21 業の狂気
「あなたがカルマ、なんだね?」
「カルマちゃんって呼ーんでっ!」
「……あなたがカルマなん────」
「カルマちゃんって呼んでってばー!」
「あなたがカ────」
「カーールーーマーーちゃーーんーー!!!」
「あーもー! うるさいなぁ!」
なんなんだろうこのやり取り。緊迫感のかけらもない。
どうして私は、今まさに自分を術に落としているこの魔女とこんなアホっぽいやり取りをしているんだろう。
「わかったよ。呼べばいいんでしょ? あなたがカルマちゃんなんだね?」
「はーいよくできました。そうです、私がカルマちゃんでーすっ!」
その顔で唯一見える口元が、嬉しそうににこりとつり上がった。
そのハイテンションは崩れない。まるで気心の知れた友達のような気さくな口調でカルマちゃんは答える。
「ここはなんなの? さっき夢の世界とは言ってたけど」
「なんかあんまり驚いてないね。えぇ〜! カルマちゃんつまんなーい!」
ぶーぶーと口をとんがらせるカルマちゃん。いちいちこのテンションでリアクションされると会話にならないなぁ。
それに、敵のはずなのにこの近い距離感もなんだか抵抗があるというか。
このフレンドリーさは逆に不気味だった。さっきカノンさんから聞いた残虐性を考えると、尚のこと。
「そうですぅー。ここは夢の世界ですぅー。カルマちゃんがあなたを眠らせて、この夢の世界に連れてきたんですぅー。あなたの夢の中にカルマちゃんの領域を作って、そこに閉じ込めてるんですぅー」
なんか拗ねるようにそう言うカルマちゃん。
なんかさらっと言ってるけど、それってとんでもないことなんじゃないの?
私の夢の中に彼女の領域を作られてるって、それってまるで心に踏み込まれているみたいじゃん。
「あなたは、ここで私に何をしようとしているの?」
「あれ? それ聞いちゃう? 聞いちゃう聞いちゃう?」
何がそんなに嬉しかったのか、キャッキャと反応したカルマちゃん。
「あのねあのね! このままここをパンって壊しちゃうの! あなたの心の中のあなたの夢の中で、この領域をパーンって風船みたいに割っちゃうの! そしたらね、あなたは死んじゃうのっ!」
「な────」
ニコニコと、まるで旅行のプランでも話すみたいな気軽さでカルマちゃんは言った。
これから楽しいことが待っているみたいな陽気さで。
「私の魔法で夢に引きずり込まれるってことはぁー、その精神、心ごと引きずり込まれるってことだからっ。だからここで死んだら、あなたの心も死んじゃうんだよ。たのしいね!」
「た、楽しくなんかないよ! どうしてそんなことするの!? 私たち同じ魔女でしょ?」
「え? どうして?」
何でそんなことを聞くのかと、本気で不思議そうに首を傾げるカルマちゃん。
「だって私たちにとってあなたは邪魔だものんっ。今のあなたはいらないの! 私たちが必要なお姫様はあなたじゃないからぁ、邪魔してるあなたの心を殺しちゃえば、眠ってるお姫様が浮かび上がってくるでしょっ?」
「そんな無茶苦茶な!」
私にだって詳しいことはわかっていないけれど、彼女が無茶苦茶なことを言っているのはわかった。
『お姫様』の言っていたことが本当なら、私たちは切り離されているけれど、別に別人格だったり別の存在というわけじゃない。
ああして対面できたのは夢の中だったのと、力と一緒に記憶が分離していたから。
基本的には私たちは全く同じ存在だから、私の心が消えたらお姫様の部分も消えて無くなるんだ。
多分そんな認識で合っているはず。だとすればカルマちゃんの考えは見当違いも甚だしい。
過激な実力行使ってこういうこと!? 全然イメージしてたのと違う!
