53 カルマ
その不穏な声に全員の顔が強張った。
アゲハさんでさえ嫌そうな顔をして、おまけに舌打ちをする。
『カルマちゃんが遊ぼうと思ってたんだからね??? それを横取りするなんて酷いと思うのっ!』
「あのねぇ、そもそもお姫様のことは私らの仕事なの。アンタの方が横入りなんだから」
呆れ顔で虚空に返すアゲハさん。
集めていた魔力は薄れて、攻撃することはやめてしまったみたいだった。
『えー。酷い酷い! 酷いよアゲハちゃーん。カルマちゃんも遊びたいなぁ』
「はいはいわかったから。そんじゃ、この二人の相手任せるからさ」
『アゲハちゃんやっさしー! サクッとヤっちゃうからさ、お姫様も取っといてね?』
「それは約束できかねまーす」
最悪の状況だった。
アゲハさん一人が相手でも二人は既にボロボロなのに、ここへきてカルマちゃんまで現れてしまうなんて。
「でもさ、アンタお得意の潜む戦い方じゃちょっとばかし難しいんじゃないの?」
『その辺りは心配ごーむよーっ! 今回カルマちゃんのやる気はウルトラマックスなので、本気を出しちゃうのです!』
そうだ。カルマちゃんは私たちと同じように決着を望んでいる。
カノンさんたちが続けていた長い戦いを終わらせようとしている。
昨日だって言っていた。本気を出すって。
「いいじゃねぇか……! やってやる。二人まとめてアタシが叩きのめす!」
「はいはい。威勢がいいのはわかったから、とりあえず次の相手はカルマがするから。アタシはちょっと休憩」
木刀を力強く握りしめて叫ぶカノンさんに、アゲハさんが嘆息した。
カノンさんと肩を並べる氷室さんも、気を張って辺りを見回していた。
『それじゃあそれじゃあ! 満を持してカルマちゃん登場といこっかな! 心の準備はできたかな? できてなくても知らないよ? カルマちゃんのパーフェクトナイスバディにみんなメロメロ間違いなし! 魅惑の魔女っ子カルマちゃん、久しぶりに頑張っちゃいまーーす!!!』
誰もついていけないハイテンション。
カノンさんは苛立ちを募らせて、氷室さんは相変わらずの無表情。
アゲハさんもやれやれと空中で額に手を当てていた。
空に響き渡る甲高い声が闇に溶けてシンと静かになる。
何も起こらないのかと、誰も現れないのかと、少し上げていた視線を戻した時だった。
私の目の前で穏やかに眠っていたまくらちゃんが、ムクッと上体を起こした。
一瞬、もう目が覚めたのかと思った。
まくらちゃんが目を覚ましたからこそ、カルマちゃんは姿を現さなかったのかと思った。
まくらちゃんが眠っている間だけ現れるという自分ルールに則って。
けれど、違った。
体を起こしたまくらちゃんはのそっとした動きでこちらを見やって、ニンマリと邪悪な笑みを浮かべた。
まくらちゃんはよく笑う子だ。笑顔が似合うとても可愛らしい女の子。
けれどこんな憎々しい笑顔は決してしない。顔を背けたくなるような醜悪な笑みを浮かべたりしない。
意地悪く悪意に満ちた笑顔なんて、絶対に浮かべない。
「まく、ら……?」
その不穏な気配にカノンさんが弱々しく呼びかけた。
その声に反応してまくらちゃんはカノンさんの方を向いて、そしてより一層奇妙な笑みを浮かべた。
「…………!」
それを見てカノンさんが木刀を構えた。
半端退がって、力強くそれを睨む。
「お前は……まくらじゃ、ない。お前は何者だ!」
「あっはははは! そうそう大正解。まくらちゃんじゃありません!」
まくらちゃんの口から、聞き覚えのある甲高い声が溢れた。
耳障りな艶めかしく甲高い声。嫌になる程聞かされた邪悪な声。
のっそりと緩慢な動きで立ち上がるまくらちゃん。
いや、もうそれをまくらちゃんとして見ることはできなかった。
それはもう別の人だった。どんなに姿がまくらちゃんでも、それはもうまくらちゃんとは言えなかった。
「おい……どういうことだ……どういうことだよ!」
「そうそうそう! その顔が見たかったの〜! だから言ったでしょ? 姿を現したら、戦いじゃなくなるよって」
カノンさんの戸惑う姿を見て嬉しそうに恍惚とした表情を浮かべる。
くねくねと身をよじって、たまらないと言うように。
「そ・れ・じゃっ! 最後の種明かし! ていっ!」
パチンと指を鳴らした瞬間、まくらちゃんの周りを黒い影のようなものがグルグルと覆った。
旋風のようにその体を包んで、そしてそれが晴れた頃にはパジャマ姿の可愛いまくらちゃんの姿はもうなかった。
昨日あの夢の中で会ったその姿。
大きいツバのとんがり帽子。大仰なマント広げながら、けれどその身にまとうのはビキニのような際どいボンテージ衣装のみ。
小柄ながらも抜群のプロポーションを惜しげもなく晒して、とても楽しそうにニンマリと笑っている。
似ても似つかない。
パジャマ姿でおっとりと微笑むまくらちゃんとは、どうしたって似ても似つかない。
格好も表情も仕草さえも。けれど、縁の大きなそのツバの下にある顔は、どうしようもなくまくらちゃんと同じものだった。
私ならともかく、カノンさんが見間違うはずがない。だってずっと一緒にいたんだから。
他でもないまくらちゃんの顔を見間違うはずない。
そのカノンが呆然とその姿を見つめているんだから、それはやっぱりまくらちゃんの顔なんだ。
「はーじめましてこんばんはー! みんな大好きカルマちゃん! みんなの期待に応えて遂にここにこーりんっ!!!」
まくらちゃんの身体、まくらちゃんの顔で、そう言った。




