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66 たかが人間の小娘

「私が魔女じゃ、ない……? じゃあ、あなたは……」


 動揺が隠せなかった。ドルミーレの言葉の意味がうまく理解できない。

 私が魔女じゃないってどういうこと?

 もし私が魔女じゃないのなら、私の中の魔女ってどういう意味?


 じんわりと冷たい汗が滲むのを感じた。

 ぎゅっと手を強く握って、けれどその手も汗で力が入らない。


「でも、そんなのおかしいですよ。みんな私のことを魔女だって言います。魔女も魔法使いもみんな。だから……」

「そもそもあなたたち人間が言うところの、魔女の定義が間違っているのだけれど。まぁ今はそれはいいでしょう」


 取り乱しかけている私とは対照的に、ドルミーレはとても冷静なまま。

 紅茶を一口含んでからクッキーを一つ手に取った。

 彼女にとってはこの話もお茶のお供に過ぎない。


「みんな勘違いをしているのよ。あなたが発する、いわゆる気配を魔女のものと勘違いしている。みんなが感じているのはあなた自身の魔女の気配ではなく、あなたの中にいる私。私という魔女」

「じゃあ、私自身は『魔女ウィルス』には感染していないと……?」

「『魔女ウィルス』、ねぇ。それもまた妙な呼称をつけられたものだけれど、まぁそうね。あなたはそれによる侵食を受けていない。受けるわけがないわ」


 ドルミーレは少し苦い表情をした。

 けれどそれは決して紅茶の渋みに顔を歪めたわけではないんだろう。

 彼女が何に対して辟易しているのかは私にはさっぱりわからない。


 私は魔女になっていない。『魔女ウィルス』に感染していない。

 信じられないようなことだけれど、でもそれなら説明がつく。

 だって私は魔女になったはずなのに魔法を全く使えなくて、魔法を扱う者ならわかる相手の魔力や気配を全く感じ取れなかった。


 それは私が魔女として落ちこぼれなんじゃなくて、そもそも私は魔女になっていなかったからなんだ。

 でも、だとしたら。私自身が魔女じゃないのだとしたら、私の中にいる魔女って一体……。


「じゃあ、あなたは? 私自身が魔女じゃないのなら、どうして私の中に魔女が……?」

「この場合、私が魔女であるかは関係ないのだけれど。言ったでしょう? 私こそがあなたの力。私という魔女があなたの力の正体。あなたたちがお姫様の力と呼ぶものの姿」

「じゃあ、あなたは私じゃ、ない……?」


『お姫様』は私の過去を切り取った者だから、それは私自身。私の心の中にいたって違和感はない。

 でもこの人は私の何かの部分を象ったものじゃない。

 私の力そのもの。単独の孤立した存在。一人の魔女。それが、私の中にいる……?


「私は私。あなたが、私なの」


 ドルミーレの言葉が棘を持って私に突き刺さる。


「私はずっとあなたの中にいた。あなたがこの世に誕生した時から、私はずっとあなたの中にいた。私はドルミーレ。全ては私という魔女より(いず)る」


 私の顔を持つ私ではない人が、静かに語る。


「花園 アリス。あなたはこの世に生を受けたときからずっとあなただけれど、それと同時に私でもあるのよ。あなたはあなた(アリス)であると共に(ドルミーレ)

「わ、わかりません!」


 私は思わず立ち上がった。

 勢いよく立ち上がったせいで椅子が後ろ手にバタンと倒れてしまったけれど、そんなことはどうでもよかった。


「私は……私は、私です! 他の誰でもありません!」

「そうね。あなたはあなたよ。けれどね、大元の話をしているの。あなたの中には最初から私がいて、あなたの根本には私がいる。あなたは花園 アリスという確固たる個ではあるけれど、大きな視点から見れば私より(いず)るあなたは、私と同義よ」

「そんなの……そんなの知らない!」


 私は大きく首を横に振った。

 それを受け入れてしまったら、認めてしまったら本当に私は私で無くなってしまう、そんな気がした。


「あなたが私の力そのもの、それは認めます。そしてあなたが私とは違う他人であることも……気持ち悪いけどまぁ認めます。でも、だからって私はあなたじゃない。私はずっと花園 アリスで、これからもずっと花園 アリスです。私には私の命があって、私の心があって、私の人生があって私の友達がいる。私は私のものです。例え生まれた時からずっと一緒の私の力だって、それは譲れません!」