「というわけでぇ。挨拶も済んだことだし、カルマちゃんはそろそろバイバイするね。カノンちゃんともう一人の魔女のこともちゃーんと殺してあげなきゃいけないし、カルマちゃんは多忙なのだぁー!」
「ちょ、ちょっと待って! そんなことさせないよ!」
氷室さんのことを殺させるわけにはいかない。もちろんカノンさんのことも、まくらちゃんのことも。
それに私のことだって。こんなところで心を壊されるわけにはいかない。
「でもでも〜ここじゃ何にもできないよ? だってここはカルマちゃんの領域だもん。ここではあなたは何もできない。ぜーんぶ私の思いのまま! お姫様の力が使えたら別かもしれないけど〜あなた自身はお姫様じゃないもんね! はい、ゲームオーバー!」
イェイとブイサインをしてみせるカルマちゃん。何も嬉しくはない。
夢の中。ましてや敵の領域の中では、全部相手の思いのままってこと?
もし私が魔法を使えたとしても、カルマちゃんの領域の中ではカルマちゃんが圧倒的に有利。
何もかも自由自在。この空間を私ごと消し去ることさえも。
めちゃくちゃだ。あまりにも。どうしようもなくめちゃくちゃだ。
「じゃ、そういうことで! カルマちゃんは帰るねー! 大丈夫、怖くないよ! だって眠りながら夢の中で死ねるんだもん! ほら、全然怖くないでしょ? そんじゃバーイバイっ!」
「ちょっと待っ────」
とても気軽に微笑んで、ひらひらと手を振るカルマちゃん。
まるで、また明日ねと帰り道に友達に手を振るような、そんな何気ない手振りだった。
私は、何一つ納得できなかった。
けれど、彼女にとってそんなことはどうでもよかった。
私の返答もリアクションも一切お構いなしで、ただ一方的に別れの挨拶を投げつけてふわっと消えてしまう。
後に残るものなんて何にもない。はじめからそこには何もなかったみたいに、一瞬でその場から消えてしまった。
それを見届けて、私は膝ががくりと折れた。
どうしよう。どうしようもできない。私には何もできない。
彼女が言う通り、私自身はお姫様じゃない。私には何の力もない。
過去に二度その力を使ったのだって、ほんの一瞬借りていただけ。
私から分離した『お姫様』が貸してくれていただけ。
昨日のあの時からいくら呼びかけても応えはなくて、力だって使えない。
私には何もできないんだ。魔法だって使えない。使えたとしてもここではどうしようもないけれど。
万事休す。私は眠るように死ぬんだ。
本当に眠ったまま夢の中で消えて無くなるんだ。
この空間が壊れるってどんな風なんだろう。
一瞬の出来事なのかな。それとも苦しかったり痛かったりするのかな。
怖いのは、嫌だなぁ……。
無限に広がるような青空に満ちた空間。
太陽なはい。澄み渡る青空だけが広がっている。
透明な地面にへたり込んだまま頭上を見上げてみる。
何となく、狭くなっているような気がした。
無限に広がっているようで限りのあるだろうこの空間の、見えない壁が迫ってきているような気がした。
だとしても私になす術はない。もしこの空間が収縮してそれに押し潰されるんだとして、それにどう抵抗すればいいの?
もう、ダメなんだ。おしまいなんだ。
「……ごめんね、氷室さん。ずっと一緒って、約束したばっかりなのに……」
どんなに謝ったって仕方ない。この声は届かない。この想いは届かない。
この閉じ込められた空間からは、何も届かない。
空間が縮こまってくるのを肌で感じる。
見た目は何も変わらない。けれどそれは確実に私に迫ってきていた。
「っ…………」
口では、言葉ではそんな諦めのようなことを言ってみたけれど、やっぱりダメだった。
震えが止まらい。手が戦慄いて、全身が口の代わりに悲鳴をあげていた。
「……やだ。嫌だよ……死にたくないよ……! お願い……助けて……! 誰か────」
頭は真っ白で、もう考えることはできなかった。
無我夢中で、ただ虚空に向かって助けを求める。
「……助けて! ひむ────────!!!」
唐突に溢れた光が、一瞬にして全てを飲み込んだ。
この青空も、私も。何もかも。