13 友達がいてくれるから
「今回私たちが遣わされたのは他でもなく、あなたの目覚めを見届け、必要があればその後処理をするためです」
「目覚め……?」
思わず聞き返してしまった私にシオンさんは頷いた。
その目覚めが直接的な意味合いでないことは明らかだった。
なら、自ずとその答えは限られてくる。
「ライト様は、あなたにかけられている魔法はもうじき解けると仰せです。あなたの記憶と力を封じ込めている魔法は解け、あなたの心に課せられている制限もまた解ける。その目覚めは近いと」
「それってどういう……」
「鍵が守りから解かれるってことだと思うよ。結局ライト様が手ずから封じた鍵が、その守りから解かれてアリス様の元に還る。結果として、アリス様の魔法が解ける」
「ほ、本当ですか……!?」
私は食いつくように身を乗り出してしまった。
そんな私にシオンさんとネネさんは優しく微笑む。
「あなたの記憶と力の解放は、元々そう遠くないうちに起こることだったのです。今まで鍵すらも封じ、あなたに全てを忘れた生活を送らせていたのは、あなたに受け入れる準備をさせるためだと、ライト様は仰っていました。一人の少女に担わせるには大きすぎる力と宿命を、受け入れるだけの心を育む時間が必要だと」
そう言われると、じゃあ今の私にそれができるのかと少し不安になる。
お姫様の力がとてつもなく強大であるということは何となくわかってはいるけれど。
じゃあ今の自分にそれを受け入れることができる度量が、果たしてあるのか。
「ま、少なくともまだお子ちゃまだった当時のアリス様には酷だと、ライト様は思ったんだろうね。だから封じられたのを機に、私たちにこっちに連れて行かせて、その時が来るまで鍵も封印することにした」
「でも、そもそもどうして鍵なんてあるんですか? そんなものない方がもっと完璧に封じられんじゃ……」
「そういうわけでもないんですよ」
私が疑問を口にすると、シオンさんが気軽に答えた。
「封印というのは必ず糸口を残しておくものなのです。全方位に無条件な隔離を行うよりも、特定の解除方法を残す方がそれ以外に対する耐久力は増すのです。これは結界や制約にも言えることですが。今回は鍵を用意することで、それ以外の方法での解除を不可能と言えるほどに困難にしているのです。ただし封じているものがあまりにも強大なので、あなたが自覚をしたり求めたりすることである程度呼び起こすことは可能だったでしょう」
魔法について無知の私は、そういうものなんだと納得するしかない。
でも逆にその鍵さえあれば私にかけられた魔法は解けて、『お姫様』は私に戻って記憶と力を取り戻すことができるんだ。
「でも、その鍵の在り処はわからないんですよね?」
「はい。最終的に鍵の行方はライト様しかしりません」
「あなたたちをここに送りつける時に教えてくれなかったんですか?」
「先程もお話した通り、現在ライト様は公の場から姿を隠しておられます。私たちへの指令も遠方からの簡素なもののみ。鍵の在り処については触れられていませんでした」
シオンさんは苦い笑みをこぼした。
けれどそこには不満や不安はなくて、自分の任された役目と、これから自分がするべきことに対しての自信に溢れていた。
「でも変なところにはないっしょ。せっかく鍵の封印が解けても見つからなきゃ世話ないし、それで敵に取られちゃ問題外だしさ」
「ネネの言う通りです。恐らく鍵はあなたの身近にあるでしょう。あなたにゆかりのある場所や物などに隠されている可能性が高いと思いますよ」
「そんなこと言われたって……」
あまりにもざっくりしすぎてる。
ゆかりのある場所や物と言われたって範囲が広い。
まさか家のどこかにあるとも思えないし。
「そう焦らずに、と言いたいところですが、それも無理な話でしょう。けれど時と共に自ずと解決に至ります。今無闇に探し回る必要はないでしょう」
「そうは言いますけど、でも具体的にいつその封印が解かれるかはわからないんですよね?」
「そうですね、厳密な所はわかりません。しかしライト様が鍵の在り処を提示しなかったということは、探す必要がないということ。恐らく鍵が放たれれば、それは自ずとあなたの前に現れるでしょう」
そんな受け身でいいのかなぁ。
不安は増すばかりだった。
でも焦って下手を打っても仕方ないし、その時が近いというのなら大人しく待つしかないのかもしれない。
探し回ったところで見つかるようなものでもないんだろうし。
「……わかりました。近いうちに取り戻すことができるというのなら、その時まで待つことにします。それまでの間に対処しきれないほどの敵が来なければいいんですけど」
「恐らく魔女狩りの中での話がまとまる方が後でしょう。私たちが今こうして遣わされたということは、その時が迫っているということだと思いますよ」
力を取り戻したい。そして私が忘れているという過去のことも。
でもその気持ちと同時に怖さもあった。
私が忘れているという『まほうつかいの国』にいた頃の記憶。それがどれくらいの期間のことかはわからないけれど、今の私に記憶の欠損は感じない。
つまり私が過去のことを忘れている空白の部分は、嘘の記憶で穴埋めされてるということだ。
この世界のこの街で、家族や友達と過ごした日々に、私の記憶の中に嘘が混じっている。
それを知ることが怖かった。私が信じてきたものが嘘だったら、私はどうすればいいんだろう。
でも今からそのことに思いを巡らせていても仕方ない。
それはその時に悩むことだ。今の私にできるのは、その時までに覚悟を決めておくこと。
今の私と、私が知らない過去と、私の中にある嘘の記憶と。それを並べ立てた時、その中で私にとって何が大切なのかを選ぶ覚悟を決めておくこと。
なんとか頭を整理して、感情を飲み込んで。
来る時に向けて心を決めていると、そんな私の顔を見てシオンさんは微笑んだ。
「アリス様は強いですね。ライト様の望む通り、強い心に成長なされているようです。あなたを支える友もいる。あなたならきっと、全てを受け入れることができるでしょう」
「私は、そんな……」
私は強くなんかない。ただ友達に恵まれているだけだ。
私のことを心配してくれたり守ってくれたり寄り添ってくれたり。
そんな友達がいてくれるから、私は何とか立っていられる。
あの夜透子ちゃんが助けに来てくれなければ、あの城に氷室さんが迎えに来てくれなければ。私の日常に晴香や創がいてくれなければ。
今の私はここにはいないんだから。
私は、友達の支えでできているから。