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20 当たり前でしょ?

 詳しく話を聞く前に、のぼせちゃうからと晴香にお風呂を上がることを提案されて、私は頷くしかなかった。

 こんな時なのに。晴香の大切な話をしてる時なのに。こんな時でも晴香は私を気遣う。

 私のことなんていいのに。もっと自分のこと考えて欲しいのに。


 でもこのままお風呂に浸かったまま話を続けるわけにもいかないのは事実で、私は晴香に促されるままに浴室を後にした。

 バスタオルで体を拭いている時も、服を着ている時も、晴香は何も言わなかった。

 話を切り出した時は不安そうな顔を見せていたのに、今は何事もないような顔をしている。


 話して少し気が楽になったのか。それとも私に気を使っているのか。

 多分後者なんだろうと思って、ドライヤーで髪を乾かしてあげる時、少し乱暴に髪を掻き回した。

 八つ当たりのつもりはないけれど、こんな時でさえ私に気を使ってくれている晴香に、ちょっぴり抵抗したくなってしまった。私が頼りないのがいけないんだけれど。

 晴香は少し眉を下ろして、けれど何も言わずに私の手を受け入れていた。


 しかっりと服を着て、お互いの髪も乾かし終えてから、私は晴香の手を取って部屋まで連れた。

 ベッドにぐいっと座らせて、私もその隣に腰を下ろす。

 ぴったりと身を寄せ晴香の手を握って、真っ直ぐにその目を見た。


 乾かしたばかりのふわっとした栗毛からは、うちのシャンプーのいい香りがした。

 お風呂上がりで少し赤らんだ頰や、少し湿った息遣いを間近に感じる。

 今ここにこうして普通に存在している晴香が、いつ死んでもおかしくない状態だなんて、全く実感が湧かなかった。


「五年前の夏って、言ったよね」

「うん」


 怖かったけれど、私は勇気を振りしぼって切り出した。

 その言葉に晴香は少しだけ俯いて頷いた。


 五年前の夏。その頃のことといえば、聞いたばかりの話がある。

 それは善子さんが魔女になった時期と同じだ。

 善子さんはその時、シオンさんとネネさんとレイくんたちの戦いに巻き込まれて、魔女になった。


「晴香は、善子さんが魔女だってこと、知ってるの?」

「うん、まぁね。魔女は魔女の気配がわかるし。魔女としての交流は特別しなかったけどね」

「じゃあ、晴香も善子さんと同じように戦いに巻き込まれて……?」


 善子さんにとっては壮絶な一ヶ月間だったと言っていた。

 もしかしたら、晴香も同じような目にあっていたのかもしれない。


 私が恐る恐る尋ねると、晴香はゆっくりと首を横に振った。


「私はそのことに直接は関わってないよ。そういうことがあったってことを後から聞いただけ。善子さんがそれに巻き込まれていたってことも後から知ったし、善子さんとそのことについて話したこともないの」

「じゃあ、晴香はあの事とは無関係なんだね?」


 晴香は困ったように笑った。

 なんて説明するべきかと迷うように眉を寄せる。


「関係は……あるの。その騒ぎそのものに関わっていないだけでね」

「どういうこと?」

「……アリス。今更だけど、私全部知ってるの。アリスのこと」


 晴香にそう言われてハッとした。

 晴香の口から魔女のことなんかが当たり前のように出てくるから普通に話していたけれど、何故晴香は普通にその話を私にするのか。


 魔法を扱う者は、魔女や魔法使いの気配を感知することができる。

 そして魔女は、お姫様である私のことを認識することができる。

 だから五年も前から魔女だった晴香は、ずっと私が何者なのかを感じ取っていたんだ。


「五年前、私はある人に魔女にしてもらったの。その時、その人からアリスのことを聞いたの。アリスがとても強大な力をその身に宿していて、あっちの世界、『まほうつかいの国』でお姫様と呼ばれていることを」

「魔女にしてもらった……? 感染したんじゃなくて? それにある人って誰?」

「方法はよくわからないけれど、意図的に『魔女ウィルス』に感染させる方法が、その人にはあるみたいなの」


 晴香の言葉に私は驚愕を隠せなかった。

 人を死に至らしめる殺人ウィルスを、意図的に感染させることができるなんて。そんなことがあっていいの?

