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12 貴重な笑み

「大分前置きが長くなってしまいましたね…………少し、休憩しましょうか」


 シオンさんは私の顔を見て眉を寄せて緩く微笑んだ。

 きっと私は酷い顔をしているに違いない。


 魔法使いが私をお姫様だと言って求めている、ということに対して私はまだ全く理解ができていなかった。

『まほうつかいの国』から逃げ帰ってきてすぐD7に襲われたから、そのことに対する認識が定まっていなかったのかもしれない。


 魔法使いにとって私は、私の力はなくてはならないものなんだ。

 何が何でも連れ戻して取り戻したいものなんだ。


 一度二人掛かりの奪還に失敗している魔法使いが次に私を連れ戻そうと動くのなら、本腰を入れてくるに違いない。

 それは王族特務という人たちじゃなくても、魔女狩りだってそうしてくるはず。

 今は魔女狩りたちの中で意見が定まっていないだけで、それがまとまって行動を起こしてくるのも時間の問題だ。


 私、どうすればいいんだろう。


「大丈夫」


 震える手を氷室さんが強く握って、静かな声で私を落ち着けるように言った。

 透き通るようなスカイブルーの瞳が、優しく私を見据えた。


「例えどうなろうと、私はあなたの側にいて、あなたを守るから」

「……うん。でも、もし魔法使いが大勢やってきたら、いくら氷室さんでも……」


 根本的に魔女は魔法使いには敵わない。

 それは絶対の方式だって聞いてる。

 氷室さんは強いしとても頼りにしているけれど、でもこれまで私が見てきた中で魔法使い相手には苦戦を強いられている。


 その魔法使いたちが私を連れ戻すために大挙を為してきたら、魔女の氷室さんや力の使えない私なんて抵抗の余地があるとは思えない。


「……花園さん」


 縋るように手を握りにながら俯く私の頰に、氷室さんは手を添えて優しく持ち上げた。

 その瞳が私を射抜くように見つめてくる。


「あなたが望むのなら、私は……相手が何であろうとあなたを守る。相手が何者であろうと、どんなに多かろうと……あなたを絶対に守ると、約束するから。だから……」


 その言葉は慰めのための誇張ではなかった。

 氷室さんは本気でそう思っている。何が何でも私を守り抜くと。

 透き通る瞳の中に炎が揺らめいているようだった。

 その言葉、心の奥には、とても確固たるものが込められていた。


 そこまでのことを言わせて、下手な泣き言はもう言えなかった。

 絶対に守ると言い切ってくれている氷室さんを前に、私が諦めるわけにはいかない。

 私を、そして私の日常を氷室さんが守ろうとしてくれているのだから、当の本人である私が挫けるわけにはいかない。


 運命に抗うって決めた。日常を守るって決めた。

 私に寄り添ってくれて、力を貸してくれる友達がいる。

 だったら、弱音を吐いている暇なんてない。


「ありがとう氷室さん。怯えてたって仕方ないよね。守りたいものがあるんだから、戦わないといけないもんね。氷室さんがいてくれるなら私、頑張るよ」


 守りに徹してその場凌ぎをしていても仕方ない。

 きっと私が自分自身を守り、そして友達を守り、変わらぬ日常を守っていくためには、全てを取り戻さないといけない。


 結局はそこに繋がってしまうんだ。

 私が失った記憶と力。それを取り戻さないことには何一つとして解決しない。

『魔女ウィルス』をなくして魔女を解放したいという願いも、ここで友達と変わらぬ日々を過ごしたいという願いも。


 私が知らない記憶を取り戻すことに恐怖はある。

 でもそれが私自身のものであるのなら、いつまでも逃げてはいられない。

 それを取り戻すことを望む人たちは多くいて、そしてその力を求める人たちばかり。

 それに抗うためには、どうしてもそれが必要なんだ。


「ひゅーひゅー」

「こら茶化さない!」


 手を取り合って気持ちを固める私たちを見て、ネネさんが手を口元に添えて囃し立ててきた。

 シオンさんはそんなネネさんをピシャリと叱責した。


 何だか気恥ずかしくなりながらも、でもそんなことよりも氷室さんの気持ちが嬉しくて、そして心強くて。

 だからそんなに気にはならなかった。


 だからそんな二人のことは無視することにした。


「氷室さん。私も氷室さんのこと守れるように、早く力を取り戻すように努力するから。だから、氷室さんは私のこと守ってほしい」


 私の心の中には彼女たちがいる。

 制限がかかっている今だって全く接触ができないわけじゃない。

 今のところ自分の意思で彼女たちに触れることはできないけれど、きっかけは絶対にどこかにあるはず。

 力を取り戻す糸口は、必ずあるはずだから。


 私の決意に、氷室さんは口元を緩めて頷いてくれた。

 その貴重な笑みが、私の心に強く焼きついた。

 いつでもその笑顔を見ることができるように、一刻も早く平和な日々を手にしたいと、そう思った。


「アリス様には良き友人がいるようで安心しました」


 未だ囃し立てているネネさんの頭をポカリと叩いてから、シオンさんは穏やかな笑みを浮かべて言った。

 顔に少しかかる明るい茶髪越しでも、その言葉がシオンさんの本心であるという表情は伺えた。


「アリス様が持つ力、そしてそれ故に抱く運命は、一人の少女が背負うものとしてはあまりにも大きいと、ライト様も危惧されています。あなたの身と同時にその心を案じているからこそ、私たちは遣わされたのです」


 そうだ。まだ話の本題に辿り着いてない。

 魔法使いで魔女狩りのシオンさんとネネさんが、襲ってこないことはともかくとして、どうして連れ戻すわけでもなく、だからといって守ろうとしてくるわけでもなく、ただ見守るためだけに来たのか。


 二人の主であるロード・ホーリーという人の、他のロードたちとは違う立ち位置とも関係があるんだろうけれど。

 魔法使いらしくない、魔女狩りらしくない立ち振る舞いの理由を聞かないといけない。


 私は氷室さんの手を握ったまま居住まいを正して、きちんとシオンさんの方に向き直った。

 そんな私を見て、シオンさんはお姉さんのように優しく微笑んだ。

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