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15 心の繋がりを

 ひとしきりの話を終わらせた私たちはお店を後にして、丁寧にお辞儀するシオンさんとニコニコと手を振るネネさんを見送った。


 彼女たちがどこへ行くのかはわからないけれど、街中にはそぐわない軍服姿の背中には特に迷いはなかった。

 もう少しこの世界にいることになるんだろうし、拠点を用意しているのかもしれない。

 流石に街中で野宿はしないだろうし。


「来てくれてありがとう」


 二人の姿が見えなくなって、私たちも帰路につこうと歩き出してから、私は言った。

 氷室さんはそんな私を静かに目を向けて、そっと首を横に振った。


「私、全然事の重大性がわかってなかったみたい。のほほんとなんて、してられないよね」


 友達を、日常を守るために戦う。そんな漠然とした覚悟しかなかった。

 それがどんなことなのかを理解していなかった。

 これまでと変わらない日々を過ごして、やってきた敵を追い返せばいい。そんな風に呑気に考えていたのかもしれない。


 今の私にはどうしても実感が湧かないけれど、私というお姫様はどうしようもなく求められるものなんだ。

 それは魔法使いも、ワルプルギスの魔女も同じで。

 私自身が思っている以上に、私の力は必要とされている。


 だから血眼になって、必死になって全力を尽くして私を手に入れようとしてくる。

 それらに抗って自分の生き方を貫こうとするのなら、私も正面から戦う覚悟をしなくちゃいけないんだ。


「花園さんは、今のままでいいと……私は思う」

「え?」


 少し俯き気味に、消え入りそうな声で。けれどそれは確かに私向けられた言葉だった。

 氷室さんの細く冷たい指が私の手に弱々しく絡まる。


「運命や、宿命や、力や、過去。そういったものに翻弄される必要は……私は無いと思う。花園さんは花園さんのままで。あなたらしくいることが、最終的には大切だと、思う」

「氷室さん……」


 控えめに、けれど確かな意思を持って言う氷室さん。

 相手の事情や、他人が決める私の価値を気にするんじゃなくて、私がどうありたくてどうしたいのか。

 きっと氷室さんが言いたいのはそういうことだ。


 敵が来るから戦うのか。求められるから拒むのか。

 そうじゃない。それそのものが私の望みなわけじゃない。


 私は自分のこれまでの生活を壊したくない。

 大好きな友達と楽しい日々を過ごす日常を侵されたくない。

 何の取り柄もない私だけれど、だからといって特別になりたかったわけでもない。


 私は私のまま、これまでと変わらぬ日々を過ごしたいだけなんだ。


「やっぱり、私は氷室さんがいなきゃダメだなぁ。氷室さんがいてくれるから、私頑張れるよ」


 精一杯の感謝を込めて笑顔を向けると、氷室さんは少しビクリとしてから恥ずかしそうに俯いた。

 けれど、その手は放さない。


「友達、だから……」

「うん。ありがと」


 弱々しても、でもその指はしっかりと私の手を掴んでいた。

 戦ってる時はカッコよくて頼りになるけれど、普段は消極的で内気な氷室さん。

 でも、いつだって私の心に寄り添ってくれる。

 とっても大切な友達だ。


「氷室さんは、私が記憶と力を取り戻すこと、どう思う?」

「……必要があるのではあれば、仕方ないと思う」


 必要がなければ取り戻さない方がいいと、そう言っているようにも聞こえた。

 でも、そういうわけにもいかないってことを、私も氷室さんもわかってる。


 かつて『まほうつかいの国』でお姫様と呼ばれていた時の記憶と力を取り戻して、それで終わりにはきっとならない。

 私を取り巻く状況全てを解決するためには、きっとその先へ。私の力そのものだと言った彼女を引き出さないといけなくなる。

 私の中に眠るという魔女。彼女と、向き合わなきゃいけなくなるんだ。


「あのね、氷室さん。実は私、昨日ね────」


 私は思い切って、昨日の戦いの中、心の奥底であった出来事を氷室さんに話した。

 突拍子も無いような話を、氷室さんは黙々と聞いてくれた。


 みんながお姫様の力と呼ぶものは、私の心の中にいる魔女の力だということ。

 私自身は実は魔女じゃないらしく、全てはその魔女から来るものだということ。

 私の中に、彼女という私じゃない誰かがいるということ。


「かつての記憶と力を取り戻すだけならまだしも、その先にはまだ得体の知れないものがある。かつての私も知らないような、底知れない何かがある。そもそも私の中に私じゃない誰かがいる。それがどうしようもなく気持ち悪い」


