10 トップクラスじゃなくて
「そうですね。そこは気になるところでしょう。しかしそれを説明するにはまず、私たち魔女狩りの事情からお教えする必要がありますね」
シオンさんはうんうんと優しく頷いて紅茶に口をつけた。
そしてホッと一息ついてから、そっと口を開いた。
「私たちはライト様────ロード・ホーリーの命を受けておりますが、今回の件は各君主によって思惑が異なり、結果その配下の魔女狩りに与えられる命も異なるのです」
「その、ロードなんちゃらっていうのは何なんですか?」
「ロード・ホーリー。私たちの、言うなればリーダーのようなものです。君主というのは魔法使いとしての階級であり、つまり上位の魔法使いということ。私たち魔女狩りは四人の君主によって統べられていて、それぞれの派閥に属してその任を受けるのです」
いきなり小難しい話が始まった。
思わず顔をしかめてしまった私を見て、シオンさんは優しく微笑んだ。
「厳格で魔女狩りの使命に忠実なロード・デュークス。彼の配下に当たるのは、あなたもよくご存知のD4やD8。最初は姫君の奪還の命を受けるも、あなたの魔女化を知ると抹殺の命を下しD7を遣わしたのは彼です」
一番最初は確かに私を連れ帰りに来たD4とD8。それに彼ら自身も私の親友だと言って私の身を案じていた。
けれど私が命からがらこちらに帰って来てみれば、私が魔女になったからとD7が殺しに来た。
夜子さんもそれは信じ難いと言っていたけれど、まさか同じ人の差し金だったなんて。
「そんなあなたの抹殺の命を今押しとどめているのがロード・ケイン。彼は不真面目で飄々としていて、一見何を考えているかわかりません。しかし彼は彼なりにあなたの存在の貴重さを考え、短絡的な抹殺を抑えているようです。ロード・ケインの配下────だったのは、昨夜あなたと行動を共にしていたC9ですね」
「昨日のこと、知っているんですか……?」
当然のように語られたその言葉に、私は驚きを隠せなかった。
けれどシオンさんは平然と頷き、ネネさんはそんな私を見てニカッと笑った。
「アタシたちが今回こっちに来たのは昨日の昼頃だからね。アリス様とワルプルギスの連中とのいざこざは見させてもらったよ。アタシたちは飽くまでアリス様の様子を見に来ただけだから、遠くから大人しく見てただけだけどね」
ニンマリと笑いながらネネさんはねっとりと話す。
「失踪したって噂のC9が、こんなとこで魔女と一緒にいるのには驚いたなぁ」
「まぁそんなことはいいんです。私たちとしては、あなたにかかっている制限の緩みを確認できたのでとても有意義でした。あなたが負けるとも思ってはいなかったので、安心して見守らせて頂きましたよ」
昨日必死になって命からがら戦っていた身としては、それを悠然と観察されていたというのは何とも複雑な気分だ。
だからといって助けてくれればよかったのに、とまでは思わないけれど。
「さて、少し話が逸れましたが。もう一人はロード・スクルド。彼の配下の魔女狩りは、まだこちらにはやってきていないでしょう。ロード・スクルドは騎士のごとき誇りと忠義を抱く方です。彼は国家の、そして魔法使いの繁栄を第一に考えています。故にあなたの姫君としての力を一番必要としているとも言えるでしょう。まだ彼はこの件に深く関わって来ていませんが、ロード・デュークスとロード・ケインは彼の介入を何とか阻止しようとしているようです。」
シオンさんは淡々と話を進めた。
そのスクルドという人に関しては全く実感が湧かなくてついていけなかった。
そもそも、私がそこまで深く理解する必要はなさそうだけれど。
「そして最後に我らが主、ライト様ことロード・ホーリー。ライト様も表ではこの件には関わってはいません。寧ろ公から姿を遠ざけることで他者との関わりを絶っているのです。五年前あなたが記憶と力を失ってから、常にあなたの身を案じておられます。魔法使いの思惑にあなたが振り回されることに心を痛めておられるのです」
そのホーリーという人は、どうしてそこまで私のことを心配してくれているんだろう。
私が覚えていないというだけで、お姫様時代の私はその人と仲良くしていたのかな?
魔法使いは私の力を欲していると聞いたけれど、それすらも案じてくれているというのだから、きっと相当だ。
「私たち魔女狩りはその四人の君主の元に振り分けられて、各君主を冠するアルファベット、『S、H、D、C』と階級を示す数字を合わせたコードネームを与えられるのです。数字はその数が小さいほど魔女狩りとして上位の実力を意味するのです」
「じゃあ、シオンさんとネネさんのH1とH2っていうのは、そのロード・ホーリーの配下の中でトップクラスってことなんですか?」
「トップクラスじゃないよ。トップなの。アタシたちは誰よりも強いんだから」
私の問いかけにネネさんがニヤリと微笑んで答えた。
Hの魔女狩りの中でトップの二人。ネネさんはそこに自信を持っているようだった。
そんな彼女を見てシオンさんはやれやれと溜息をついた。
ということは、今まで私の前に現れた魔法使いの中でもダントツにすごい人たちってことかもしれない。
各派閥の中での順位づけが均等ではないとしても、私が知っている中で最高はD4の4だ。
彼女は透子ちゃんや氷室さんが戦っている時とても強いと感じたけれど、それよりももっと上なんだ。
「こらネネ。実力を肩書きでひけらかすんじゃないの。それは弱い人間のやることよ」
「もう、姉様は厳しいよぉ。ちょっとくらい威張ったっていいじゃーん」
「強さは形ではなく在り方で示すもの。あなたもライト様の名を冠するのなら節度を持ちなさい」
「はーい」
ピシャリと嗜めるシオンさんと少し不満げなネネさん。
しっかりしているけれど少し融通のきかなそうなシオンさんと、お気楽に伸び伸びとしているネネさんというこの姉妹は、結構上手く噛み合っているように見えた。
「……さて。このように各君主によってあなたへの対応や思惑が異なるわけですが────」
「あ、姉様ちょっと待って待ってー」
ネネさんを横目でやれやれと見ながら、シオンさんが話の続きをしようとした時だった。
ネネさんがガバリとおもむろに立ち上がった。
「アタシ飲み物とってくる! さっき向こうの子供が入れてた黒くてシュワシュワしてるやつ飲みたい! アリス様教えてー!」
雰囲気というかその場の空気なんてお構いなしにそう言って、ネネさんは私のところまで回り込んできて手を引いてきた。
好奇心旺盛というか無邪気というか。真面目な話をしている最中だというのにネネさんは自由だった。
そんな問答無用な振る舞いに、どうしたものかとシオンさんの方を窺った。
シオンさんは困った顔で溜息をついてどうぞと手を向けてきたので、私はネネさんに引っ張られてドリンクコーナーについて行くことになった。