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11 紅茶とケーキ

 クロアさんは優しい笑みを浮かべながら、いそいそと私のティーカップを取り紅茶を注ぎ始めた。

 濃い色ながらもどこか透明感のある赤い液体がとぽとぽとカップを満たして、深い香りが更に溢れ出す。


「これは何ていう紅茶なんですか?」

「アッサムという茶葉のものです。甘みとコクがあるものですので、姫様にもお楽しみ頂けるかと」


 ついつい質問してしまった私にクロアさんは丁寧に答えてくれた。

 向こうの世界にも同じ茶葉があるのかな。

 紅茶はあるようだし、もしかしたら似たようなものはあるのかもしれない。


 私に質問されたのが嬉しかったのか、クロアさんは上機嫌の様子でミルクと砂糖に手をかけた。

 思わず自分でやりますと口を開きそうになって、そういえばホテルの時も全部任せたのだったと思い出した。


 砂糖を控えめにふた掬い入れ、軽くかき混ぜてからその流れに乗せてミルクをそっと注ぐ。

 赤褐色の液体に白が混ざり、くるくると渦を巻きながらぼんやりと色が緩んでいく様は、見ていてなんだか面白かった。


「アッサムはミルクティーで頂くのが良いのですよ。さあどうぞ」


 ティースプーンで優しくくるりと中を撫でてから、私の前にカップを置いてクロアさんは言った。

 元々ふくよかな香りがしていた紅茶は、ミルクを加えることでその奥深さを増しているように思えた。

 ニッコリと微笑むクロアさんに見守られ、おずおずと口をつけてみると、砂糖のものとは別に茶葉由来の甘みとじんわりと染みるコクの深さが口の中を満たした。


 紅茶には明るくないけれど、でもこれはとても美味しいものだと思った。

 その気持ちが顔に出ていたのか、私のことを見てクロアさんは満足そうに微笑んだ。

 自分のカップにも紅茶を満たし、砂糖とミルクを足してから口をつけ、ほっと柔らかな息をこぼす。


「わたくしは紅茶が好きなのです。飲むと心が落ち着いて豊かな気持ちになりますので。自分で淹れるものもよいですが、このお店もなかなか良い淹れ方をするのです」

「私、普段そこまでこだわったりしないんですけど、この紅茶は美味しいと思います」

「気に入って頂けたようでなによりです」


 思ったことをそのまま口にした私に、クロアさんはとても柔らかに笑みを浮かべた。

 包み込み満たすようなとても温かな笑み。

 母性すら感じさせるその笑みは、見ているだけで心を解されるようだった。


「さ、こちらはケーキもとても美味しいですよ。紅茶が熱いうちに一緒に召し上がってくださいな」


 クロアさんに促され、私は二つ並んだケーキに挑むことにした。

 沢山のフルーツがまるで宝石のようにキラキラと輝いている豪勢なタルトと、ふんわりと膨れた柔らかそうなシフォンケーキ。

 女子高生である身としては、心が浮き足立ってしまう光景だった。


 そこからしばし優雅なティータイムを過ごして、それぞれのケーキを半分ほど食べ進めたところで、私はふと我に返った。

 私は何を、呑気なお茶の時間を楽しんでしまっているんだ。

 美味しい紅茶と美味しいケーキに満たされてホクホクしている場合じゃない。


 大人っぽいクラシカルなお店の雰囲気と、美味しい紅茶とケーキ、そして優しく微笑むクロアさんにほだされて、私はすっかり毒気を抜かれていた。

 今私の目の前にいるのはワルプルギスの魔女で、私はこの人に色々聞かなきゃいけないことがあったんだった。


「あ、あの、クロアさん……!」


 フォークを下ろして背筋を伸ばし、改まって口を開く。

 そんな私を見て、クロアさん優しく口元を緩めながらほんの少し首を傾げた。

 それからあぁと何かに合点がいった顔をすると、更に笑みを膨らませた。


「わたくしのケーキも召し上がられますか?」

「良いんですか? ────じゃなくて!」


 素っ頓狂な提案に思わず応えてしまって、でもすぐに我に返って私は少しだけ声を強めた。

 しかしそんな私のことなど気にするそぶりもなく、クロアさんは自分のチョコレートケーキをフォークでひと掬いした。


「美味しいですよ。ほら、どうぞ」


 ニコニコと微笑んでフォークを私の方へと差し出してくるクロアさん。

 今からちゃんと話をしようとしているのに、そんな態度を取られてしまってはなんだか出鼻を挫かれた気分だ。

 けれど眼前まで伸ばされたそれを無視するわけにもいかくて、私は仕方なく身を乗り出して口を開けた。


「はい、あーん」

「…………!」


 まるで小さな子供にするようにそう声を掛けて、私の口にフォークを運ぶクロアさん。

 私はあまりの不意打ちと気恥ずかしさに躊躇いそうになりながらも、何とかフォークを咥えた。

 蕩けるようなチョコレートの濃厚な甘みを感じながらも、でも今の行為と言葉の恥ずかしさで十分に味わえたとは言えなかった。


 口を離して姿勢を直し、私は紅茶をぐびっと煽って、口の中に残るチョコレートの味わいと共にこの気恥ずかしさを流した。

 じんわりと染みる紅茶とミルクの滑らかさを感じて心を落ち着けてから、私は改めてクロアさんを見た。


「クロアさん。そろそろちゃんとお話をしましょう。そのために来たんですから」

「お話、ですか?」


 クロアさんは何のことかという風に柔らかく首を傾げた。

 そもそもお茶に誘ってきたのはクロアさんだというのに。


「私に何か話があるんじゃないんですか? そのためにここに連れてきたんじゃ?」

「いいえ、特別には。姫様にお会いできたのは単なる偶然ですし、こうしてお誘いしたのは、姫様とゆっくり時を過ごしてみたいと思ってのことです」

「えぇ……」


 じゃあのんびりティータイムを過ごすためだけにここへ?

 まぁ確かに、最初からクロアさんは私に話があるとは言ってなかったけれども。

 でもまさか特に意味もなくお茶に誘われるなんて。

 これが友達なら何の違和感もないけれど、私たちはそんなに仲が良いわけじゃない。

 別に嫌ではないけれど、でも何だか不自然な気はしてしまう。


「……私は、色々聞きたいことがあるんですけど」

「ええどうぞ。わたくしに答えられることであれば」


 だとするとあんまり話すつもりがないかと思いつつ言ってみれば、クロアさんはあっさりと頷いた。

 自分からの話題がないだけで、私から込み入った質問をするのはいいらしい。


 レイくんやアゲハさんと違ったやりづらさがクロアさんにはあった。

 レイくんは何を考えているかわからないし、のらりくらりとしているから掴み所がない。アゲハさんは自分ルールでガンガンと突き進んでくるからついていくのが大変。


 それに対してクロアさんはニコニコふわふわと受け入れてくれる柔らかさが、逆にどうしていいのかわからなくなる。

 包み込むようなその雰囲気が懐の深さを感じさせて、その温厚な佇まいがなんだかとてもやりにくかった。

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