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22 その炎は温かく

 全てを飲み込んだ眩い光が、私自身から発されていると気がつくのに少し時間がかかった。

 目が眩む光の炸裂に自分の命の終わりを覚悟して、けれどなかなかその時はやってこなくて。

 そこでようやく、何かがおかしいと気がついた。


 光が段々と落ち着いて、それが私の胸の内から溢れているということがわかった。

 まるで噴水のように私の胸元から光が湧き上がっている。

 その湧き上がった光が収縮したかと思うと、今度は目の前に光の玉が浮かんでいた。

 まるでその玉が現れるための光だったかのように。


 その玉を何故だか暖かく感じた。まるで旧知の仲のように不思議ととても信頼できる。

 その光の玉がここに現れてくれたことで全てが解決すると思えてしまうほどに、無性に安心できた。

 そしてそれが何故なのか、私はようやく気がついた。


 お姫様の力を使えない私が、唯一使える力。『奉仕と還元の力』の還元、『庇護と寵愛』。

 私が繋がっている友達の力が私を守ってくれる力。

 それだけはずっと私に寄り添ってくれて。だから私はいつだって一人じゃない。


 私はこの暖かさを知っている。この光の玉が私を守ってくれているんだってわかる。

 この心からホッとする温もり。私はこの温かさに救われたことがある。


 私たちは繋がってる。いつだってずっと一緒なんだ。

 そうやっていつも私を助けてくれるその人は……。


「氷室さ────」


 光の玉が急激に瞬いた。そこから発せられてた光が私たちを包み込むように覆ったかと思うと、それは轟々と燃える炎になった。

 光の玉は赤く光り、まるでバリアのように私たちを覆っている炎と共鳴していた。


 そして赤く光った玉は徐々にその大きさを増していって、緩やかに形を変えて、それは人の形に変わった。

 私とそう変わらない大きさの人型を象ると、それは徐々に光を失って。そして────


「透子……ちゃん?」


 神宮(かんのみや) 透子(とうこ)の姿が現れた。

 長い黒髪がとても綺麗で、少し線の細いセーラー服を着た女の子。

 あの日あの夜、一番最初に私を助けてくれて、私を守るために命がけで戦ってくれて、そして私のせいで深い傷を負ってしまって、今は長い眠りについている。

 私が一番最初に会った魔女。透子ちゃんが、とても優しい笑みを浮かべて私を見下ろしていた。


「────透子ちゃん、なの……?」


 目の前に立つ人が信じられなくて、私は状況を忘れて呼びかけた。

 私のせいで傷ついてしまった人。私のせいで目覚めない人。

 透子ちゃんが今、私の目の前にいる。


「あれ……これ、夢なのかな。透子ちゃんが、いる……」

「夢よ。ここはあなたの夢の中。それでもここにいる私は本物よ」


 ニッコリと微笑むその笑顔は、あの日公園で話した時の笑顔と一緒だった。

 優しくて頼りになって格好いい、透子ちゃんだった。


「透子ちゃん!」


 私は堪らず透子ちゃんに抱きついた。

 しっかりと抱きとめてくれて、確かにここにいるって安心できた。

 温かくて柔らかくて優しい透子ちゃんの感覚が全身に伝わる。


「ごめん。ごめんなさい! 全部私が悪いの。全部全部全部! 私が悪くて、透子ちゃんは何にも悪くないのに! それなのに透子ちゃんが……!」

「よしよし。大変だったね。辛かったね。でも今はここから脱出するのが先決」

「でもぉ……」


 透子ちゃんはぽんぽんと私の背中を叩いてから、そっと引き剥がす。

 ニッコリと笑っている透子ちゃんに安心するけれど、私はまだまだ謝り足りなかった。


「そう長くはもたないわ。まずは脱出。話はその後ゆっくりね」


 原理はよくわからないけれど、今私たちを覆って燃えている炎のバリアが、迫り来る空間の圧縮を食い止めているようだった。

 轟々と燃え盛る炎を背にして爽やかに笑う透子ちゃんはとても頼もしかった。

 私を責める気持ちなんて全く見せないで、優しい手を差し伸べてくれる。


「さあ掴まって。一気に突破するわよ!」


 透子ちゃんに抱き寄せられて、私はその体にぎゅっと抱きついた。

 それを確認すると、透子ちゃんは垂直に飛び上がった。

 ぐんぐんとロケットのような上昇。その猛烈な勢いで、何の抵抗感もなくこの空間を覆っていた青空の壁を打ち破った。


 なんとなくこの感覚が懐かしかった。

 あの夜、初めて透子ちゃんと出会って魔女狩りから逃れたあの時も、こうして彼女に抱えられて空を飛んだっけ。

 ほんの数日前のことなのに、すごく前のことのような気がする。

 あの時と全く同じ。透子ちゃんにこうして抱きしめられているとものすごく安心する。