 探り探り言葉を選びながら話す私に、氷室さんはまっすぐ目を向けてきた。

 その表情は相変わらずのクールさ。けれどその瞳は微かに揺れていた。


「かつての私の記憶を取り戻すだけなら、まだどっちも私自身。けど、私の中にいる彼女は私とは別物の存在。もし力を取り戻して彼女の手が届くようになった時、どうなるんだろうって気持ちはあるんだ」


 彼女が何故私の中にいて、どういう思惑で眠っているのかはわからない。

 私の力として私の中にいる彼女は、一体何者なのか。その力は結局何なのか。

 その全てを引き出した時、私はどうなるのか。それが怖かった。


 でも、いつかは必要になる力。避けては通れない運命だ。

 私はこの力を持って生まれてしまった。

 私が私として生きる以上避けられないものだ。


「あなたは、きっと負けない」


 氷室さんは静かに言った。

 それは呟きのような、でも確かに私に向けた言葉。


「あなたは強い心を持っているから。あなたが自分自身を信じていれば、あなたの心はきっと、砕けない。そしてあなたの強みは、沢山の心と繋がることができること……だと、私は思うから。その繋がりがあなたをもっと、強くする」

「…………」

「あなたの中に眠るものは、きっと強大。それが何なのかは、わからないけれど……でも、沢山の心と繋がるあなたなら、それを受け入れることも、跳ね除けることもできると、私は思う。だから、あなたが望まないのであれば、それを受け入れないことだってできる」


 受け入れたくないものを無理に受け入れる必要はない。

 過去の記憶も、そしてその先に待ち受けているものだって。


「でもこの先、どうしても必要になる時が来るかもしれない。だから私は……」


 そこまで言って氷室さんは私の顔を伺うようにちらりと見た。何かを言いあぐねている。

 私は努めて穏やかな顔をして、氷室さんにその先を促した。

 そんな私を見て、氷室さんはおずおずと再び口を開いた。


「何を得たとしても、今を見失わないで、ほしい。私は……今の花園さんが……好き、だから」


 私は思わず立ち止まってしまって、数歩前に進んだ氷室さんは繋いでいた手につっかえた。

 氷室さんは慌てて顔を背けて、その黒髪で顔を隠してしまった。

 でもその手だけは、どうしようもなく強く握られていて。


 思いがけない言葉に全身の力が抜けそうになった。

 そこまで大切に思ってもらえているなんて、考えもしなかったから。


 私も今の方が大切だって、ずっとそう思ってる。

 けどいざ過去の記憶を取り戻した時、そこにとても大切なものがあって、もしそっちを選んでしまったらって。それが怖かった。

 その先にある強大な何かに、押し潰されてしまうことを拒むことができなくなるんじゃないかって、怖かった。

 魔法使いもワルプルギスも、過去の私を、力を引き出した私を必要としてる。


 でも、私以外にも今の私を望んでくれる人がいるのなら。

 記憶や力や、それによる運命よりも、今の私を必要としてくれる友達がいるのなら。

 私はその時、選択を間違えないでいられるかもしれない。負けないでいられるかもしれない。


 私から逃げるように顔を背ける氷室さんを、その手をぐいっと引き寄せて、思いっきり抱き締めた。

 華奢な体が一瞬ビクリと震えて、けれど弱々しく私の肩に頭を預けてきた。

 私はその体を力一杯抱きしめて、氷室さんは何も言わずに私に身を委ねてくれた。


「私、負けないよ。自分に負けない。忘れたものがあっても、それを通り抜けて今の私があるんだから。奥底に何があったって、今を生きているのはこの私なんだから。氷室さんが守ってくれて寄り添ってくれて、そして、好きでいてくれる私を、私は貫くから」


 怖いのは私だけじゃない。

 氷室さんもまた、私が私じゃなくなるかもしれないことに怯えてくれている。

 だからこそ全力で守ってくれている。

 友達の私は、そんな氷室さんを安心させてあげられるように、正しい選択をしないといけないんだ。


「ありがとう。氷室さん」


 友達がいるから私はここにいる。友達が私を強くしてくれる。

 だから私を必要としてくれる友達がいる限り、きっと私は自分を見失わずにいられるはず。

 何があっても。何が訪れようとも。

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