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33 かつての日々を

「アリスは、本当に何にも覚えていないんだよね?」


 アリアがおずおずと尋ねてきて、私は小さく頷いた。

 友達に忘れられる苦しみや悲しみが如何程なものか、それはさっき想像したばかりだったから。

 申し訳ない気持ちが渦巻いて、私は視線を落とした。


「アリスが悪いわけじゃないんだから、気にしないで」

「でも、二人との思い出を何も思い出せないなんて、私……」

「いいの。もうわかっていたことだし、それに関してはある程度割り切れてるから」


 アリアは私を労わるように優しく微笑んだ。

 辛いのは忘れられてしまったアリアの方なのに、それでも私のことを気遣ってくれる。

 その温かさにとても心の近さを感じて、私たちの本来の関係を想像してしまった。


「私の記憶も力も、完璧に無くなってしまったわけじゃないの。心の奥底に封じ込められてしまっているだけ。でも確かにこの胸の中にあるから、何かの拍子に顔を見せることがあるの」

「やっぱりそういうことだったの。あなたが『真理の(つるぎ)』を使った時、もしやとは思ってたんだけど」


 アリアは思い出すように少し遠い目をした。


「私たちは、あなたから当時の記憶は全て消えてしまっていたんだと思ってた。でもあなたがあの剣を使えたということは、もしかしたら思い出すことができるのかもって思ったの。だってあの剣は古に伝わる『始まりの魔女』のもの。その力を宿す姫君たるアリスだからこそ、使える剣だから」


『真理の(つるぎ)』。私が力を借りる時、必ずこの手に現れる純白の剣。

 全ての魔法を斬り捨て無効化するあの剣は、魔法の使い手にとっては天敵のような武器だ。

 あれがまさか、『始まりの魔女』であるドルミーレのものだったなんて。

 何だかその存在に矛盾を感じてしまう。


「アリアは、私のこと全部知ってるんだよね。私の力のことも、当時私が『まほうつかいの国』にいた時のことも」

「そうだね。私たちはあの時ずっと一緒にいたから。大抵のことは知ってるよ」


 アリアは少し嬉しそうに微笑んだ。

 当時のことはとてもいい思い出だというように。


「私とレオはあなたと出会って、ずっと一緒だった。国を冒険して、女王と戦うことになって、そしてあなたが姫君として玉座におさまって。それを私たちはずっと共に歩んできた」


 アリアに聞けば、私自身が思い出せなくても当時の色んなことを知ることができる。

 そうすれば当時の私の気持ちも想像がつくかもしれない。

 けれど、それは何だか違う気がした。他人の口から、それもアリアの口から私の忘れている記憶の話を聞くのは、違う気がした。


 これはきっと自分自身で思い出さなきゃいけないことで、そうしないときっとその時の私の気持ちを正確に感じることはできない。

 知りたい気持ちはあるけれど、でも今ここでアリアにそれを話してもらうのは、きっと違う。


「D8────レオも、同じ私たちの親友なんだよね」


 だから私は少し話をそらした。

 アリアには悪いけれど、自分の過去と気持ちには自分自身で向き合いたかったから。

 けれどアリアはそのことには特に気にした様子を見せず、しかしレオという名前に眉をひそめた。


「ええ。あなたが記憶と力を失い、そして姿を消してから、私たちはあなたを見つけるためにずっと一緒に頑張ってきたの。魔法の腕を磨いて魔女狩りにまでなった。全部、あなたを見つけて、守って救うためだったのに。なのにどうして……」


 レオは今私を殺そうとしている。他でもない親友の彼が。

 アリアと志を共にしてきたはずの彼が、問答無用で私を殺しにかかってくる。

 さっきの様子を見れば、アリアもその事情を知らないようだった。


「レオは、どうして私を殺そうとしているんだろう」

「わからない。私にもわからないの。あなたを抹殺しようと企むロード・デュークスの指示だったとしても、レオが簡単にそれに従うとは思えない」


 私を殺そうとしている人たちがいるのは知っていた。

 でも私は勝手に、それでも二人はそれを望まないと思っていた。

 現にアリアの気持ちは変わっていない。そしてレオもまた、本心から私を殺したいようには見えなかった。

 そうせざるを得ないといった顔をしていたから。


「私たちはあなたを救うために今まで必死で頑張ってきたの。それなのに、そのアリスを殺してしまうなんて、それじゃあ何の意味もなくなってしまう。おかしいんだよ、絶対」

「レオとも、ちゃんと話をしなきゃ。話をすれば、きっと……」


 レオが抱えている事情が何なのかはわからない。

 ずっと守ろうとしてくれた私のことを殺さなくちゃいけなくなる程の事情が、何なのか。

 もしかしたら話たところで何にもならないかもしれない。

 でもこのまま、わけがわからないまま争い続けるのは嫌だから。

 やっぱり、私たちはきちんと話し合わなきゃいけないんだ。


「そう、だね。今のところはロード・スクルドに言われてどこかへ行ってしまったけれど、レオが諦めるとは思えない。まだこっちにいて、必ずまたアリスの前に現れるはず」

「ロード・スクルド────」


 その言葉を受けて、私はあの冷ややかな佇まいを思い出した。

 あの爽やかな黒髪と作り物のように煌びやかな顔。しかしそこにあるのは深くて重い碧い瞳。


 まるでお伽話の王子様ように精錬されているのに、氷室さんに向けられたあの冷ややかな態度。

 隣に立つ私でさえ、あの視線に氷つかされるかと思った。


「私、氷室さんを助けに行かなくちゃ……!」


 私は慌てて立ち上がった。

 ロード・スクルドに対する氷室さんのあの怯えようを見れば、少しでも一人になんてしたくなかった。

 彼のあの冷ややかな目を思い出しことで、早く駆けつけたいという気持ちが膨れ上がった。


「待って! 待ってアリス!」


 駆け出そうとした私の手をアリアが強く握って引き止めた。

 それを振り払ってしまいたい気持ちに駆られたけれど、その不安そうな瞳を見てぐっと堪えた。


「アリス、こんなことは言いたくないけれど……」


 アリアは言いにくそうに視線を下げて、口ごもった。

 それが一層、私の不安を駆り立てる。


「ロード・スクルドに目をつけられたのなら、あの子のことはもう諦めた方がいい」


 冷静に努めた淡々とした言葉でアリアはそう言った。

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