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36 初めて見る姿

 翌朝。

 普通の様子で起きた晴香は、昨晩話したことを特に口にしなかった。

 まるで何事もなかったかのように、いつも通りの様子の晴香。

 体調は良さそうで、普通に学校に行こうとしていた。


 私もついついそれにつられて、いつもと変わらないように接してしまう。

 いや、それこそが晴香が望んでいることだし、いつまでも重い空気にはしていられない。

 結局晴香が死なない方法を見つけることのできなかった私にできるのは、今の時間を大切に過ごすことだけ。


『魔女ウィルス』による死を防ぐ手立て、あるいはそれを覆す何かを見つけない限り、晴香にそれ以上何かを言うことなんてできない。


 だって晴香はもうずっと前から覚悟を決めていて、ずっと私のために頑張ってきてくれた。

 その晴香に、私のただの一方的な感情をこれ以上ぶつけられない。


 晴香には死んでほしくない。

 でも、晴香のことを苦しめたくもないから。


 朝の支度をしているといつものように創がやって来て、そしていつものように三人で登校した。

 本当なら創にも晴香のことを話したいところだし、話すべきだとは思う。

 けれどこれはこの世界の常識の範囲外のことだし、とてもじゃないけれど説明なんてできない。


 でも近いうち、自分の知らないところで晴香が死んでしまったと創が知った時どう思うかを想像すると、とても胸が苦しくなった。


 みんなでいつものようなとりとめのない馬鹿話をすればするほど、それがとても脆いものに感じられて。

 まるで首を絞められているみたいに息苦しかった。


 学校に着いてもいつも通りで。

 それはもちろん喜ばしいことで望ましいことなんだけれど。

 その裏側にあるものを思うと、どうしても気持ちが揺らいでしまう。

 晴香は気丈に振る舞っているんだから、私もそうしないといけない。


 お昼休み。いつも通り三人でお昼を食べて、残った時間で私は善子さんに昨日の報告をしに行った。

 話を聞いた直後にシオンさんとネネさんに会ったことを、伝えておいた方がいいと思ったから。


 善子さんはシオンさんたちの目的とそのスタンス、そしてレイくんたちが奪おうとしていた物の話を聞くと、渋い顔をしつつも少しホッとしているようだった。


 善子さんは五年前の件については巻き込まれただけだし、二人が善子さんに対して敵意がないことがわかって安心なんだ。

 それに私に対しても敵というわけじゃないし。

 レイくんに対してはまた思うところが増えたようだったけれど、それは今言っても始まらないことだと飲み込んでいた。


 レイくんに昨日会って色々話したことは言わなかった。

 晴香のことで頭がいっぱいだった私は『魔女ウィルス』周りのことしか聞けなかったし、五年前のことやホワイトのことについて突っ込む余裕はなかったから。


 困ったことがあったら頼ってねと優しく言われて、思わず縋りたくなってしまった。

 善子さんは晴香が魔女だということは知っていても、その死が迫っていることはきっと知らない。

 頼ったら力を貸してくれるかもしれないけれど、私の口からそれを告げることはできない。


 努めて笑顔を保ってお礼を言って、私は善子さんと別れた。

 善子さんには見抜かれていたかもしれない。

 何かを言いたげに、けれど気を使ってくれたのか黙って手を振ってくれた。


 お昼休みもあと少しになっていて、私は足早に自分の教室へと向かった。

 今は少しでも晴香との時間を大切にしたい。

 最後の最後まで晴香を助けるための方法は考えるけれど、でもその方法がないに等しいことは昨日のレイくんたちとの会話で突きつけられてしまった。


 諦めたくはない。でも後悔をしないために。

 晴香と過ごせる日常は、少しだって無駄にしない。


「どうしてあなたが────!!!」


 教室に着いた時、そこは騒然としていた。

 部屋の中の時間が停止してしまったかのように、みんなは静まり返って身を寄せ合っている。

 みんなある一点から取り囲むように距離をとって、息を飲んでその内側を見守っていた。


「どうして……どうして!? 本当は私が────」

「おい落ち着けよ晴香! どうしたんだよ」


 その中心にいたのは晴香だった。

 目に沢山の涙を浮かべて、今まで見たこともないような悲愴的な顔をしていた。

 大きな声を張り上げて、内側からの叫びを吐き出しているようだった。


 そんな晴香を後ろから押さえ込んでいるのは創だった。

 羽交い締めにされながらも、晴香はもがいて声を上げている。

 そして、その先で晴香の叫びを一身に受けていたのは、自分の席に着いている氷室さんだった。


 氷室さんは珍しくその顔を上げて、そのスカイブルーの瞳で静かに晴香のことを見上げていた。

 それは普段の物静かな様子というよりは、戦っている時のようなクールな面持ちだった。


「ちょっと! 一体どうしたの!?」


 のっぴきならない事態に、私はクラスメイトを押し退けて騒動の中心に飛び込んだ。

 氷室さんは私を見るとスッと目を伏せて、晴香はと言えばわっと声を上げて泣き崩れた。


 普段は穏やかで感情的になんてなることのない晴香。

 寧ろ自分の気持ちを押し込んでしまいがちの晴香が、こんなにも感情を露わにしているのはあまりにも珍しかった。


 何があったのかはわからないけれど、でも晴香にとって何か重要なことがあったことはわかった。


「晴香、ちょっと出ようか。ほら、掴まって」


 へたり込む晴香に強引に肩を貸して立ち上がらせる。

 晴香は俯いて、まだ涙を流しながらも私に縋り付いた。

 私と創の二人掛かりで、ようやく立てるくらいに晴香は弱々しくなっていた。


 氷室さんの話も聞きたいところだけれど、今は晴香をここから離すことが先決だ。

 氷室さんに目を向けると、僅かな動きで頷くのが見えた。氷室さんとは後で話せばいい。

 それに、氷室さんはこれくらいのことで動じなさそうだし、大丈夫だ。


 みんなの奇異の目を掻い潜るようにして、私たちは教室を出た。

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