 さっきの青空の壁を打ち破ったことで、カルマちゃんの領域を脱出したようだった。

 思っていたよりもあっさりしていたけれど、それは透子ちゃんの力があってこそだったのかもしれない。

 私一人では、なす術もなくあそこでプチっと消されてしまっていたと思う。


 それからしばらくどこをどんな風に飛んでいたのかはわからなかったけれど、地面に足が着いたところでようやく私は辺りを見渡す余裕ができた。

 そこは森だった。昨日『お姫様』と会った森に似ていたけれど、大きさは普通で何の変哲も無い森。


 私たちは切り株に腰掛けてやっと一息つくことができた。

 まだ震えの残っていた私の手を透子ちゃんは握ってくれてとても優しく微笑んだ。


「怖かったね。もう大丈夫」

「あの……ありがとう。まさか透子ちゃんが助けに来てくれるなんて……」

「当たり前でしょ。私たち、友達でしょ?」

「透子ちゃんも、私の『庇護下』……?」


 私の問いに透子ちゃんは緩やかに微笑んだ。

 あの時からずっと私は透子ちゃんとも繋がっていたんだ。

 その事実がとても心を温めてくれた。


「透子ちゃん。本当にごめんなさい。私が臆病なばっかりに、透子ちゃんがあんなに傷付いて……」

「アリスちゃんのせいじゃないわ。私は自分であなたを守ると決めて、自分の意思で戦ったんだから。あなたが責任を感じる必要なんてないの」

「でも、透子ちゃんは……」


 反論する私の唇を、透子ちゃんが指でそっと押さえる。


「友達を守るために戦うのは当たり前でしょ? それでいいの」


 優しく笑みを浮かべる透子ちゃんに、私はそれ以上言い返せなかった。

 これ以上は透子ちゃんの優しさを無下にすることになってしまう。

 その優しさに感謝して、私はこれからもっと頑張っていかなきゃいけないんだ。


「その……透子ちゃんは目が覚めたってことでいいの?」


 私が恐る恐る尋ねると、透子ちゃんは困ったように眉を寄せて首を横に振った。


「残念ながら、私の身体はまだ目覚めてない。ここはアリスちゃんの夢の中で心の中だから、繋がりを辿って助けに来ることができたけれど。現実の私はまだ眠ったままよ」

「そんな……! やっと会えたと思ったのに。どうすれば……透子ちゃんを助けるためには私、どうすればいいの?」

「ありがとう。アリスちゃんは優しいわね」


 透子ちゃんはニッコリと微笑んで私の頰を撫でた。

 なんとなく話題を逸らそうとしているような気がして、何だか嫌だった。


「ねえ透子ちゃん。今度は私が透子ちゃんを助けたいよ。私だって透子ちゃんの友達だもん。守られてるばかりは嫌だよ」

「ありがとう。でも今はその気持ちだけで十分よ」

「でも……!」

「大丈夫だから」


 食いつく私を透子ちゃんは優しく抱きしめた。

 私はそんな彼女を引き剥がしたい気持ちでいっぱいになったけれど、腕に力が入らなかった。


「大丈夫。大丈夫よアリスちゃん。私はいつだってあなたのそばにいる。いつだって一緒だから」

「そんな言い方やめてよ。そんなんじゃまるで……」


 もう目覚めないみたいだよ。そんなの嫌だよ。


「私たちはいつだって繋がってる。その繋がりを辿れば、いつかまた会える時が来るから」


 私を抱きしめる腕に力を込めて、優しい声で透子ちゃんは言う。

 耳元で囁くその言葉は、私にはとても切なかった。


「さて、アリスちゃんはそろそろ起きないと。みんなが待ってる」

「透子ちゃんは一緒に行けないの?」


 しばらく抱き合ってから、透子ちゃんは私を放して言った。

 私はもう少しだけ透子ちゃんと抱き合っていたくてその手を握った。

 でも透子ちゃんは首を振る。


「今は、ごめんなさい。でも忘れないで。私はいつだってあなたの心と一緒にいるから」


 そう言って透子ちゃんが微笑んだ時、私の視界がぐにゃりと揺れた。

 これは昨日『お姫様』と会っていた時と同じような感覚。私が目覚めようとしている。


「また……会えるよね? 絶対、会えるよね?」

「もちろん。約束する」


 そう言ってくれる透子ちゃんの指が、私から放れていく。

 私から、色んなものがどんどんと離れていく。


 ぼやける視界の中、遠ざかる透子ちゃんの姿に手を伸ばす。

 その手は(くう)を切って、けれど透子ちゃんが少し寂しそうに私に向かって手を伸ばしているのが辛うじて見えた。


「私はいつだって一緒。いつだっていつだっていつだって。私は誰よりも一緒よ。アリスちゃん」


 そんな声がギリギリ私の耳をかすめて、私の意識はそこでふわりと途切れた。

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