24 チョロすぎる
「てか夜子さん。なんでこんなとこにお姫様がいるのよ」
「さっきまで魔法使いに攫われててね。そこにいる霰ちゃんが、助けだしてきたところなんだよ。私はちょこっと、そのサポートをしてあげたのさ」
「まさか、あっちまで乗り込んだの!? あんた意外に度胸あんのね」
感心、というよりは少し引き気味な顔をしながら、千鳥ちゃんは氷室さんをジロジロと見た。
氷室さんはというと、半歩下がって少し私の背中に隠れてしまった。
「まぁ千鳥ちゃんなんかよりもよっぽど仕事をしたのは確かだよ。アリスちゃんを魔法使いの手に落とさなかったのは大きいからね」
「だから、私だってちゃんと仕事してるじゃん!」
「その後始末はいつも私がしてるけどね」
「だ、だって細かいことは苦手なんだもん! 少しは大目に見なさいよ」
「喧しいなぁ。千鳥足にさせるよ?」
「脅し方の意味がわからない!?」
キャンキャンと、まるで子犬のように食ってかかる千鳥ちゃん。
なんというか、こういう光景を見ると平和な気分になる。
「とにかくだ。これからこちらの世界も荒々しくなるよ。千鳥ちゃんには、もっと仕事をしてもらうことになるだろうね」
「えーめんどくさいわねぇ。私、自分の身が守れればいいんだけど」
「なら私が手を下してあげよう。手始めに食料ストップだ。君の食生活から脅かそう」
「ちょっとそれはなし! わかったわかった。仕事するから!」
「食べ物で釣られるなんて。やれやれ、千鳥ちゃんも案外チョロいんだね」
「やかましいわ!」
この二人はなんというか、うまくできてるなぁ。
夜子さんに完全に主導権を握れてしまっていて、コントロールされている。
本人にはあまり自覚はないのかもしれないけれど。
「とにかくだ、二人共。これから、こちらの世界の状勢がどうなるかはまだわからない。けれど魔法使いや魔女狩りは、必ず脅威として現れるだろう。今まで通りの日常をどれだけ貫けるかは、君たち自身にかかっている。身の振り方を考えておいた方がいいだろうね」
未だあんまり自覚が持てていない、というよりは想像が追いつかない。
今まで通りの生活に戻れるとして、魔女となって、そしてお姫様だと追われるようになることで、これからどうなるのか。
本当に呑気に、いつも通りの生活を送っていていいものなのか。
氷室さんが力になってくれると言っているけれど、これは私自身でなんとかしなきゃいけないんじゃないのか。
まだまだ分からないことが盛り沢山で、ちんぷんかんぷん。
それでも、生きるためには足掻かないといけない。
「幸いなことに、魔法使いはあちらの世界の住人だ。あちらからこちらに来るには、奴らは異界の門を潜らなきゃならない。あれはそれなりの儀式が必要だから、そう次々とはこちらに来られないだろうし、その点は少し安心さ」
「そうなんですか。でも夜子さんは、氷室さんを向こうに送ったり、それに帰りのあの黒い猫も夜子さんの魔法ですよね?」
「私は割と気軽にできるよ。私には異界の門とは別の手段がある。まぁそれなりに魔力を消費するから、連発はできないけどね。逆に奴らのは、儀式こそ必要だけど一度開けばしばらく継続してるから、まぁ、コスト面の違いだね」
あの時影のような黒い猫に飲み込まれて、気がついたらここにいた。
だからきっとあれが、夜子さんの世界を超える魔法なんだ。
魔法使いが仰々しくやらないといけないことを、魔女の身で気軽にやってのけてしまう夜子さんは、相当すごい人なんじゃないのかな。
「あちらにも魔女はいるからね。こちらに割ける人員は多くはないだろう。一度に来るのは精々一人や二人。大規模侵攻は、まだしてこないと思うよ」
「なら、いいんですけど……」
「それでも魔女にとって、魔法使いが脅威であることには変わりない。生き残りたいのなら、精々気を抜かないことだね」
私がここで今まで通りの生活を送りたいのなら、迎えに来るであろう人たちや、退治しに来る魔女狩りを全て倒し切らないといけないんだ。
今の生活を捨ててもいいのなら、もちろん逃げるだけでその場はなんとかなる。
でもそれじゃただただ全て失うだけ。家族や友達や私の居場所。何もかもなくなってしまう。
これは私のわがままなのかもしれない。
けれど、魔女になってしまったからといって、全てを諦めるなんて私はしたくない。
足掻ける限りは足掻きたい。それが、他人の迷惑にならない限りは。
それに、確か透子ちゃんが言っていた。魔法使いは昼日中は大きく動けないって。
それは多分、魔女が魔法を無造作に使うことを嫌うのと同じで、魔法を人前では使いたくないってことだと思う。
それを考えれば、昼間学校に行っている間に襲われたりすることもなさそうだし。
私は今の毎日を失いたくない。晴香や創と同じように過ごす毎日を。
氷室さんとだってまだまだ仲良くなりたいし、それにまだみんなでクリスマスパーティーをしてない。
「私、戦います。今の生活を守るために」
「君がそう決めたのならそうするといい。自分の人生を決めるのは、自分にしかできないことだ」
「あんたみたいな甘ちゃんが、魔法使い相手にどこまでできるのかって感じだけど。まぁ頑張ればいいんじゃない?」
千鳥ちゃんはやれやれと肩をすくめながら言った。
魔法使いと真っ向から戦おうなんて、無謀だと言っているようだった。
私もそう思うけれど、他に選択肢がないんだからそうするしかないんだ。
「千鳥ちゃんは冷たいなぁ。手を貸してあげればいいのに」
「私、連中に関わりたくないもの。魔法使いなんてロクな連中じゃないでしょ? 関わるだけ損」
「お姉さんなら、後輩には優しくしてあげたほうがいいんじゃないの? 頼り甲斐のあるとこ、見せてあげないと」
「お、お姉さん!?」
千鳥ちゃんは急にそわそわして、照れ臭そうに頰を掻いた。
「ま、まぁ私は年上だし? 魔女としての実力も上だし? どうしてもっていうなら、力を貸してあげないこともないけどさ」
「もしもの時はお願い千鳥ちゃん。頼りにしてるから」
「……! し、仕方ないから頼りにされてあげる! でも、面倒なのはごめんだからね!」
夜子さんのチョロいな、という顔が見えていないようで、千鳥ちゃんは満更でもなさそうにそう言った。
私もその片棒を担いだから、夜子さんのことはあまり悪くは言えない。
知らないことばかりで、自分のことすらわからない私には少しでも頼れる人が必要だし、千鳥ちゃんが手を貸してくれるのはありがたい。
夜子さんも、一体どこまで知ってるのか。知っていたとしても、全部を教えてくれるとは限らない。
でもいつか私は、自分の真実に向き合わなければならない時が来るんだろう。
この際もう、私が魔法使いのお姫様だとういう話は受け入れるしかない。
どんなに否定しても周りがそれを許さないし、ここまできたら否定もしきれない。
信じがたいけれど、そこにはきっと私の知らない何かが隠されてるんだ。
いつかそれを知らなきゃいけない時が来る。
その時それを受け入れられるように、自分にできることはしていこうと、私は思った。