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16 何気ないひと時

 結局また家まで送ってもらって、何度もお礼を言ってからその背中を見送った。

 氷室さんと話せてよかった。まだ不安は残るけれど、少しは自分のことについて気持ちを固められた気がしたから。


 私一人じゃ何にもならないかもしれないけれど。でも私に寄り添ってくれる友達がいるから。

 それは氷室さんだけじゃない。ありがたいことに、私の側にいてくれる友達は沢山いる。

 その心を感じていれば、きっと私は自分を見失わずに何にだって立ち向かえる。


 そう、思えるようになった。


「アーリス」


 氷室さんの姿が見えなくなって、家に入ろうとした時、聞き馴染みのある声に呼び止められた。

 振り返ってみれば、晴香がにっこりと微笑んでいた。


 さっき晴香の部屋で話した時と同じ寝間着姿。

 少し青白かった顔には赤みがさしていて、寧ろ少し熱っぽくも見える。

 でもその表情は穏やかで、私の顔を見てふにゃっと笑った。


「晴香。大丈夫なの? 出歩いたりして」


 私は駆け寄ってそのおでこに手を当てた。

 熱っぽくは感じないけれど、でも平熱よりは温かい気がする。

 心配して目をやる私に、晴香は照れるように笑った。


「もう大丈夫だよ。心配かけてごめんね」

「それはいいけど、でもどうしたの?」


 具合はもういいとはいえ病み上がりだし、今日のところはゆっくり休んでいた方がいいと思うけれど。

 けれど晴香はそんな私の気持ちなんてお構いなしに、甘えるように身を寄せてきた。


「今日、泊まっちゃだめ?」

「え? 別にいいけど……」


 どうして急に、と言いかけて思い出した。

 そもそも今日は、晴香の話を聞いてあげる約束だった。

 晴香が学校を休んだりして、放課後に出かける約束自体は無くなってしまったからうやむやだったけれど。


 そもそも晴香は一昨日の時点から、私に話したいことがあったんだ。

 だとしても、病み上がりの状態でくるのはどうかと思うけれど、今は晴香の気持ちを優先した方がいいかもしれない。

 それに晴香自身がもう大丈夫だと言っているし、確かに特別具合が悪いようには見えない。

 だから今は一度した約束を守る方が先決だと、そう思った。


「もう仕方ないなぁ。ご飯は?」

「まだぁ。アリスの手料理を振舞ってもらおうと思って!」


 私が中へ促すと、晴香は嬉しそうにニコッと笑ってついてきた。

 手料理って言われても、今は大したもの作れないけどなぁ。


 高校生になってからお母さんが家を空けることが多くなって、そのお陰で最低限の家事スキルはあると思う。

 料理もできるだけ自分で作るようにしているから、一応人に出しても恥ずかしくないものは作れると、多分思う。


 昨日の残り物でもあればよかったんだけれど、そう都合よくもいかなかった。

 晴香を待たせていることだしさっさとできた方がいいかと思って、オムライスと簡単なサラダを作って出した。

 凝ったものを作れと言われれば、レシピと睨めっこして時間をかければできなくはないけれど。

 でも今からそんなことをする時間の余裕も体力もないし、相手は晴香だし。


 それに、晴香は出したものに文句を言う子ではない。

 寧ろ味覚はちょっと子供っぽいから、オムライスとかの一品ものは好きな方。

 お店で出るようなふわとろではないし、だからといってきっちり巻いてあるわけでもない。

 簡単なチキンライスに卵を被せただけのオムライスでも、晴香はとても喜んでくれた。


「そういえば、さっき一緒にいたのって氷室さん?」

「え? う、うん。そうだけど」


 オムライスを頬張りながら、不意にそんなことを言ってくる晴香。まさか見られていたなんて。

 別に一緒にいたことそのものは後ろめたいことではないけれど、してきたことがしてきたことだしなぁ。

