入ることのない脱衣場で服を脱ぎながら、私は一昨日の夜ことを思い出した。

 あの時は晴香とこうして一緒にお風呂に入ったな。それからの会話のこと、晴香の表情を思い返すと胸が締め付けられて、私は頭を振った。

 今は、暗い気持ちになる時じゃない。


 氷室さんもまた淡々と服を脱いでいた。

 もしかしたら裸になるのを恥じらうかな、と意地悪な予想をしていたんだけれど、氷室さんは至って冷静に脱衣を進めている。

 元々その華奢な体つきはわかっていたつもりだけれど、制服を脱いで薄着になった姿を見てみると、余計にその線の細さを感じた。


 シンプルに言ってしまえばスレンダーな体つき。

 胸は平均的な範囲内だと思うけれど私より少しなくて、穏やかな膨らみだった。

 けれどお腹周りには全くの無駄がなくて、寧ろ痩せ型。腰回りも細くて、そこからあまり広がりのない薄めのお尻周りも相まって、やっぱり全体的なシルエットが少し弱々しく感じる。

 けれどそれでも、白く張りがあってつるんとした肌はとても美しくて、どこか神秘的に感じられた。


「あの、花園さん……あんまり見つめられると、その……」

「────!? あ、ご、ごめん!!!」


 自分でも気づかないうちにじっくり観察してしまっていたようで、氷室さんが控えめに身動いだ。

 私は自分の脱衣もそこそこに、氷室さんが今まさに下着に手を掛けているところを釘付けになって見ていたようだった。

 流石に女の子同士とはいえ、下着を脱ぐところを注視されるのは嫌だ。私も嫌だ。


 私は慌てて謝ると、自分の残りの衣服を剥ぎ取って洗濯機に放り込んだ。

 氷室さんのことを見ないように背を向けると、肌を柔らかい布がこする小さな音を耳が拾って、謎の背徳感が背筋を駆け上った。

 なんだかとてもいけないことをしている気になってきた。ただ女の子同士で仲良くお風呂に入るだけなのに……!


「わ、私先に入ってるね……!」


 胸をざわつかせる不純な妄想を誤魔化すように、私はわざとらしく声を上げて浴室の戸を開いた。

 一足先に冷たいシャワーでも頭からかぶって、変な考えを吹き飛ばしてしまおうと思ったんだけれど、既に服を脱ぎ切っていた氷室さんは私のすぐ後に付いて入ってきた。


 振り返ってみればそこには一糸まとわぬ姿の氷室さんが、控えめに各所を腕で覆いながら、けれど淡々とした面持ちで立っていた。

 一般家庭用の狭い浴室で、年頃の女の子が裸で二人。特別変な状況というわけではないけれど、でもなんだか妙に変なことを考えてしまう自分がいた。

 私とは比べ物にならない、まるで雪の妖精のように儚く神秘的なその裸体に、私は思わず見惚れてしまったからかもしれない。


 そしてそれと同時に、大人しくて物静かで控えめな女の子である所の氷室さんを、裸にして誘っていることへの謎の罪悪感のようなものが私を襲った。

 この子はもっと不可侵で、神聖なものなんじゃないかと。そんな子にこんな格好をさせていいのだろうかと。

 人間なんだから誰しもお風呂に入るし、そのためには裸にもなる。

 だけれど、氷室さんの綺麗な裸を見て、私はついついそんなことを思ってしまった。

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