 これは逃げなのかもしれない。

 現実から、真実から目を背ける行為なのかもしれない。

 でも認めたくなかったし、認めるわけにはいかなかった。

 だって私は私なんだから。私ではない他の誰かだなんて認めてしまったら、全てが破綻してしまう。


 私が過ごしてきた日々、私が守りたいもの。その全てに意味がなくなってしまう。

 そんなの嫌だ。そんなの許せない。

 人に誇れるようなものじゃないし、他人から見たら大したことじゃないかもしれない。

 でも私が過ごしてきた日々は私だけの大切なものだ。それを他人にとられたくはない。


 弱々しく、けれど意識だけは強く持ってドルミーレを見つめた。

 そんな私を見て、ドルミーレは楽しそうに微笑む。


「魔女の私に、よくもまぁ人間の小娘が啖呵を切るものね。たかだか二十年にも満たない時間しか過ごしていないあなたが、私の二千年の重みに耐えられるのかしら?」


 ドルミーレは怒っているわけではない。

 それは淡々とした言葉だった。

 怒っていないのではなく、怒る必要がないんだ。

 私と彼女とでは存在の重みが違う。私みたいなちっぽけな存在に、いちいち感情を荒らげる必要すら彼女にはない。


「そんなの関係ありませんよ。だって、結局あなたは私の力なんですよね?」


 吹っ切れたというか、半分自暴自棄みたいな感じ。

 ここまでめちゃくちゃで無駄にスケールが大きいのなら、もう細かいことは関係ない。

 私は自分の意志を貫く。


 まだまだわからないことだらけで、理解しきれない自分自身の謎。

 頭はごちゃごちゃで、心はもやもやして、気になって仕方がない。

 でも、今わからないことに悶々としている余裕はない。

 私は今、何のためにここにいるのか。


「あなたは何だか凄そうな人ですけど、でもこんな小娘の中にずっと好き好んでいるんですよね? だったらもう小難しいことはいいです。私の力だというのなら、私に力を貸してください」

「あら、あなたは自分が何者なのか興味はないの?」

「ありますよ。物凄くあります。けど、それは今じゃなくていい。今私が必要なのは、わけのわからない真実じゃない。友達を守るための力です。あなたのことは謎だし気持ち悪いと思うけれど、それでも今私に戦う力をくれるのなら、今はもうどうでもいい」


 私の頭では全てを理解できない。

 この人は私の全てを知っていそうだし、ここでじっくりと聞いていればいずれは全てを話してくれるかもしれない。

 でも、その事実には今の私では立ち向かえない。

 きっと理解しきれないし、そして受け入れきれない。


 だから、今はひとまず置いておこう。

 私の頭と心が整理できた時に、もう一度ぶつかろう。


『────ちゃん────アリス────』


 その時、頭に声が聞こえた。

 これはさっき巨大な森にいた時、私を呼び止めた声だ。

 とても遠く聞き取りにくい。けれど確かに私を呼んでいる。


『────を聞いては────だめ────こっちに────』


 私の姿、私の声で話すドルミーレよりも、姿も素性もわからないこの声の方がよっぽど信頼できた。

 私はもうここにはいちゃいけない。

 きっとまだ、今の私は聞くべきではないことが沢山ある。

 だからもう帰らなきゃ。力だけもらって、みんなの所へ。


 青白く冷たい、けれどどこか温かさを感じる光が私に寄り添った。

 私は直感的に、その光がずっと私に呼びかけてきていた声の主だと理解した。

 靄のような光が私に手を差し伸べる。

 その形のない手が何だか頼もしく思えて、私はその手を取った。


「あなた、なかなか面白いわね」


 ドルミーレのその笑いは子供を見るよう。

 自分の子供の背伸びした発言に微笑むような、そんな笑み。


「いいわ、力を貸してあげる。元よりそのつもりであなたを呼んだわけだし。話の続きはまたいつかしましょう」


 もう会いたくない気もしたけれど、でもそういうわけにもいかない。

 私の中にいるというこの人とは、いつかなんらかの形で決着をつけなきゃいけない時が来る。

 でも、何だかうんとは言いたくなくて、私は答えなかった。


「あの子を介して、一時的にあなたに友達を助けるための力を貸してあげる。けれど、私もお仕置きしたいから、ちょっとばかりいき過ぎても許してね。私もたまには暴れたいのよ」


 ドルミーレの笑顔が少しだけ歪んだ。

 優しい笑みは少し意地悪く、まるで私を試して面白がっているような。


「花園 アリス。たかが人間の小娘が、()()()()()()である私にああまで言ったんだもの。どこまで抗えるのか、見ものだわ」


 その声はドス黒く不穏で、けれど私はそれに言い返すことはできなかった。

 青白い光が私を守るように包む。

 そんな私にドルミーレは手を伸ばし、冷たい指の先が頰に触れた。


 青白い光の瞬きと、ドルミーレから溢れるドス黒い何かが入り混じる。

 それは私を取り巻いてぐるぐると周りを巡った。


 意識が微睡んではっきりしなくなった。

 これは何度か体験した。心の中、夢の中から覚める目覚めの微睡みだ。


 ドルミーレの姿も声も遠い。

 全てがぼんやりとする。けれど、そんな彼女の目を私は最後まで強く見据えた。

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