『魔女ウィルス』はその正体がなんなのかも判明していないと聞いていたけれど、そんなことができるのだとしたら、その人はその秘密を何か知っているのかもしれない。


「その人は、何者なの……?」


『魔女ウィルス』の秘密について何か知っているかもしれない人。

 そして私の大切な幼馴染を魔女にした人。

 見過ごすわけにはいかない。


 私の質問に、晴香は答えにくそうに目を逸らした。

 握る手に少しだけ力を入れて、おずおずと口を開く。


「アリス、あのね…………その人は────その時私には……ホーリーって名乗ったよ」

「…………!」


 ホーリー。ロード・ホーリーだ。

 さっきシオンさんたちから聞いたばかりの名前で、まだ記憶に新しい。

 魔女狩りを統べる四人のロードとかいう人たちの一人で、私の身を案じているらしい人。


 でもロード・ホーリーだって魔法使いのはず。

 なのにどうして晴香を魔女にすることができるの?

 そもそもどうして晴香を? なんの関係もないはずなのに。


 混乱している私を見て、晴香は優しく微笑んだ。


「五年前の夏、あの人はある物の隠し場所を探してた。その時私は出会って、アリスのことを聞いたの。そしてアリスを守るためには、それをしばらくの間誰の目にも触れない所に隠さなくちゃいけないんだって。ずっとじゃなくてもいい。けれどできるだけの間、安全に隠しておける場所が必要だって」


 ロード・ホーリーが隠したがっていた物。

 シオンさんたちは言っていた。彼女たちは鍵の封印の任務についていたけれど、レイくんたちに邪魔されて、最終的にはその鍵をロード・ホーリーに託したって。

 つまり、ロード・ホーリーが隠したがっていたのは、私の魔法を解くための鍵だ。


「隠す場所はどこでもいいわけじゃなくて、アリスの身近じゃないといけない。けれど安易なところには置いておけない。それを狙っている人がいるから、常に誰かの手で守っている必要があるって。アリスの、身近で」


 未だ見えてこない話に私が首を傾げていると、晴香はそっと私の頭を撫でた。


「あの人は私に、それを守って欲しいと言ってきたの。アリスを守るために力を貸して欲しいって。私は迷わなかったよ。アリスの話を聞いて、私にできることがあるのなら何でもしたいと思った。私の大切な幼馴染を守るためなら、助けるためならって。でもあなたの封印を解くための鍵だというそれは、それ自体がとても強力な物だから、普通の人間では持っていられない。だから────」

「まさか……!」


 私は思わず飛びついた。

 私の不意打ちに、晴香はそれを受けきれずにベッドに倒れこんだ。

 私は晴香に馬乗りになるような体勢になってしまった。

 けれど、そんなことはどうでもよかった。

 だって、それはつまり……。


「鍵を守るために、私は魔女にしてもらったの。魔女になれば、その鍵を抑え込んで守ることができるから。いずれ死が訪れるとしても、来たる時まで守っておくことができるのなら、それがアリスのためになるのなら、私はそれでいいと思ったの」

「どうして……どうして、そんな……!」


 私のために、私を守るために晴香はいずれ死んでしまう運命を受け入れた?

 私なんかのために、命をかけた?

 そんな……そんなことってあんまりだ。

 なんで、どうして。私を守るために晴香が死なないといけないの?

 そんなの……おかしい……!


「どうしてって……当たり前でしょ?」


 私の下で晴香は微笑んで、伸ばした手で私の頰をそっと撫でた。


「だって、アリスのこと大好きだもん」

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