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48 未熟

 影のように黒い髪と、そこからなる猫の耳。そして二股に長い尻尾。

 その瞳もどこか猫のような鋭さを感じさせる。

 いつもと同じ気の抜けた表情のままなのに、日が沈んだ暗い空の下でその瞳は鋭く輝いて見えた。


 夜子さんの佇まいは変わらない。

 腰に手を当て、あくまで悠然と優美にその場に君臨してる。

 しかし人ならざる美しさと醜悪さ、そして無作為に垂れ流している圧倒的で高圧的な力がこちらを威嚇する。


『お姫様』の力を全面に出し、その溢れかえる力を波打たせている私の奔流と、夜子さんの邪悪な力の流れが見えないところで激突する。

 その不可視なぶつかり合いは、しかし確実にお互いの誇示として起きていた。


「先手は譲ろう。子供のわがままを受け止めてあげるのが大人だからね」

「じゃあ、遠慮なく!」


 力を引き出した私を目の前にしても、夜子さんはその余裕を崩さない。

 今の私が相手だとしても負ける気なんてないんだ。

 苛立ちは覚えなかった。今もなお実力差があるのはきっと事実だから。

 でも、それでも戦わないわけにいかないから、私は大きく地を蹴った。


 光をまとって、その輝きの速さで瞬時に夜子さんへと迫る。

 私の光が迫ることで強まった夜子さんの影が立ち上がり、私の前に立ちはだかった。

 私はすぐさま光を消して、影を剣で斬りつける。


 魔法によって存在していた影は、『真理の(つるぎ)』の一太刀で霧散した。

 守るものを失った夜子さんに、そのままの勢いで斬りかかる。


「おっと、影は君の足元にもあるんだよ」


 瞬間、私の胸元の氷の華が弾けた。

 花弁が一枚剥がれると、瞬時に私の背後を覆う氷の壁になった。

 背後にとても鈍い音が響く。きっと私の影から伸びた攻撃を、氷の壁が防いでくれたんだ。


 その様子を呑気に眺めて微笑んでいる夜子さんに、私は勢いそのまま斬り込んだ。

 しかし夜子さんは軽い動作でそれをひらりと避ける。

 そして剣を振り下ろした私の腕の間にすっと伸ばして、不敵に微笑んだ。


「しまっ────」

「まだまだ未熟だなぁ」


 夜子さんの掌から激しい衝撃が放たれた。

 空間そのものが振動して、その余波で地面が抉れる。

 瞬時に氷の華が胸元で氷の盾を形成したけれど、それすらも通り抜ける衝撃に襲われて、私は大きく吹き飛ばされた。


「アリス!!!」


 晴香の悲鳴混じりの叫び声が聞こえた。

 体全体がぐちゃぐちゃに掻き回されるような衝撃に見舞われて、一瞬わけがわからなくなる。

 けれど晴香の声を耳に捉えて何とか意識を保った。


 衝撃は酷かったけれど、氷の盾が初動を防いでくれたおかげでダメージはそこまで深くない。

 私は炎をジェット噴射のように吹き出して、体勢を整えて着地した。


 私の『真理の(つるぎ)』はあらゆる魔法を切り捨てて無効化する。

 だから私の前に魔法なんてないようなものだと、少し過信していたのかもしれない。

 この剣があれば、例え相手が夜子さんであれ、魔法を扱う者相手ならば勝てるんではないかと。


 けど、それは飽くまで『真理の(つるぎ)』の能力であって、私自身が魔法を無効化できるわけじゃない。

 さっきみたいに隙を突かれてしまえば何の意味もないんだ。


 まだまだ私は自分の力を使いこなせていないし、そもそも戦い慣れてない。

 ならその力を過信せず、みんなの力を借りよう。


「良い目だねアリスちゃん。ほら、まだまだこれからだよ。まさか、もうへこたれたなんて事はないだろう?」

「もちろん!」


 わざとらしく煽ってくる夜子さんに力強く答えて、私は再び夜子さん目掛けて飛び込んだ。

 剣に氷の魔力を溜め込んで、それを振るう事で氷の衝撃波を放った。

 冷気をまとった斬撃は、地を這う氷の衝撃波となって夜子さんに迫る。


 直線上のもの全てを凍りつくすその衝撃波を夜子さんは難なくかわすと、すり抜け様にこちらに飛び込んできた。

 正面からの会敵に、私は電撃を複数放った。

 しかしそれは夜子さんの長い尻尾でいとも簡単に弾かれて、気がつけば夜子さんは眼前に迫っていた。


 その手に影のような黒い爪をまとわせて素早く斬り込んでくる。

 そのスピードに遅れをとりそうになるも、剣が勝手に動いて辛うじてそれを防いだ。

 剣に触れた事で黒い爪は解けたけれど、すぐさままとい直して、両手の爪による執拗な連撃を仕掛けてきた。


 元々戦闘経験なんてあるはずのない私は、溢れる強大な力と、『お姫様』の補助なのか咄嗟の時勝手に動く剣と体で、何とか戦えている。

 だから私自身が追いきれなくても、夜子さんの素早い猛攻を何とか剣で防ぎ続けることができた。

