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30 子守唄

 しばらくして三階まで降りると、氷室さんは寝ずに私を待ってくれていた。

 すごい個人的なことだったから、なんだかとても申し訳ない。


 カノンさんももう降りてきていて、先に眠ってしまっていた。

 一ヶ月近くも寝ずにまくらちゃんを守ってきて、よっぽど疲れが溜まっていたみたい。

 寝袋に絡まるのもそこそこに、正に泥のように眠っていた。


 起きているときは眉にグッと力を入れて怖い顔をしているけれど、寝顔は普通の女の子と変わらなくてなんだか可愛らしかった。

 そのままだと風邪をひいてしまいそうだから、そっと毛布をかけてあげた。


 それから氷室さんと寝袋を並べて、まだ普通にお喋りしたりしているまくらちゃんと千鳥ちゃんにおやすみを言ってから、私たちは寄り添うようにして眠った。


 色々考えることや思うことがあって、心の中には不安が渦巻いている。

 本当は氷室さんの手を握って寝たいなと思ったけれどそれは迷惑かなぁと躊躇って、でもさっきのお母さんの言葉を思い出した。


 勇気を出して寝袋から腕を伸ばすと、薄く目を開けた氷室さんも無言で腕を伸ばしてくれて。

 弱々しくも確かに握り合う感触を確かめながら、私たちは眠った。


 とても不思議な夢を見た気がするけれど、起きた時にはすっかり忘れてしまっていた。


 私も泥のように眠っていたのだけれど、ふと誰かが歌っているのが耳に入って目が覚めた。

 部屋の中はまだ真っ暗────と思ったけれど、この廃ビルは全ての窓が板で塞がれているから、外の光は元々入ってこないんだ。


 時間を確認してみると午前五時。

 今の季節だったらまだ朝日は登っていないだろうけれど、朝と言って差し支えのない時間だ。


 寝ぼけ眼で体を起こしてみると、まだ氷室さんもカノンさんも眠っていた。

 握りっぱなしだった氷室さんの手をそっと放して伸びをする。

 そして、目が覚めた時に聞こえた歌の出所はどこだろうと辺りを見回してみる。


 それはすぐに見つかった。

 私たちから少し離れたところで、寝袋にくるまったまくらちゃんに寄り添うように、座り込んだ千鳥ちゃんが囁くように歌っていた。


 まくらちゃんのお腹辺りに優しくぽんぽんと手を添えながら、まるでお母さんのように慈しむ優しい表情で。


 なんだかその光景がとっても柔らかくて、私は思わずぼーっと眺めてしまった。

 しばらくそうしていたら、こちらに気付いた千鳥ちゃんがハッとしてその手と歌を止めた。

 バツが悪そうにそらした顔は少し赤らんでいる。


「お、起きてたの? まだ寝てなくていいわけ?」

「うん。もう十分休めたよ。ありがとう千鳥ちゃん」


 欲を言うともう少し寝ていたい気持ちもあるけれど、千鳥ちゃんも眠いだろうし変わってあげた方がよさそうだ。


「まくらちゃん、眠っちゃったんだね」

「さっきね。子守唄歌ってほしいとか言うから、仕方なくちょっとだけ歌ってあげてたの。まったく、お子ちゃまなんだから」


 仕方なく、の部分を強調して言う千鳥ちゃん。

 私たちが眠っている間にだいぶ仲良くなったみたいだった。

 千鳥ちゃんは千鳥ちゃんで、まくらちゃんに対して思い入れができてきたんだと思う。


「後は私が起きてるから、千鳥ちゃんは寝ちゃっていいよ」

「そう? ありがと」


 私が二人の方まで行くと、千鳥ちゃんは何だか心配そうな目を向けてきた。


「アンタ一人で大丈夫なの?」

「大丈夫だよ。何かあっても、死ぬ前にみんなを起こすことくらいはできるよ」

「そういうこと言ってるんじゃないけど……。ま、夜子さんの結界の中なんだから、万が一なんて起こりようがないけどさ」


 いくらまくらちゃんが寝ている時はカルマちゃん出現の可能性があるとはいえ、夜子さんの結界内に侵入してくるのは難しい。そういうことだと思う。


 まくらちゃんの枕元に腰掛けてその頭を撫でる。

 ぐっすりと眠り込んでいて目を覚ます気配はなかった。


 眠りの呪いを受けているというまくらちゃん。強制的な短時間の眠りを繰り返す呪い。

 本人はそれをどう思っているのかわからないけれど、その眠りの間に人が傷ついていることを知ったら、この子はどう思うんだろう。


「ねぇアリス」


 寝ていいよと言ったのに、千鳥ちゃんはそこから動こうとしなかった。

 体育座りで自分の膝を抱えて私のことを伺い見ている。


「ちょっと、話相手になりなさいよ」

「……いいけど、千鳥ちゃん眠くないの?」

「眠かったわよ。だけどなんていうの? 徹夜のテンションみたいので、今はあんまり眠くないの。だから私が眠くなるまで付き合いなさい」


 それは本当のようで、でもどこか言い訳じみてもいた。

 けれど別に千鳥ちゃんとお話するのが嫌なわけじゃない。

 思えば、千鳥ちゃんと二人でゆっくり話をする機会って今までなかったなぁ。


 わかったと笑顔で答えて千鳥ちゃんの横に移動する。

 そんな私を千鳥ちゃんは目を白黒させて見てから、自分の膝に顎を乗せた。


 この子は氷室さんとは違う意味でコミュニケーションに慣れていないんだろうな。

 人と仲良くすることに慣れていない、というか。

 だからこうして身を寄せてお話をする、という行為だけでも、もしかしたら千鳥ちゃんにとって勇気のいることなのかもしれない。


 千鳥ちゃんが魔女としてどういう日々を過ごしてきたのかわからないし、こうして夜子さんの元にいて何をしているのかも私は知らない。

 けれどきっと、こうやって同年代の友達と膝を突き合わせるような機会は、あんまりなかったんじゃないかな。少なくとも最近は。


 千鳥ちゃんとの付き合いは少ないけれど、それでもこの子がとても強がりプライドが高くて、でもだからこそ繊細な心を持っていることはわかる。


 これを機会に少しでも仲良くできたら良いな。

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