 魔法使いとお話をするのに同行してもらっていた、なんて言えないし。


 なんとも歯切れの悪い返事になってしまったけれど、晴香は別段気にしていないようだった。

 ふーんと平然と言いながら、スプーンでオムライスを掬う。


「最近、なんだか氷室さんと仲良いよねぇ。一昨日だってお泊まりしてたでしょ?」


 晴香に指摘されて、そういえばそんな言い訳をしていたことを思い出した。

 一昨日の夜は夜子さんの廃ビルにみんなといて、状況も状況だったしとても帰れる状態じゃなかった。

 その時のとっさの言い訳で、確かにそんなことを言った。


「何だか嫉妬しちゃうなぁ。氷室さんにアリスのこと取られちゃったりするのかな?」

「何言ってんの。別に私は晴香のものでもないし。それに氷室さんと仲良くしてるからって、晴香と仲良くしないわけじゃないんだから」

「まーそうだけどー」


 何が不満なのか口を尖らせる晴香。

 別に本気で嫉妬しているわけじゃないんだろうけれど、でも何か言いたげだった。


「ま、アリスが誰と仲良くしても、アリスの幼馴染は私だけだけどね」

「創もいるよ」

「そこ突っ込まないでよー! 雰囲気で言いたいことわかるでしょー!?」


 わざとらしく不敵に微笑んで見せた晴香に、私は無情なツッコミを入れた。

 それに晴香はぷっくっと怒りを示した。


 嫉妬と言うほどではないにしろ、ここ数日で急激に仲良くなった私たちに思うところはあるのかもしれない。

 それはきっと悪い感情ではないんだろうけれど、でも気になってしまうんだ。

 その気持ちはわかる。私だって自分の知らないところで晴香がすごく仲の良い友達を作っていたら、きっと気になって仕方なくなってしまう。


「晴香も氷室さんと仲良くしてくれると嬉しいな。今度のクリスマスパーティーは一緒にやるわけだしさ。これを機に、ね?」

「そうだね。アリスの友達は私の友達だし」


 そうニコッと頷く晴香。

 けれどその一瞬後、ほんの少しだけその顔が陰ったような気がした。

 私の見間違いかもしれないけれど。でも、今の会話の中に何か引っかかることでもあったのかな。


 何だか突っ込んで聞く雰囲気でもなくて、私は言い出せなかった。

 ほんの一瞬のことだったし、私の見間違いの可能性の方が大きいとも思えた。

 美味しそうにオムライスを食べてくれている晴香を見ると、尚更そう思えた。

 だから下手にまぜっ返すことはできなかった。


 結局、それからはクリスマスパーティーについての話になった。

 日取りは案外迫っていて、考えておかなきゃいけないことは多い。

 そもそもどこでやるかも決まっていなかったし。

 あの話をしてから私は色々あったから、そんなことを考えている暇なんてなかった。


 でもこんな風に晴香とありふれた日常の会話をしていると、やっぱりこの日々を失いたくないと思った。

 普通の女子高生と変わらない、どこにでもある風景。

 それがとても尊く思えて、そしてかけがえがないと思えた。

 晴香たちと過ごすこの日々を、絶対に失いたくないって。


 晴香と二人で色々と計画を練っているうちにご飯を食べ終わって、晴香と一緒に後片付けをした。

 甘いコーヒーを淹れて、ソファーに座って一緒にテレビを見る。

 ここ数日の非現実的な日々がまるでフィクションだと思えるほどにとても何気ない時間で、それがとても楽しかった。


「ねぇアリス」


 マグカップは空になって、見ていたテレビ番組もきりよく終わった頃。

 私の肩に頭を預けるようにもたれかかってきていた晴香が、上目遣いで口を開いた。


「久しぶりに、一緒にお風呂入ろうよ」


 突然の申し出に、私は目を白黒させてしまった。

 でもその少しトロンとした上目遣いの目には何だか逆らえなくて、私は口をもごもごさせながらも頷いた。

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