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28 大人の場所

 正直、ここで話すことがダメな意味がよくわからなかった。

 適当なことを言って私を住処に連れ込みたいだけかもしれない。

 でもレイくんの住処に行くということは他の二人にも会うことになるわけで、それはそれで得られる情報が増えるかもしれない。

 アゲハさんと顔を合わせるのはなんだか気まずいけれど。


 でも『魔女ウィルス』による死を克服することについて知ることができるのなら、今は細かいことを気にしている場合じゃない。

 レイくんが私に危害を加えることはないし、私に無理強いをしてこないことはわかってる。

 アゲハさんのように私に手を出してくるワルプルギスの魔女もいるだろうけれど、レイくんといればその点は安心だろうし。


 私がワルプルギスの魔女の住処に行くなんて知ったら、氷室さんは卒倒してしまうだろうけれど。

 今は背に腹は変えられない。晴香が生き残る道を見つけるのが先決だから。


 レイくんの誘いを受けることにして、私たちはしばらく歩いた。

 駅の方まで来たかと思うと通り過ぎて、一気に閑散とした街外れまで出る。

 夜子さんのように廃ビルみたいな人気のないところに潜んでるのかな。


 取り留めのない会話をぽつぽつとしながら、レイくんについてしばらく歩いて。

 そして、辿り着いた。私はそこが目的地だなんて到底思わなかったけれど、レイくんが足を止めたんだからそうなんだろうと思うしかなかった。


 その建物は私も知っていた。

 まるでどこかのテーマパークから持ってきたみたいな場違いな建物。

 西洋のお城をモチーフにしたような、お伽話の中のお城のような奇抜な建物。

 壁にはいたる所に煌びやかな電飾が取り付けられていて、静かで暗い夜の街を煌々と照らしている。


 ここがどんなところなのかは、知ってる。

 ここは大人が来る場所だ。

 未成年の、まして十七歳の女子高生である私が来て良い場所ではない。


「あの、さ、レイくん。まさかとは思うけれど……」

「ここだけど?」


 恐る恐る尋ねてみれば、レイくんはあっけらかんと答えた。

 何か問題でもある?と聞きたげですらあった。


「だ、騙したの!? 住処に連れてくとか言って、私をこんなところに連れ込もうだなんて……!」

「ちょっとちょっと、騙したとは人聞き悪いなぁ。僕は本当のことしか言ってないよ。僕たちは今ここに住んでるんだ」

「住んでるって……! レイくん、ここが何だかわかってるの!?」


 よく考えてみればレイくんは向こうの世界の人だし、もしかしたらこの建物の意味をわかっていないのかもしれない。

 そんな微か過ぎる希望に縋って尋ねてみた。


「知ってるよ。ラブホテルでしょ?」

「ハッキリ言わないでよー!!!」


 わかってる。知ってた。

 レイくんのことだからわかってるって知ってた。


 ラブホテル『わんだ〜らんど』。

 加賀見市内唯一のラブホテルだから、まだ高校生で使う機会のない私だってその存在は知っている。

 まさかここに来ることになるなんて思ってもみなかった。

 というか入りたくない。こんなところに入ってしまったら、レイくんに何されるかわかったものじゃない。


「さて、じゃあ入ろうか」

「嫌だよ! やだやだやだ! こんな所入りたくない!」


 こっちの気も知らずにさらっとそう言って手を引くレイくんに、私は必死で抵抗した。

 私にはまだ早すぎる。まだキスもしたことのない私にこの建物は早すぎる!

 そもそもさっきキスをするしないの話をしていたばかりなのに、なんでそこから全部すっ飛ばして、こんなゴールみたいな所に入らなきゃいけないの!?


「まぁまぁアリスちゃん。ちょっと休憩するだけだと思ってさ。僕、何もしないからさ」

「うるさーい!」


 それは何かするつもりがある人の言葉だ。


「まぁ冗談はさておき。この建物の一室に居を構えているのは本当なんだよ。入らなきゃ話もできないだろう?」

「…………」


 話ならここに入らなくてもできるんじゃないのかと、はじめの疑問に戻りそうになったけれど、それも堂々巡りだ。

 ここまできたら覚悟を決めないといけないかもしれない。


 仕方なく諦めて抵抗しなくなった私を見て、レイくんは可笑しそうに微笑みながら私の手を引いた。

 誰かに入るところを見られるんじゃないかと気が気じゃなかったけれど、深夜ということもあってか周りには誰もいなかった。


 自動ドアを潜って中に入ってみると、無人のロビーが広がっていた。

 その静寂が、何だか後ろめたいことをしている気持ちを掻き立てる。


 少し広めの大理石を模したタイル張りのロビーには、手元しか見えないような小さな受付窓口があった。

 けれどその向こう側は暗くて無人だった。


 窓口の横には、沢山の写真が並べられた大きなパネルが壁一面に広がっている。

 その写真は全てベッドを含めた客室の様子が写った物で、その下にはそれぞれ部屋の番号とボタンがある。

 ボタンには光っている物とそうじゃない物があった。けど、その意味は考えないようにした。


 窓口を通り過ぎると小さめのエレベーターがあって、私たちはそれに乗り込んだ。

 二、三人しか乗り込めなさそうな小さなエレベーターだった。

 レイくんが地下一階のボタンを押して、静かにエレベーターは降った。


 建物に入ってからのこの静寂は、建物全体が醸し出している密やかにしなければいけないという雰囲気からなるものだった。

 病院や図書館に入った時の静かにしなければならない雰囲気に似ているけれど、でも全く違う。

 この雰囲気を言葉にできないのは、私がまだ子供だからかもしれない。子供のままで、いたい気がした。


 地下一階で降りてみると、そこには扉が一つしかなかった。

 扉には英語でおしゃれにパーティルームと書いてある。

 こんな所にパーティルームなんてものがあるんだ。

 ここでパーティって、一体何をするのかは……考えない方がいい。


「さぁ、ようこそアリスちゃん。僕らの仮の住まいへ」


 レイくんが楽しそうに笑みを浮かべながら扉を開けた。

 薄暗い照明で部屋の中はよく見えなくて、私は恐る恐る部屋の中に入った。


 この建物の、そしてこの部屋そのものの雰囲気と、ここにはワルプルギスの魔女がいるという緊張感に汗がジワリと滲んだ。

 特にアゲハさんがいると思うとちょっぴり怖かった。

 あれだけの戦いをして、私自身ではなかったといえ物凄い怪我を負わせてしまった。

 アゲハさんはきっと私のことを快く思っていないだろうし。


 でもここまで来て臆してもいられない。

 私は勇気を振り絞って、淡く暗い部屋の奥に足を踏み入れた。


 一番最初に目の入ったのは、数人で寝転んでも余裕のありそうなピンク色の派手なシーツのベッド。

 そして、そこに全裸でうつ伏せに寝転んでいるアゲハさんだった。

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