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21 隠し事

「花園さんは、大丈夫……?」


 それからまた少し歩いから、私たちは公園に入ってベンチに腰掛けた。

 この間カノンさんとまくらちゃんに会った、駅前から外れたところにある公園だ。


 ベンチに座って二人で沈みかけの夕日を静かに眺めていると、氷室さんがポツリと尋ねてきた。

 心配げに向けるその瞳は、赤い夕日の光を受けて幻想的な色をまとっていた。


「うん、私は大丈夫。ごめんね、心配かけて」

「いいえ。ただ、学校に来なかったから……」

「あぁ……それなんだけどね……」


 私は今日あったこと、これまでにあったことを掻い摘んで氷室さんに話した。

 晴香がみんなから忘れられてしまったこと。私の中にいるのが『始まりの魔女』だということ。ワルプルギスの目的と『魔女ウィルス』の本当の役割。そしてクロアさんのこと。


 氷室さんは静かにまっすぐと聞いてくれた。

 そっと私の手にその手を重ねて、そのスカイブルーの瞳をそらすことなく私を見つめて聞いてくれた。


「私の知らなかったことが沢山あって、きっとこれからももっと沢山あるんだよね。参ったなぁ……」

「…………」


 少しおどけて言ってみると、氷室さんからは無言の視線が返ってきた。

 けれどそれは私の態度を非難するようなものではなくて、私を労わる憂いの瞳だった。

 まっすぐに見つめてくるスカイブルーの瞳に吸い込まれてしまいそうなるほどに、その透き通った目で私の奥底をまじまじと見つめてくる。


「焦る必要は、ない。ゆっくりで、あなたのペースでいい」

「うん。そう、だよね。焦ったところで何も変わらないよね」


 焦って色んなことを知ろうとするよりも、一つひとつをしっかりと余裕を持って受け入れられる方が大切だ。

 目の前にあるものに向き合って丁寧に対処していかなければ、きっと何の意味もない。


「私何にも知らないからさ。わかることから、できることから取り組んでいかないとね」

「…………ごめんなさい」

「また謝る。もう、何で謝るの? 今度はどうしたの?」


 私のことをまっすぐに見つめていた氷室さんは、不意に視線を落とした。

 ポーカーフェイスで表情は動かないけれど、何か言いにくそうな、居た堪れないような雰囲気をまとっていた。


「私は、あなたに話していないことが、ある」

「それは……晴香とのこと?」

「…………少し、そう」


 私が尋ねると、氷室さんは一瞬逡巡したように瞳を揺らしてから肯定した。

 そこには深い不安が見え隠れしている。

 そのことを口にすることに抵抗があるような、私に話すことを恐れているような。


 その不安げな態度に、私はまたあの言葉を思い出してしまった。

 晴香は、どうして氷室さんを信用しない方がいい、なんて言ったんだろう。

 あの時は気持ちが乱れていたからかなと思ったけれど、本当に何か…………?


「それは……聞いてもいいの?」

「……ええ。あなたは、知らなければいけないことだから。いえ、本当はあなたは知っている。忘れているだけ」


 氷室さんには珍しく、煮え切らない歯切れの悪い言い方だった。

 けれど頑張って私に伝えようと言葉を繋いでいる姿に、特に追求する気にはならなかった。


「私は、それをあなたに話すべきか、迷っていた。いいえ、むしろ忘れているのなら、そのままでもいいと……」


 氷室さん頭を下げるように俯いていく。

 言いにくそうに、自分の罪を告白するように苦しげに。

 その言葉も、一つひとつに迷いが見え隠れしている。


「ごめんなさい。私は、あなたに隠し事をしていた……」

「そんなこと、気にしなくていいよ」


 そのままではうずくまってしまうような勢いだったから、私は氷室さんの肩を支えて上体を起こした。

 氷室さんは私にされるがままに体を起こし、控えめに私の方を窺った。


「きっとその話は昨日までの私には理解できないことだったろうから。ほら、制限とかあったし。それに晴香が関わっていることだったんなら、それは隠しておくって晴香と約束してたんでしょ? なら仕方ないよ」


 晴香は自分が魔女であること、そして私のことを守っていることを隠して通していた。

 同じく魔女である氷室さんにも口止めしていたと言うし、氷室さんが私に話さなかったのは仕方のないことだから。

 私が笑顔でそう言うと、氷室さんはほんの少しだけ安心したように表情を緩めた。


「……怒ってない?」

「怒ってないよ。怒るはずないでしょ。氷室さんは私に隠し事したくて黙ってたわけじゃないでしょ?」

「…………えぇ」

「だったら私が怒る理由はないよ。むしろそれを打ち明けてくれたことが嬉しいな」


 まだどこか後ろめたさがあるのか、氷室さんの反応は不安げだった。

 けれど私が笑いかけると意を決したように私の目を見た。


「もし氷室さんが話せるのなら、教えてほしいな。氷室さんが知っている、私が忘れていることって何?」


 私が尋ねると氷室さんは一瞬目を伏せてから、しかしすぐに私をまっすぐに見た。

 重なっている手がほんの僅か震えているような気がして、私はその上にもう一つの手を重ねた。

 それをチラリと確認した氷室さんは、おずおずと口を開く。


「花園さんが、『まほうつかいの国』に行く前のこと」

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