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18 ロードの策略

 ────────────




「くそが!」


 瓦礫を吹き飛ばして這い出したD8は、八つ当たりのように近くの瓦礫を魔法で爆破させて叫んだ。

 もうアリスたちはこの場にいない。完全に取り逃がしてしまった。


「落ち着いてD8。喚いたって始まらない。これは完全に私たちの力不足だよ」


 続いて這い出したD4も、唇を噛みながら言った。

 失敗するなんて思いもしていなかった。そもそも、魔女が邪魔をしてくることそのものが想定外だった。

 魔法使いにとっての花園 アリスの有用性を、魔女が知っているなんて。

そしてそれが同時に、魔女にも同じことが言えるということを知っているなんて。

そんなことは、彼らには想定外だった。


 そもそもの話をすれば、あちら側に魔女が存在すること自体を、彼らは把握できていなかった。

 そんなことなど考えもしなかった。だから警戒のカケラもなく、アリスを迎えに行ったのだ。

 それがまさか、この城まで乗り込んでくることになるなんて。


「落ち着いてられるかよ! これでまた振り出しだ! もう一度、俺たちが迎えに行ける確証なんてないんだぞ!」

「それでもだよ。焦って機を逃したら元も子もない。何のために私たちが魔女狩りになったのか、それはあなたも覚えているでしょう? こんなところで台無しにしてしまうわけにはいかないよ」

「けど……!」

「D8、これは命令。魔女狩りとしては、私はあなたより立場が上なんだから。聞き入れなさい」


 D8は舌打ちを打って、足元の瓦礫を蹴飛ばした。

 一部が崩壊した城は、元々の無人も相まって、一層の悲壮感を醸し出していた。


「なぁ────アリア」


 D8は背を向けてタバコに火をつけながら、少女の名前を呼ぶ。


「俺たちは、あの日に戻ることができるんだろうか」

「そのための今までだよ、レオ。目先の失敗なんて関係ない。最終的にアリスを救うことができれば、必ず……」


 D4の返答に、D8は応えなかった。


 本来姫君の救出は、魔女狩りの仕事ではなかった。

 それを二人は、あらゆる手を使った根回しによって獲得した。


 これは本来王族特務の仕事であり、親友である二人であるからこそ、特別に許された任務だった。

 それを失敗に終わらせた責任は重い。しかし無理にその失敗を挽回しようとすれば、更なる過ちを犯してしまう可能性がある。

 そのリスクを犯すよりも、より堅実に本来の目的のために動いた方がいい。そう思うようにしたとしても、やはり目の前で手を離れていってしまった喪失感は大きかった。


「それにしてもあの剣。お前はどう思うよ」

「『真理の(つるぎ)』、ね。確かに、何も知らない今のアリスが使えるのはおかしい。今のあの子に、あの剣を使う資格はないはずだもの」

「思い出しつつあるのか、それとも何か違う原因があるのか。どっちにしろ、あの剣が使える以上、野放しにはできねぇよ」

「うん。次の策を考えないといけないね」


 その時、人影が二人に近付いた。

 誰もいないはずの無人の城に突然現れたその人物に、二人は飛び上がった。


「みすみす逃したな。なんだ、この体たらくは」


 溜息混じりにそう溢したのは、白いローブをまとった金髪の中年の男だった。

 その身なりと顔からは、貴族のような気品が感じられる。

自らの力と地位に、絶対の自信を持っているかのように堂々としたその姿は、人の上に立つ人物のものだった。


「ロード・デュークス……! いらしていたのですか」

「勿論だともD4。何せ君から報告を受けていたからな。姫君を無事保護した、と」

「確かに保護し、この城まで連れてまいりましたが、侵入者に拉致を許してしまいました……」

「ああ。見ればわかる。それにしても、魔女か……忌々しい」


 ロード・デュークスは眉間にシワを寄せて、嫌悪感を露わにした。


「まったく、私の身にもなってみろ。王族特務の任務をお前たちの元にやるのに、どれだけ私が手を煩わせたと思っているんだ。姫君の帰還が叶わないどころか魔女に拉致されるなど、これは沽券に関わる問題だ」