 けれどこのままだと埒があかない。


 私は思い切って後ろに大きく跳んだ。

 夜子さんとの間に距離ができて余裕が生まれる。

 その余裕を持って攻撃を仕掛けようとした時。


「こういうのを隙ありっていうのさ」


 距離を取った私を見てニヤリとした夜子さんは、その視線を別の方向へと向けた。

 そして瞬時にそちらに向けて地を蹴る。

 その先にあるのは、晴香だ。


「晴香!!!」


 頭が真っ白になって、でも止まっている暇なんてないから光速で晴香の前に移動する。

 間一髪で夜子さんの爪を剣で防いだ。


「なに、するんですか……!」

「私の目的はその子を殺す事だからね。律儀にアリスちゃんを倒してからにする必要なんてないのさ。事態は刻一刻を争うからね」

「…………!」


 夜子さんの言う通りだ。

 彼女の第一優先は晴香を殺すこと。

 私が少しでも弱腰を見せれば、その隙を突かれてしまう。


「絶対に、絶対に私が守る!」


 私が正面に放電すると夜子さんはさっと飛び退いた。

 私は背後に向いて不安に顔を歪める晴香に微笑みかけた。

 私のことを見て、晴香も必死で笑みを作る。

 信じているからと、その目は私を真っ直ぐに向いていた。


 そうやって気丈に振る舞おうとしている晴香だけれど、その額には汗が滲んでいた。

 平気な顔を装って、今も尚その苦しみに耐えているんだ。


 私は安心させるように頷いてから晴香の周りに障壁を張った。

 夜子さん相手にどこまで通用するかわからないけれど、ないよりはマシだ。


「アリスちゃん、君はまだまだ甘々だ。そんなことじゃ何も守れやしないし、君自身この先を乗り越えていけないよ?」

「わかってます、自分が未熟なことは。私はまだまだ一人じゃ何にもできなくて、人に頼ってばっかりだ。私は友達の力を借りて、ギリギリやっていける。だからそんな友達を守れる自分に、私はなりたいんです!」

「じゃあ、やってみなさい」

「言われなくても!」


 穏やかで包み込むような表情で言う夜子さんに私は飛びかかった。

 目の前で苦しんでいる友達を守れないで、それじゃあ私に何ができるっていうのか。

 友達を、これまでの日々を守りたいと思う私が、今最も守るべきなのは晴香だ。

 どんなに自分が未熟でも、力が足りていなくても、それでも守らなくちゃいけないんだ。


 剣を振りかぶりながら、宙に複数の氷の剣を形成する。

『真理の(つるぎ)』の動作に沿うように氷の剣は動いて、合わせて同時に斬りかかった。


 多方向からの同時攻撃にも夜子さんは動じなかった。

 私の剣を軽い動作でかわして、振り落ちる氷の剣を足元の影からから伸びる棘で打ち砕く。

 そして剣を振り下ろした私に向けて、また手を伸ばした。


「同じ轍は踏みませんよ!」


 胸元の氷の華が大きく咲き乱れて、大きく広がった花弁が夜子さんを包むように覆った。

 まるで人食植物のように、食らいつくように覆う花弁。

 夜子さんに避ける暇も与えず、咲き乱れ覆い尽くす氷の華がその体を包み飲み込んだ。


 しかしその中から二本の黒い尻尾が槍のように飛び出してきた。

 そこを起点に花弁は次々とひび割れていって、私は慌ててそれを切り離して退がる。

 覆う氷を打ち砕いた夜子さんは、ニンマリと微笑んで現れた。


「いいねぇアリスちゃん。でもまだまだ足りないよ」

「わかってます。夜子さんを倒すのが簡単じゃないことくらい」


 全力を出し尽くしたところで、敵うかなんてわからない。

 今の私のできる限りを振り絞っても、夜子さんに届くかどうか。

 でも、やらなければやられるだけ。しかもやられるのは私じゃなくて晴香だから。

 だから私は今できる全てを振り絞るんだ。


 もう一度挑もうと、踏ん張った時だった。

 背後から、身の毛もよだつようなおどろおどろしい気配が膨れるのを感じた。そして。


「ア……アリ、ス────!」


 苦悶に満ちた、かすれるような声が私を呼んだ。

 その声に血の気が引いて慌てて振り返ってみれば、私の障壁に守られていた晴香が、その場にへたり込んでうずくまっていた。


「晴香!」


 私は夜子さんと対峙していることも忘れ、一目散に駆け寄った。

 障壁を解き、膝をついてその体に触れてみると、信じられない高温に思わず手を離してしまいそうになった。

 その顔はとても真っ赤で、玉のような汗が滝のように流れている。


「晴香! 晴香……!」

「……アリス、私……」


 荒い息遣いの中で何とか言葉を絞り出す晴香。

 重たげに、苦しそうに顔を上げて、無理矢理口の端を持ち上げて笑みを作った。


「私もう、ダメみたい……」

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