「申し訳、ございません……」


 D4とD8はただ頭を下げることしかできない。これは明らかな責任問題。

 魔法使いとしての地位と、魔女狩りを統べる者の一人としての立場が、ロード・デュークスにはある。

 姫君の奪還の失敗は、個人の魔法使いが取れる責任の範疇を超えている。


「こんなことならばこんな無人の城などではなく、真っ先に私の屋敷にでもお送りするべきだったのだ」

「それは……ここは彼女にとって思い出深い場所。心と記憶を整理するには、この場所が最適かと思いまして」

「うむ。まぁ、お前のその判断は間違ってはいない。しかし警戒を怠ったのはお前の落ち度だ。だがよもや、魔女風情がこの城に侵入するとはな。それ自体は私にも予想外だった。しかも一人────」


 その口にした時、ロード・デュークスの表情が険しく歪んだ。

 それを見た二人は額に流れる汗を感じながら、ただじっと次の言葉を待った。


「……確認だ。この城に侵入した魔女は、一人か」

「はい。単身にも関わらず、侵入と逃亡を許してしまいました」

「そうか。ではもう一つ聞こう。魔女の痕跡が二つあるが、これがどういうことかわかるか」

「……!」


 予想外の言葉に、二人は動揺を隠せなかった。

 確かに侵入者は一人だけ。魔女は一人しかここへは来ていない。

それだというのに、残る魔女の痕跡は二つ。それが示す意味は一つ。


「あぁ……何と嘆かわしい。よもやこんなことになってしまうとは」


 大仰にそう言うロード・デュークス。

それは、どこかわざとらしくもあった。


「まさか! まさかロードは、あいつが魔女になったって言うんですか!」

「そのまさかだD8。ここに残る痕跡は明らかに二人分。お前たち二人を除いてしまえば、該当者は明らかだ。嘆かわしくも我らの姫君は、『魔女ウィルス』に侵されてしまったということだ」

「そんなバカなっ……」


 そう否定しつつも、D8には心当たりがあった。

 アリスと戦っている時、彼女は剣以外にも魔法を使っていなかっただろうか。


「誠に残念だが、こうなってしまっては状況が変わる。姫は魔女に堕ちてしまわれた。そうなれば、我ら魔女狩りとしてはすることはただ一つ」

「待ってくださいロード! それは────」

「例外はいかなる場合も許されない。こと魔女においては、絶対にだ。私とて心苦しい。麗しの姫君に対する仕打ちとしては、あまりにも嘆かわしい。しかしそうせねばなるまい。私たちは、魔法使いなのだから」


 ロード・デュークスは二人に背を向け、静かに言った。

 決して聞きたくはない言葉を。


「姫君を討つほかない。我ら魔女狩りはその使命の元、魔女へと変貌した姫君を討つ。早急に手筈を整えなければ」

「待ってくれよロード!」


 まるで掴みかかるような勢いでD8は食らいついた。


「まだそんな確証はない。まず俺がもう一度アイツの所に行って、確かめてからでも────」

「D8。君も魔法使い、魔女狩りならばわかるだろう。これは明らかに魔女の痕跡だ。この城、この場所で魔法を使った魔女は、確実に二人いる。その二人が誰なのかは、直接対峙した君ならわかると思うがね」

「それは……」


 冷淡な言葉とは裏腹に、ロード・デュークスの表情にはやや温かみがあった。

 彼は冷徹でもなければ非道でもない。D8の言わんとしていることはわかっている。

 それでもなお、ロードとしての立場でD8を諭す。


「君の気持ちはわかるとも。姫と親交の深かった君が、それを受け入れたくないことも。しかし、だからこそ君は、魔女狩りとしての職務を全うするべきだ」

「なら、ならせめて俺に行かせてください!」

「悪いがそれはできない。君たちはすでに奪還を失敗している。その君たちに姫討伐の任を下すことは、流石の私でも無理だ。私にも立場というものがある。だがまぁ、安心しろ」


 ロード・デュークスは薄い笑みを浮かべて二人を見た。

 その顔は、姫の悲劇を嘆く顔では、決してなかった。


「これで今回の失敗はほぼ帳消しだ。何せ、姫君は魔女になってしまったのだから。前提が崩壊する。もうそれどころの話ではないからな」

「…………!」

「それに、どちらにせよもう姫君は必要ない。既に姫がおらずとも計画に支障はなくなった」

「ロード、それは一体どういう……」

「わからないかね、D4」


 その顔は、この状況を楽しむかのようだった。


「むしろ姫など、死んでくれた方が良いというわけだ」




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